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39話 生贄に選ばれた理由


「――逃げたか捨てられたんだろう……せっかく拾ってやったのにお役目一つ果たせないなんて恩知らずな奴だ」

 

「今度の生贄は妹にしよう」

 

「しかし姉の方は昔から奇妙な物を見る子だったから神様の生贄になれたが、妹は普通の子だろう?」

 

「大丈夫、目玉を移してやればいい。双子なんだからきっと平気だろう」


 頭の奥を揺さぶるような鈍い痛みと、冷たい土の匂い。朦朧とする意識の隙間に、土足で踏み込んでくるような村人たちの身勝手な声が鼓膜を打った。かつて家族のように身を寄せ合っていたはずの人々が、平然と交わす恐ろしい算段。その残忍な言葉の数々に、鈴の心は冷たく凍りついていく。

 

「いや……いやああぁぁ! 許して! 私は化け物なんて見たくない! 生贄なんかなりたくないっ!」


 悲痛な叫び声が夜空へ届くように響き渡る。聞き慣れた愛しい妹の叫びを聞いた瞬間、鈴ははっきりと意識を取り戻した。

 

(静……!)


 声のした方へ身体を起こそうと力を込めるが、腕も足もぴくりとも動かない。固く太い縄が肌に食い込み、身体は大きな木柱へ固く縛りつけられていた。

 

 激痛に耐えながら周りを見渡せば、そこは村の裏手にある竹藪の中。鈴と静を取り囲むように、松明を手にした村人たちが黒い影を蠢かせている。


 額から垂れてくる温かな血が目元を濡らし、視界が赤く滲む。しかし鈴はその痛みを気にする余地もなく、ただ妹を守りたい一心で叫んだ。

 

「待って! 私は神様のもとに帰るから! 静には何もしないで!」


 静を守ろうと声を張る鈴。だがその叫びに返ってきたのは、妹の口から聞いたこともない冷たい声だった。

 

「そうよ……! 生贄は鈴でしょう!? 私は生贄になんてなりたくない……!」

 

 静の声には、激しい怒りと恐ろしい憎悪が滲んでいた。妹の真っ黒な瞳が刃物のような鋭さで鈴を射抜く。まるで化け物でも見るかのような、軽蔑しきった眼差しだった。

 

「どうして戻って来たのよ!! アンタが生きてるせいで、アンタの目が可笑しいせいで、私まで巻き込まれて……呪われるなら一人で呪われてよ! 私には関係ないでしょう!?」

 

 鋭い言葉が鈴の胸を抉り抜く。あまりの衝撃に鈴は言葉を失った。


 病弱だった静のために、どれほど尽くしてきただろう。静は昔から妖を見る鈴を怖がり、気味悪がっていた。だから鈴は妹に心配をかけまいと妖の存在を隠し、大切な妹として愛し世話を焼き続けてきたのだ。それなのに――


 温かな思い出も幼い頃に交わした言葉も、全ては鈴の独りよがりだったのか。村人にも無残に突き放され、一番守りたかった妹にも拒絶され死を願われていた。

 

(誰も……私の帰りなんて、待っていなかった……)


 全身からすっと力が抜け落ちていく。視界がぼやけ、胸の奥が冷たく冷え切っていくのを感じた。暗闇に呑まれそうになる意識の中で、思い浮かぶのはただひとつの温もりだった。

 

(帰りたい……あの、温かな場所へ……)


 その切なる願いに応えるかのように、暗闇の中、ゆらゆらと一筋の影が落ちてきた。視界の隅に舞い散るのは、黒い大きな鳥の羽。夜の光に反射して一瞬だけ金色に煌めくと、地面へ届く前に灰のように儚く消えていく。


 その羽には見覚えがあった。浅葱の屋敷にやって来た一つ目の妖が彼にお礼として託した道標の羽だ。


「――見つけた」

 

 落ち着いた声とともに、夜空から舞い降るように一人の青年が鈴の目の前へ降り立った。


 驚いて顔を上げると、そこにいたのは布の面で顔を隠した浅葱の姿がある。美しく浮世離れした姿は面で顔を覆っていても隠しきれず、その神々しさに思わず息を呑む。取り囲んでいた村人たちも、その圧倒的な存在感に言葉を失い、ただ呆然と目を奪われていた。

 

「浅葱、様……」

「遅くなってごめんね。怖がっただろう」

 

 鈴が目を見張った瞬間、身体を縛りつけていた固い縄が音もなく緩み地面に落ちていく。崩れ落ちそうになる鈴の身を、浅葱が優しく抱き止める。冷たい大きな手が鈴の額の傷にそっと触れると、ズキズキと苛んでいた激痛が嘘のように去っていった。

 

「……ああ、なんと神々しい! これが祓い神様か!」

「お役目を果たさず、捨てられるような娘を与えてしまい大変申し訳ございませんでした!」

「今、新しい娘を用意していますので……」

 

 村人たちの声は興奮で上ずり、歓喜と恐れで震えている。

 

「捨ててなどいない。この子を捨てたのは、お前たちだろう」

 

 浅葱の声はどこまでも穏やかで、氷のように静かだった。彼は鈴の手首に鈴の託した水色の髪紐を優しく結ぶと、小さな身体を軽々と片腕で抱える。


 大きく視界が揺れ、鈴は咄嗟に浅葱の広い肩へとしがみついた。そして浅葱の視線は、地面に座り込む妹の静へと向けられる。

 

「これが鈴の妹か……本当に顔はそっくりだね。君に丈夫な身体を与えてあげよう」


 彼が手を翳すと、柔らかな淡い光が静の身体を包み込んだ。瞬く間に妹の青白かった肌に赤が差し、目に見えて健康そうな身体へと変わっていく。

 

「――こんなものかな。君の身体を鈴くらい頑丈にしてあげたよ。次は〜」

 

 浅葱が興味を失ったように静から顔を逸らそうとした、その時だった。

 

「待って……!」

 

 静が必死に声を張り上げた。身体が軽くなったことに歓喜した妹は、美しい浅葱を見上げ、縛られたまま膝立ちになる。


「私も! 私も連れて行ってください……! 身体を治してくれたお礼もしたいし……私は鈴みたいに身体に傷がなくて綺麗なんですよ! 同じ顔なら綺麗な身体の方がいいでしょう?」

 

 静の顔は神の愛顧を得られたという自信に満ち溢れ、爛爛と輝いていた。


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