33話 賑やかな宴会、その隅で
「鈴、おかえり〜。銀朱はお酒に弱くて寝ちゃっただけだから、気にしなくていいよ」
「そ、そうなんですね……」
隅で倒れている銀朱を横目に鈴も浅葱の隣に座り、賑やかな時間を楽しんだ。
◇
しばらくして料理の皿が空になり始めたため、追加で何か作ろうと鈴が腰を浮かしかけた、その時だった。ガシッ、と強固な力で腕を掴まれた。
「浅葱様……? どうしました」
隣を見ると浅葱はおちょこを傾けたまま、穏やかに鈴を見上げている。けれどその口から漏れたのは、いつもより低く硬い声だった。
「さっき、山吹と一緒にいたよね。何話してたの?」
「え……?」
不思議に思いつつも、自分の自信のなさや浅葱についての相談をしていたと正直に話すのは気恥ずかしい。鈴は視線を泳がせながら、「……ただの雑談です」と言葉を濁した。
「ふーん……雑談ね」
浅葱はおちょこを机の上にコトンと置くと、掴んでいた鈴の腕をぐっと自分の方へ引き寄せた。
「きゃっ!?」
不意に体勢を崩され、そのまま浅葱の膝の間に引きずり込まれる。彼の上に倒れ込みそうになった鈴は、咄嗟に浅葱の胸元に片手をついて体を支えた。
「っ、危ないですよ……! 一体どうしたんですか?」
慌てて顔を上げると、そこには鼻先が触れそうなほどの至近距離で自分を見下ろす浅葱の顔があった。妖しく熱っぽい色を帯びた青緑色の瞳が鈴を捉えて離さない。
(近……っ!)
心臓が跳ね上がり、照れくささから顔を逸らして身を引こうとした。しかし鈴の腕は浅葱によって固く掴まれたまま、それどころか空いた浅葱の腕がしっかりと鈴の腰に回されている。鈴は、完全に逃げ場を失っていた。
「鈴」
名前を呼ばれ、促されるように恐る恐る目を合わせる。浅葱はふわりと目を細めいつもの優しい笑顔を見せた。けれど、その瞳には色がなく作り物のように冷たく見える。
「雑談って? 二人で、なに話してたの」
声にほのかな棘が混じっている。その声色や表情は単に怒っているのではなく、面白くないと拗ねているようだった。そんな珍しい彼の嫉妬に鈴が混乱していると、二人のすぐ隣にドカッと大きな影が腰を下ろした。
「ったく、あれぐらいで怒んなよ。話してたのは、お前の事だぜ」
山吹がニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべてお酒をあおる。浅葱は顔を少し和らげ「……俺の話?」と首をかしげた。
「おう。お前が常世で女を侍らかせてるって話を、鈴にしてやったんだよ」
その瞬間、浅葱の顔色が目に見えて変わった。
「は……!?」
浅葱は顔を引きつらせ声を荒らげると怒涛の勢いで鈴の肩を掴んだ。
「侍らかせてないからね!? 変な嘘信じちゃ駄目だよ!?」
先ほどまでの冷ややかな独占欲はどこへやら、必死な様相で弁明し始める。
「鈴以外の女なんか興味ないし、俺は鈴一筋なんだから……!」
浅葱は鈴の首元に顔を埋めるように強く抱きしめると、すりすりと自分の頬を鈴の頬に擦り寄せてきた。縋るようなその仕草に、鈴は慌てて彼を押しのけようとする。
「ちょっ……わ、分かりましたから! お客様の前です、離してください!」
どこからともなく、クスクスと笑い声が漏れ聞こえてくる。大勢の妖たちが見ている前で堂々と甘えられ、鈴の顔は真っ赤に染まった。鈴が必死に抗うと浅葱は渋々といった様子で、抱きつく力を緩めてくれる。
その隙に逃げるように距離を取り隣に座り直した。それでも浅葱は隙間を埋めるようにぴったりと肩を寄せ、鈴の頭に頬を寄せて甘えてくる。
「山吹、誤解してしまうようなことを言わないでよ……」
睨みつける浅葱に対し、山吹は豪快に笑い飛ばした。
「ちょっと揶揄っただけだろ。鈴、コイツが欲を孕むのは、最初からお前だけだぜ」
山吹のぶしつけな言葉に、鈴は「なっ……!?」と声を詰まらせ、耳まで肌を赤くさせる。
「そうだよ、鈴。俺が側にいたいと思うのも、触れたいと思うのも……鈴だけだからね」
浅葱は鈴の顔を覗き込むと、鈴の小さな手に自分の大きな手を重ねた。そのまま指を一本ずつ絡めるようにして、ぎゅっと深く握りしめる。真剣に見つめてくる青緑色の瞳は、息が止まるほど深く熱を帯びていた。
「……わかってます」
心臓が破裂しそうなほど打ち鳴らされる中、鈴は蚊の鳴くような声でそう答える。
「ふふっ、伝わってて嬉しい」
浅葱は満面の笑みを浮かべ、甘い熱を帯びた視線で鈴を見つめ続ける。その蕩けるような熱い視線に居たたまれなくなった鈴は、繋がれた手を解こうとしながら立ち上がる。
「つ、追加の料理とお酒、持ってきますね!」
「俺も手伝うよ」
「いいえ! 浅葱様は座っていてください!」
「やだ。鈴と一緒に居たい」
断ろうとする鈴の言葉など耳に入っていないように、浅葱は固く繋いだ手を離さないまま、一緒に立ち上がった。
「ほら、行こう。鈴」
浅葱に優しく手を引かれ、鈴は賑やかな歓声が響く客間を後にした。




