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29話 屋敷の大掃除


 冷たい風が吹き抜ける十二月。今年も残すところあとわずかとなり、浅葱の屋敷では年越しの準備として大掃除の真っ只中だった。


 そして今は敷地の庭にある大きな蔵の中を片付けているところだ。

 

(本当に色々なものがあるなぁ……)


 はたきを片手に持ちながら、鈴は内心で感嘆の声を漏らした。蔵の中には古びた書物や巻物が整然と並んでいるかと思えば、用途のまったく分からない不思議な道具や、きらきらと怪しく光る骨董品まで所狭しと置かれている。

 

(きっと浅葱様に助けられた妖たちからのお礼の品なのかな)


 幾重もの年月を感じさせる品々を眺めながら、鈴は神様である浅葱が過ごしてきた長い時の流れに想いを馳せる。どこか温かい心地になりつつも、鈴は手元に意識を戻して掃除を続けた。


 奥にある戸棚の上に差し掛かった時、積み重なった木箱が目に留まる。埃を被ったその箱を下ろそうと、鈴は小さな踏み台の上に登り背伸びをして手を伸ばした。その時。

 

「――鈴、高いところは俺がやるよ」


 のんびりとした優しい声が頭上から降ってきた。直後、ふわっと身体が軽くなる。浅葱の両手が鈴の両脇に差し込まれ、まるで猫でも持ち上げるかのように軽々と踏み台から降ろされたのだ。

 

「怪我でもしたら大変だからね。こういうのは俺に任せて」


 足が地面に着くと、浅葱は青緑色の目を細めて優しく微笑んだ。長い白金色の髪が薄暗い蔵の中でひそやかに揺れる。

 

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えてここはお願いしちゃいますね」


 頼もしい神様に素直に甘えると、浅葱は嬉しそうに頷いて戸棚の上へと手を伸ばした。すると庭の方からタッタッタッと賑やかな足音が聞こえてくる。扉から顔を覗かせたのは狸のポチだ。

 

「お掃除ですか? 精が出ますなぁ。私もお手伝いしますよ」

「ありがとうございます!」


 広い屋敷なので人手が増えるのはありがたい。さっそくポチに廊下の雑巾掛けをお願いすることにした。――しかし、張り切って雑巾を走らせるポチの後ろには、泥のついた可愛らしい足跡がぽんぽんと連なっている。

 

「ポチさん、やっぱりお庭の落ち葉拾いをお願いしてもいいですか?」

「うぅ……せっかくお手伝いしようと思ったのに不甲斐ないです……」

「全然ですよ! 手伝ってくださるだけで本当に助かりますから」


 しおしおと耳を垂らすポチに慰めの言葉をかけて庭へ送り出したところへ、今度は別の来客が現れた。年末の挨拶に訪れた山吹と銀朱である。


「よう、鈴。年末の挨拶に来てやったぜ」

「小娘だけか? 浅葱様はどうした」

 

「山吹様、銀朱様、いらっしゃい。浅葱様なら蔵でお掃除中ですよ」

「なっ!! 浅葱様に掃除をさせているのか!?」

 

「はい。よければお二人も大掃除を手伝っていただけませんか? 広い屋敷なので大変で……」


 鈴が弾んだ声でお願いするが案の定、二人は嫌そうに顔を歪める。

 

「はぁ〜? なんで俺たちがそんな面倒なことをしなきゃなんねぇんだよ。俺たちは挨拶のついでに美味い飯と酒を呑みに来たってのに」

「そうだ。我らは挨拶に伺っただけで――」


「手伝ってくださったら今日の夕飯はとっても美味しいご馳走を作りますし、お酒の肴もお出ししますから!」


 食材の整理もしたかったので丁度良い。山吹は鈴の条件に「……仕方ねぇなぁ」と乗ってくれたものの、銀朱は未だ不満げにブツブツと文句を垂れている。

 

「ふん、僕は小娘の手料理など興味ない! そんな簡単に釣られると思うなよ!」

「……銀朱様が手伝ってくださったら、きっと浅葱様も喜ぶのにな〜」

「…………浅葱様が?」


 ちらりと浅葱のいる蔵の方へ視線を向けてそう呟くと、銀朱の身体がぴくっと跳ねた。その一言が効果てきめんだったようで、急に彼は掃除道具を手に取り黙々と掃除を始めた。そして面倒そうにしながらも山吹もご飯の為に雑巾を手にした。


 その背中を見送りながら鈴がくすくすと笑っていると、不意に肩にぽんと心地よい重みが重なった。隣を見ると、浅葱が悪戯っぽく微笑んでぴったりと鈴に肩を寄せてきていた。


「二人の扱いが上手くなってきたね」

「ふふん。浅葱様は、こっちの部屋の戸棚もお願いします」


 少し誇らしげに胸を張りつつ、鈴は浅葱の背中をグイグイと押した。すると浅葱は足を止めて振り返り、甘えるような視線でこちらを見下ろす。

 

「ねぇ、俺にご褒美はないの?」


 不意打ちのおねだりに、鈴は少し考えてから真っ直ぐ浅葱の目を見上げて囁いた。

 

「……あとで、たくさん頭を撫でてあげます」


 浅葱は頭を撫でられるのが好きだ。だからといって山吹たちに比べて簡単すぎるご褒美だろうかと思いながら様子を伺うと、浅葱のパッと笑顔を浮かべていた。

 

「いいね、絶対忘れないでね!」


 ご機嫌な足取りで部屋の奥へと向かっていく浅葱の背中を見送り鈴はくすりと笑みを零した。胸の奥がぽかぽかと温かくなるのを感じながら、鈴は愛用のはたきを手にして、部屋の掃除を再開したのだった。

 

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