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26話 ふたつの雪兎


 冬の冷気が部屋を満たし、鈴はうっすらと目を覚ました。布団から出た瞬間に体を襲う寒さに「うう、寒い……」と身を縮めたが、廊下の戸を少し開けて外を覗くと思わず目を輝かせてしまった。


 庭が一面の銀世界へと変わっていたのだ。昨夜のうちに降り積もった雪が、朝の柔らかい光を浴びて美しく輝いている。鈴はすぐさま防寒着をしっかりと着込み、庭へと飛び出した。


 まだ誰も踏み入れていない真っ白な雪の上に自分の足跡をつけていく。その感触を愉しんだ後は、冷たい雪をかき集め雪だるまを作り始めた。

 

「うわ、さむ……鈴、寒くないの?」


 声がした方を振り返ると、羽織を何枚も重ね着した浅葱が縁側からこちらを覗き込んでいた。

 

「着込んでるから平気です!」

「それなら良いんだけど……なんだか一段と元気だね〜。雪、好きなの?」

「はい!」


 元気よく答える鈴に反して、浅葱は一段と元気がない様子だ。体温の低い浅葱にとって、この気候は相当こたえるのだろう。そこまで寒いなら早く部屋に入ればいいのに、と鈴は思いつつ遠慮がちに声をかける。

 

「寒いなら、中に入っていても良いですよ?」

「ん〜……もう少しここにいる」


 浅葱は身を縮めたまま縁側に腰掛け、雪の中で遊ぶ鈴をじっと眺めた。やがて彼女につられるように庭へ下りてくると長い指先で器用に雪を丸め始める。

 出来上がったのは、可愛らしい一匹の雪兎だった。

 

「雪兎ですか? 可愛い!」

「ふふん。けど一匹だと少し寂しそうかな」

「それなら……」

 

 鈴は浅葱の隣に屈み込むと自分も雪を丸め、雪兎を作り始める。そして完成したひと回り小さな雪兎を寄り添うように隣へ並べた。

 

「これで寂しくありませんね」

「寄り添い合う番の雪兎か……。なんだか俺たちみたいだね」


 浅葱はそう言うと、小首を傾げるように鈴の顔を覗き込んでくる。真っ直ぐに向けられる瞳や落とされた言葉に鈴の頬がほんのりと赤く染まる。いつもなら恥ずかしがってすぐに目を逸らしたくなるけれど、今日はしっかりと浅葱の目を見つめ返した。

 

「……こんな風に、なれたら良いですね」


 鈴が心を込めて溢すと、浅葱は目を見開いた。そして赤くなった肌を隠すように大きな片手で自身の口元を覆い、勢いよく視線を逸らす。


 浅葱との未来を前向きに捉えようとした言葉だったが、何か不味いことでも言ってしまっただろうかと鈴は不安になった。だがそんなことは杞憂で、浅葱はチラリと鈴へ視線を移すと少し震える声で言葉を落とす。

 

「あんまり何度も言わない方が良いって言われたけど……」


 次の瞬間、浅葱は鈴を勢いよく抱きしめた。不意を突かれた鈴の背中は、ふかふかの雪の上にバタリと落ち、視界の隅で白い雪が小さく舞ったのがわかった。

 

「鈴が好き……早く俺の妻にしたいな……」


 耳元で切切と囁かれ、縋るように強く抱きすくめられる。浅葱の体温と伝わってくる強い熱量に、鈴の胸は激しく高鳴った。

 

「……その為に今、ちゃんと考えてます。だから、もう少し待っていてください」


 鈴が浅葱の顔を見ようと少し肩を押し、自分の言葉でハッキリと宣言する。すると浅葱は込み上げる歓喜や愛おしさを必死に押し殺そうとしているのか、整った眉間に歪な皺を寄せて、心底嬉しそうに大きく頷いた。

 

「うん、わかった……!」

「……それと、冷たいので起こしてくれますか?」

「あ、ごめんね! 今起こすから……!」


 押し倒すような体勢になっていた浅葱は、慌てて鈴を抱き上げ身体を起こしてくれた。鈴の足が地面につくと、彼は手際よく背中についた粉雪を優しく払ってくれる。

 

「寒くない? 大丈夫?」

「大丈夫です!」


 鈴がニッコリと満面の笑みを向けると、浅葱は再び鈴をギュッと強く抱きしめた。

 

「はぁ……もっと好きになっちゃった」


 愛おしそうに鈴の頭へ自分の頬を擦り寄せ、零れ落ちるように愛を囁く。あまりの甘さに、鈴の顔が再び熱くなったその時――。

 

「なんだなんだ、朝っぱらからお熱いねぇ〜」


 揶揄うような声が頭上から降ってきた。見上げれば塀の上に腰掛けた山吹が、意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。

 

「……山吹が朝から来るなんて珍しいね、どうしたの?」

「良い魚が手に入ったからよ、鈴に美味い飯でも作ってもらおうと思ってな」


 そう言って山吹が掲げて見せたのは、大きな篭に入った大量の魚と、立派に育った大根だった。

 

「俺の鈴を勝手に使おうとしないでよ……」


 浅葱は鈴を渡すまいとさらに腕に力を込め、不機嫌そうに目を細めて山吹を睨みつけた。


「料理は好きなので、私は構いませんよ?」

「でも鈴が他の奴の為に作るのが、なんかやだ……」


「本人が構わねぇって言ってんだから別にいいだろう。つーかお前、今年はまだ雪を溶かしてねぇのかよ。珍しいな」


 拗ねかける浅葱に山吹は呆れたようにため息を吐くと、いつもと違う周囲の銀世界を見渡した。

 

「溶かす……?」

「コイツ寒いの苦手だからよ、雪が降るたび自分家の敷地の雪、全部妖力で溶かしてんだよ」

「え!? そうなんですか?」


 それならこの美しい雪も、せっかく作った雪兎も溶かされてしまうのだろうか。そう不安な心地で浅葱を見つめ返すと、彼は困ったように優しい眼差しで鈴を見下ろした。

 

「鈴が雪を好きだって言ったから、もう溶かさないよ。それに……雪の中にいる鈴はすごく綺麗だったから、溶かしてしまうのは勿体無い」


 そう言って浅葱は、自身の腕の中にいる鈴の頬を指先でそっと撫で慈しむように微笑んだ。

 

(私のために……)


 寒がりな浅葱にとって嫌なはずの雪を、自分が「好き」と言ったから残してくれる。その深い思いやりと愛情が胸を満たし、鈴は満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます、浅葱様。すごく嬉しいです!」


 見つめ合い甘い空気を漂わせる二人。そんな恋仲のような甘い空気に耐えかねた山吹は、つまらなそうに鼻を鳴らして視線を逸らした。

 

「……俺がいること忘れてんなよ」


 冬の冷たい風が吹き抜ける庭で、重なり合う二人の体温だけが、まるで春のようにどこまでも温かい。

 

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