19話 追い討ちの告白
翌日、浅葱は拍子抜けするくらい、いつも通りだった。
朝ごはんを一緒に食べて、畑仕事を手伝ってくれて、山の妖からの頼まれごとや薬草の整理をして……普段と変わらない穏やかな様子。
昨夜「妻になってほしい」と告げられたのは、もしかすると自分の夢だったのではないだろうか。薬草の仕分けをする浅葱の背中を眺めながら、鈴はそんな思考に囚われていた。
「――鈴、どうしたの」
「あ! いえ、なんでもありません! 私も何かお手伝いしましょうか?」
見つめていたことがバレてしまったのか、浅葱は振り返って鈴へ優しい眼差しを向ける。そんな彼の様子は、やはり相変わらず穏やかで、鈴はホッと胸を撫で下ろしたのだが――
「ん〜、それなら……」
浅葱に優しく引き寄せられると、彼の広い胸の中へすっぽりと包み込まれるように抱きしめられた。
「ちょっ……!」
「疲れたから休憩。鈴、癒して〜」
「私にそんな力はありませんよ……!」
「そんなことない。こうして鈴と触れ合ってるだけで癒されるよ」
のんびりとした声を零しながら、浅葱は鈴の頭へ頬を擦り寄せる。
「鈴、大好きだよ。はやく俺の妻にしたいなぁ」
耳元で囁かれた甘い言葉に、鈴は大きく肩を跳ねさせた。
「…………なんでまた言うんですか……!」
浅葱の胸の中で身をよじり、もがきながら抗議する。しかし腰に回された腕は思いのほか強い力で鈴を捉えて離さない。
「だって、昨夜はまだ俺の言葉を信じてなさそうだったから。改めて伝えておきたくて」
浅葱は抱きしめたまま、どこか愉しげに鈴の顔を覗き込んできた。彼の好意を疑って図星を突かれた鈴は、思わず気まずそうに目を逸らす。
(だって、あんなの急に信じられるわけない……!)
それよりも、今は浮世離れした美しさを持つ神様に至近距離で甘く見つめられ続けるのは心臓に悪い。
「あの、緊張するので……離してください」
俯いたまま、かろうじて声を絞り出す。頬が赤く染まっていくのが自分でも分かった。
「え〜? どうしようかな」
わかりやすく自分を意識している鈴の姿に浅葱はクスッと喉を鳴らし、熱った彼女の頬へ手を添える。そして少し強引に上を向かせられると、視線の先には蕩けるような甘い眼差しで微笑む浅葱の顔があった。
「こんなに赤くなって可愛い……余計に鈴を離したくないな」
悪戯っぽくニコニコと微笑む浅葱に、解放する気など一切ないのだと察する。あまりの羞恥と困惑に鈴は頭がどうにかなってしまいそうだった、その時――
玄関の引き戸が勢い良く開く音と、聞き覚えのある声が屋敷に響き渡った。
「邪魔するぜ〜」
「お邪魔します……浅葱様」
それは山吹と銀朱の声だ。
(助かった……!)
地獄に仏とはまさにこのことだとばかりに、鈴はパッと顔を上げた。
「ほ、ほら、来客ですよ! 出迎えないと!」
鈴が浅葱の胸を押し離れるよう促すと、彼は露骨に不満そうな表情を浮かべながらも鈴から手を離してくれた。その瞬間、鈴は弾かれたようにその場を離れるとすぐに玄関へ二人を出迎えに向かった。
「いらっしゃい、山吹様、銀朱様!」
「おう、鈴か。……って、なんだ。浅葱の奴、機嫌直ってんじゃねぇか」
鈴の後ろから名残惜しそうに追ってきた浅葱の姿を見るなり、山吹が呆れて笑う。その一方で、銀朱は申し訳なさそうに身を縮こまらせていた。
「浅葱様、昨日は申し訳ありませんでした。どうか僕のご無礼をお許しいただけないでしょうか……」
銀朱は恭しく頭を下げると、持っていた編みかごを差し出した。そこには獲れたてと思われる立派な鯛がまるまる数尾、鎮座している。
「うわぁ、立派な鯛ですね……!」
「そうだね。銀朱、昨日の事はもう怒っていないから気にしないで」
浅葱がいつものポヤポヤとした温和な笑みを浮かべて答えると、銀朱の表情が一気に明るくなった。寛大な心に感謝するような救いの眼差しを浅葱に向ける。
「浅葱様……!」
「そうだ、ちょうど良いから二人にも伝えておこうと思うんだけど……」
そう言いながら、浅葱は自然な動作で鈴の腰を引き寄せる。不意の密着に鈴が硬直するのも構わず、浅葱はコテンと鈴の頭へ自身の頬を擦り寄せ、サラリと言葉を続けた。
「俺、鈴を妻にしようと思うんだ」
山吹は「おいおい正気かよ」と腹を抱えて笑い出し、銀朱は目を見開かせ岩のように固まった後、屋敷中に響き渡るような絶叫を上げたのだった。




