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1話 いきのいい生贄です


 いきのいい生贄です。


 身体は丈夫、重い病にもかかったことがない。だからこそ神様の生贄に選ばれてしまった。


 街の方では汽車が走り、ガス灯が灯る文明開化の明治時代。なのにこの山奥の村ときたら未だに「神に生贄を捧げよ!」なんて江戸時代どころか暗黒時代みたいな因習にしがみついている。


(こんな風習、なくなってしまえば良いのに……)


 黄昏時、山の麓にある社の前まで連れてこられた双子の姉、鈴は心の中でそんな悪態を呟いていた。


「いいか、鈴。お前は恐しくも高貴な祓い神様に選ばれたんだ。これは光栄なことなのだから、死を恐ろしいなどと思うんじゃない。罰当たりだからな」

「アンタは山に入ったら決して振り返らず、頂上を目指すんだよ。静のことは心配しなくてもいいから、しっかり役目を果たすんだよ」


 それはもう何度も聞いた言葉だった。

 幼い頃に両親を亡くした鈴たち双子を引き取ってくれた竹中夫妻は、誇らしげにその言葉を何度も繰り返している。


「はい、今までお世話になりました。静のことをよろしくお願いします」


 鈴は笑顔の仮面を被り、きつく拳を握りしめた。胸の奥に渦巻くのは、理不尽な運命への憤りと残してきた妹への切ない思いが込み上げる。


 鈴には双子の妹、静がいる。病弱でか弱い静をあの村に一人残してしまうのは心苦しかった。


(でも私がここで逃げ出したら、次は静が生贄になってしまうかもしれない……)


 だから鈴は村人たちの視線を背に受けながら、立ち入ってはならないとされる禁じられた山の境界を越えたのだった。


 鬱蒼と茂る草木をかき分け、心細い獣道を進んでいく。次第にぽつぽつと静かな小雨が降り始めてきた。


 しかしふと見上げた空は、黄昏時だというのに妙に明るい。木々の隙間から差し込む光の粒が、雨の雫と交じり合ってきらきらと幻想的に輝いていた。湿った土の匂いと、どこか現実離れした静寂が辺りを支配していく。


 それからどれほど歩いたろうか、険しい獣道が唐突に途切れる。鬱蒼とした森が嘘のように拓け、足元には石畳の道が真っ直ぐに伸びていた。


 空気はひんやりと澄み渡り、呼吸をするたびに胸の奥が洗われるような神聖な気配に満ちている。まるで別の世界に入り込んでしまったかのような、不思議な感覚がある。鈴は息を整えながら、突如として現れたその道を迷いなく進んでいく。


 やがて視界に飛び込んできたのは、深い緑の奥にひっそりと佇む立派な屋敷だった。周囲は漆喰の塀に囲まれ、堂々たる門構えを見せている。人里離れた山にこれほど見事な屋敷があるなど思いもしなかった。


(ここが……神様の棲家?)


 鈴は緊張で早鐘を打つ胸を抑えながら、意を決して重厚な木製の門を叩いた。


「ごめんください!」

 

 乾いた音が静寂に響く。しかし奥からは何の反応もなく、しんと静まり返ったままだ。だからといって引き返すわけにはいかない。鈴は一歩踏み込み今度は体重を乗せて、もっと強く門を叩いた。

 

 ドンドンドン、と激しい音が境内に響き渡る。すると間もなく、内側からパタパタと軽やかな足音が聞こえてきた。

 

「も〜〜なに? うるさいなぁ……ってうわあああ!?」

 

 ゆっくりと門が開いた瞬間、中から現れた青年が突拍子もない悲鳴を上げた。


 そこに立っていたのは透き通るような白金の長髪に、鮮やかで明るい青緑色の瞳を持った端正な顔立ちの青年だった。

 

 しかしその美しい青年は鈴の姿を見るやいなや、まるで恐ろしい化け物にでも遭遇したかのように、凄まじい勢いで門をピシャリと閉めてしまった。

 

 目の前で容赦なく閉ざされた門を凝視し、鈴は呆然と立ち尽くす。

 

「え? ちょっと! なんで閉めるんですか!」

 

 声を張り上げて門を叩くが、中からの返事はない。このまま雨に濡れながら立ち往生するわけにはいかない。鈴は一度門から離れ、周囲を見渡した。


 頑丈な漆喰の塀が続いているが、ちょうどそのすぐ近くに、太い枝を伸ばした大きな木が立っている。

 

(あの木に登れば、塀に飛び移れそう……!)

 

 幼い頃から活発で、身体を動かすことには自信があった。鈴は着物の裾をたくし上げると、木の幹に足をかけ慣れた身のこなしでスルスルと木へ登っていく。太い枝を伝って塀の真上へと移動し、そこから庭の内側へと軽く飛び降りた。

 

 すとん、と軽い着地音が響く。

 

 目の前では先ほどの青年が門にぴったりと耳をつけ、外の様子を必死に探っている背中が見える。

 

「――あの」

 

 鈴が背後から声をかけると青年は「ひっ!?」と情けない声を上げて飛び上がった。

 

 慌てて振り返った彼は、懐から取り出した布の面を大急ぎで顔に張り付け声を上げた。

 

「どうして中にいるの!?」

「木を登って入りました。貴方が神様ですか?」

「そ、そうだけど……」

 

 面越しに戸惑ったような声が返ってくる。鈴はその奇妙な面をじっと見つめ眉をひそめた。

 

「その妙な面はなんです?」

「雰囲気……」

「雰囲気……?」

 

 さっき顔がしっかり見えていたのに、今さら面をつける意味があるのだろうか。


 神様は神聖な存在のはずなのに、怯え方といい言動といいどうにも俗っぽくて威厳というものが感じられない。

 

「それで、君はなに? どうして人間がこんなところに……」


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