それは雨の降る『冬』の夜のこと
それは――静かな雨が降る『冬』の夜のこと。
屋敷の縁側で身を寄せ合うのは、『浅葱』と『鈴』のふたりだ。
「……俺は何百年もこの屋敷で一人、ただ息をしているだけだった。だけど鈴が来てからずっと屋敷は賑やかで、君に振り回されてばかりで……俺の永い生の中で一番、温かな時間だった」
浅葱の大きな手が、鈴の手を優しく包み込む。
「鈴。俺のもとに来てくれて、本当にありがとう」
耳の奥に溶けていく優しい声。鈴を映すその瞳があまりに愛おしそうで、胸が苦しいくらいに熱くなった。
「私も、この一年は何よりも幸せな時間でした」
彼と過ごした毎日のひとつひとつ、全て愛おしくて、宝物のように目に焼き付けてきた。
「浅葱様。私を側に置いてくださって、本当にありがとうございました」
心からの感謝を込めて微笑んだ、その直後――
強い力で肩を押され、気付けば鈴の身体は床の上へと押し倒されていた。見上げると浅葱は整った眉を苦痛に歪め、溢れ出しそうな涙を耐えるように唇を噛み締めている。
「……もし俺が、鈴を無理矢理にでもここに縛りつけると言ったら……君はどうする?」
床に縫い付けられた手に、ぎりっと強い力がこめられる。『生贄』としての彼の側にいられる期限が、すぐそこまで迫っていた。
ふたりの間には、静かに雨音だけが響いている。
生贄としてこの山を訪れ、神様である浅葱と出会った時も、こんな静かな雨が降っていた。
あれはまだ、暖かな『春』のこと――




