15話 山吹と銀朱
穏やかな風が庭の木々を揺らしスッと吹き抜けた次の瞬間、庭に二人の男が舞い降りた。
一人は黒と灰が混ざり合った流麗な髪を揺らす青年だ。妖しく輝く金色の瞳に、どこか人を食ったような笑みを浮かべている。崩した着流しからは溢れ出る色気と圧倒的な存在感を纏っていた。
もう一人は深い赤茶の髪をした少年だ。真っ白な肌に、燃えるような赤い目を宿している。鈴と同じ歳くらいの姿をしているものの、その瞳には凍てつくような冷ややかさが宿っていた。
赤目の少年は上半身を起こした浅葱とその胸の中にすっぽりと抱きかかえられている鈴へ視線を向けると、睨むように瞳を細める。
「浅葱様へ不敬に触れる、その人間はなんですか……?」
氷のような冷たい声と共に、赤目の少年はズカズカと縁側から屋敷の中へと踏み込んできた。そして浅葱から引き離そうと、鈴へ手を伸ばそうとする。
「銀朱」
だが浅葱に名前を呼ばれた瞬間、少年の動きはピタリと止まり悔しげに空中を掴んだ。
「っ〜〜〜浅葱様から離れろ人間!」
「……どう見たって、今触れているのは浅葱様の方でしょう?」
「ふん、どうせお前が浅葱様に触れてくれとでも頼んだのだろう」
「そんなわけないでしょう!」
注意する相手をこの少年は間違えている。鈴を抱きしめているのは、明らかに浅葱の方である。注意をするなら浅葱にしてほしい。けれど突然の来客に浅葱も驚いているようで、先程よりも腕の力が緩んでいる。その隙を見計らって鈴は浅葱の腕を振り解きながら、立ち上がった。
「はっ、どうだか。人間はいつも浅葱様のお優しさにつけ込むからな」
「つけ込んでなんて……!」
銀朱は鈴の言葉を信じようともせず鼻で笑い、馬鹿にするような目でこちらを見下ろしてくる。鈴は咄嗟に言い返そうとするがハッと、ある事を思い出した。
(そういえば最近、暑いからって浅葱様にくっついて涼んでばかりいたかも…………)
冷たい浅葱の肌が心地よく、鈴から寄り添っていたのは事実。今まで浅葱から突き放されることはなかったが、これも彼の優しさにつけ込んでいる事になるのかもしれない。
「…………暑くない時は離れてますよ!」
「ほら、やはりな。身の程を弁えず、浅葱様を利用している! 卑しい人間の小娘め!」
「銀朱、落ち着いてよ……。俺も鈴に触れちゃうし、鈴から触れられるのも嫌じゃないからさ」
不穏な空気を察した浅葱がポヤポヤとした声を上げながら、二人の間に割り込んだ。まあまあと手を開き、銀朱の肩を優しく叩いて宥めてくれる。
すると今度は金色の瞳を持った青年が、ニヤリと微笑みながら浅葱の肩に腕を回した。
「そうそう、落ち着けって銀朱。まずはこの人間の正体を聞き出すのが先だろうよ。――それで、なんでお前の側に人間がいるんだ? 食べるってわけでもねぇんだろ?」
「っ!」
金色の瞳の青年は興味深そうに鈴を見下ろすと、大きな手で彼女の顎を掴み上げた。あまりの力強さと強引さに、鈴が身体を強張らせた瞬間――浅葱が彼の手首を掴んで鈴からすぐに引き離させた。
「乱暴に扱わないで。この子は人里から生贄として連れて来られた子だよ。銀朱もそんなに睨まないでよ」
浅葱は心底呆れたように溜息を漏らすと、鈴の肩を優しく引き寄せ二人から遠ざけるように自身の隣へ並ばせる。そして彼女の不安を振り払うように、優しく鈴の顔を覗き込んだ。
「突然ごめんね。この二人は俺の古い友なんだ。金色の目の男が妖狐の山吹。赤目の男は座敷童子の銀朱。二人とも口と態度は悪いけど、根は良い奴だから」
「浅葱様のお友達……」
鈴は二人の姿を感心したように見上げた。物語でしか聞いたことのない妖狐と、家に幸運をもたらすという座敷童子。人里で見かけた妖や山の妖たちよりも、高貴な雰囲気を醸し出している。
「山吹様、銀朱様、初めまして。浅葱様の屋敷でお世話になっている鈴と申します」
これまで色々な妖と出会ったきたが、浅葱の口から友として紹介されたのはこの二人が初めてだった。きっと彼にとって特別な存在なのだろう。鈴は敬意を払うように丁寧にお辞儀をすると、山吹はどこか呆れたように肩をすくめた。
「あ? まだ生贄なんてやってんのかよ人間は。アンタも災難だったな」
「生贄ならば、さっさと逃してしまえばいいでしょう? なぜ未だ側に置いているのですか。人間など浅ましく図々しい生き物でしょうに」
銀朱がそう言って、不満げに眉をひそめる。浅葱はそんな二人に苦笑いを浮かべながら、鈴が人に術をかけられ山から下りられないこと、そして妖桜が咲く春までこの家に滞在させることになった経緯を短く説明した。
「――だからといって、偉大な神である浅葱様にあのような態度……許せません。殺しましょう」
事情を聞いてもなお、銀朱の怒りは収まらなかった。見開かれた真っ赤な瞳でじっと鈴を見下ろしてくる。感情を一切顔に出さず、無表情のまま静かに怒りを燃やすその瞳は少しだけ怖い。
(偉大な神……?)
けれど鈴は銀朱の言葉を不思議に思い、浅葱の浴衣の袖をちょんちょんと引っ張って見上げる。
「浅葱様ってそんなにすごい神様だったんですか?」
鈴にとっての浅葱は、瘴気を祓ってくれたり薬を作ってくれたりする頼もしい存在ではあるが、同時に虫を見て悲鳴を上げたり、頭を撫でられただけで喜ぶようなポヤポヤとしたお兄さんでもある。
そんな彼が、これほどまでに狂信的な尊敬を集めているのがどこか少し意外に思えたのだ。




