14話 お昼寝と客人
「ふぅ、やっと終わった〜〜!」
作業を終えた浅葱が、満足そうに両腕を大きく伸ばして息を吐く。今日は湿気も少なくカラッと心地いい晴れ。絶好の薬草干し日和だった。
「鈴、手伝ってくれてありがと〜」
「いつも家事を手伝ってくださるお礼ですから! それでは、私は廊下の掃除をして来ますね」
家事の続きをしようと腰を上げて立ち上がろうとした――その瞬間。
「わ……っ!?」
不意に強い力で腕を引かれ、視界がぐらりと傾いた。鈴の身体は吸い寄せられるように、そのまま畳の上へと倒れ込んでしまったのだ。
驚いてパッと隣を見れば、腕を引いた張本人が上機嫌な笑みを浮かべて鈴の顔を見つめている。
「もう! なにするんですか!」
抗議しながらすぐ身体を起こそうとするが、浅葱はそれを逃がさない。鈴のお腹の上へ腕を回し、まるで抱き枕のように身体をぎゅっと抱きしめて動きを阻止してしまったのだ。
「今日はお掃除、お休みだよ」
「でもまだ……」
「俺たちしか使っていないんだし、毎日掃除しなくても十分綺麗だよ」
長年、忙しなく動き回るのが日常だった鈴にとって何もせずにじっとしているのはどうにも落ち着かない。けれど浅葱の言う通り屋敷が綺麗なのも事実だった。
「ん〜……」と頭を悩ませる鈴の様子を見て取ると、浅葱は促すように鈴の頭へ手を伸ばし、彼女の髪紐をそっと解いた。さらりと解けた黒髪が畳の上に広がる。
「たまにはのんびりしたっていいんだよ。ほら、俺の側は涼しくて心地良いだろう? 一緒に昼寝でもしよう」
浅葱の大きな手が、優しく鈴の目元を覆い視界が暗闇に包まれる。
誰に怒られるわけでもないのに、小さな罪悪感が鈴の胸を掠めた。けれど家主の浅葱が言うならと、彼の手に促されるまま鈴は自然と瞼を閉じる。
縁側で干している薬草が揺れ心地よい音を響かせ、穏やかな風がサラリと鈴の頬を撫でる。
そしてぴったりと触れ合っている浅葱の体温が、不思議と涼やかで熱った身体に心地いい。今まで忙しなく過ぎ去っていた時間が、ゆっくりと穏やかに流れていくように感じた。
(浅葱様、涼しくて、いい香りがする…………)
草花のような緑の香りに包まれて鈴はそのまま、深い心地よさの中へと意識を手放していった。
◇
目を覚ますと、部屋へ差し込む太陽の光が少しだけ傾いている。どうやら数時間ほど眠っていたらしい。
「ん……」
ふと横を向けば浅葱が鈴を抱きしめた姿勢のまま、心地良さそうに小さく肩を揺らして眠っている。
(そういえば浅葱様の寝顔、初めて見たかも……)
夜はいつも鈴の方が先に寝てしまうし、朝起きる頃には彼はもう目を覚ましている。浅葱は毎日眠らなくても平気らしいので、こんな風に無防備に眠る姿なんて滅多に見られないのだ。
鈴は興味津々で観察するように、すぐ近くにある浅葱の顔をじっと覗き込んだ。
(まつ毛すごく長い……肌も白くて、浅葱様って本当に綺麗だなぁ……)
毎日顔を合わせているので最近は慣れてしまっていたが、浅葱は浮世離れをした美しさを持っているのだと改めて認識し直す。そんな風に感心しながら彼に見惚れていると突然、浅葱の眉間に少しだけ苦しそうな皺が寄った。
(怖い夢でも見ているのかな……?)
起こした方がいいかと迷いながらも鈴はそっと手を伸ばし、浅葱の頭を優しく撫でてみた。すると浅葱の強張っていた表情が徐々に解け、穏やかな表情へと戻っていく。
鈴がホッと胸を撫で下ろしたその時、ゆっくりと浅葱の瞼が開かれる。
「おはようございます、浅葱様」
浅葱はまだ覚め切らないボンヤリとした青緑の瞳で、自身の腕の中にいる鈴をじっと見つめる。そして、その直後――
「はぁ〜〜……っ、おはよう…………鈴」
安堵したような深い溜息とともに、浅葱は鈴を抱きしめる腕に力を込める。そして甘えるように鈴の頭へ自分の頬をすり寄せてくるのだ。
「わっ……!? ちょっとなんですか!?」
近くなった彼の香りや頭に触れる肌の感触。そして隙間なく密着した身体とその近さに、鈴の心臓が大きな音を立てて跳ね上がった。胸の奥がキュッと締めつけられるような甘い動揺に、鈴は慌てて浅葱の腕の中で身を縮こまらせる。
「なんだか変な夢見ちゃって……。良かった、鈴がちゃんと隣にいて……」
「怖い夢でも見たんですか?」
「怖い、夢? ん〜……そうなのかも」
一体どんな夢を見たのだろうと気になりつつも、距離をとって起き上がろうとする鈴。しかし浅葱の腕は頑なに鈴を離そうとはしなかった。
「ちょっ、離してください……っ」
「嫌だ、まだ離れないでよ……。俺は今、絶賛傷心中なんだからさ……側にいて……」
「傷心って……。そろそろ薬草も取り込まないとでしょう?」
「え〜〜〜〜」
浅葱は渋い顔をして駄々を捏ねると、全身で嫌だと表すように鈴の肩へ顔を埋めて、すりすりと甘えてきた。その時。
「――よお。久しいな、浅葱」
「お久しぶりです、浅葱様」
ふわりと舞った穏やかな風と共に、二つの声が庭から響いてきたのだった。




