13話 妖たちの行列
「……ええっ!?」
朝の掃除を終え庭へ出た鈴は、眼前に広がるその光景に思わず箒を落としそうになった。
門の外までズラリと伸びる長蛇の列。普段は山奥でひっそりと暮らしているはずの小鬼や毛玉、人型の妖たちが、庭を埋め尽くさんばかりに押し寄せている。
「な、なんですかこれ……!? 一体なにが起きているんですか!?」
パニックになる鈴の横で、浅葱は「はぁ……」と大きなため息を吐いた。
「またこの季節が来たか……」
そう言って、呆れたような顔で頭を振る浅葱。彼は白銀の美しい髪をすくい上げると、髪紐で手際よく後ろに結び始めた。彼のうなじが露わになり、どこかすっきりとした装いになる。
「またこの季節って?」
「毎年ね、夏バテを起こした妖たちが押し寄せてくるんだよ。妖の中には俺みたいに自分で体温を調整できる者もいるけど、そうでない者の方が多いから」
髪を結び終えた浅葱は、涼しげな衣の裾を揺らして庭へと足を進めた。
「さてと……どれから診てあげようかな」
浅葱はいつものポヤポヤとした雰囲気のまま列の先頭でぐったりと横たわる毛むくじゃらの妖へ近づき、その様子を診察し始めた。
「――やっぱり夏バテだね。薬を持ってくるから少し待っていて」
浅葱は薬を溶かした水を用意すると、ぐったりとした妖にそれを飲ませる。その瞬間、さっきまで死にそうに舌を出していた妖の顔色が徐々に良くなっていった。
「はぁ……生き返った……。ありがとうございます、浅葱様ぁぁああ!」
「そんなに騒ぐとまたバテてしまうよ。体をよく冷やして水をこまめに摂るんだよ」
大喜びで頭を下げる妖を見送りながら、浅葱は次の妖の様子を診ては、水に溶かした薬を手渡したり妖力を分けて体温を下げてやったりと甲斐甲斐しく手当てを進めていく。
(浅葱様って、本当に山の妖たちから頼りにされているんだな……)
その様子を見守っていた鈴は、胸の奥に小さな感嘆の吐息を漏らした。頼ってきた者を見捨てるようなことは絶対にしない。そんな彼の優しさと頼もしさを改めて目の当たりにして、心がほんのりと温かくなるのを感じる。
だが、庭にはまだまだ診察を待つ妖たちの長い列が続いている。太陽の下で待たされている妖たちは、今にも倒れてしまいそうだ。
(私にも、何か手伝えることはないかな……)
浅葱のように薬草を調合したり妖力を与えることはできないけど、少しでもこの暑さを和らげてあげることならできるはずだ。
鈴はすぐに台所へと向かうと、井戸から汲み上げたばかりのキンキンに冷えた水を用意した。大きな大鉢に冷水を張り、昨日香ばしく煎っておいた麦茶を大きな瓶になみなみと注ぎ入れて冷やす。そして冷えた麦茶を淹れた湯呑みをいくつかお盆に乗せ、鈴は賑やかな庭へと足を踏み出した。
「皆さん、良ければ冷やした麦茶を飲んで待っていてください」
「冷たい茶か……っ!」
「ありがてぇ、喉がカラカラだったんだ!」
鈴の声を聞きつけた妖たちが、一斉に目を輝かせて押し寄せてきた。一瞬その勢いに押されそうになった鈴だったが、慌てず笑顔で湯呑みを配っていく。
「沢山用意してありますから、順番にどうぞ! 慌てないでくださいね」
湯呑みを受け取った妖たちは、お茶を飲むなり「生き返る〜!」と感動の声を上げた。
「はぁ……浅葱様に診ていただく前に干からびるところでした。おや? 貴女まさか人の子?」
「くぅ〜〜! 冷たくて生き返る! ほら浅葱様が引き取ったって言う噂の人間だよ。助かったぜ、ありがとな」
「あぁ噂の! 浅葱様の助手やお手伝いさんなのでしょうか? よく気が利きますな」
「いえ、私はただの居候ですよ。お口に合って良かったです」
妖たちに囲まれながら言葉を交わし、微笑む鈴の姿を浅葱は診察の手を動かしながら眺めていた。そんな彼の視線に気づいた鈴は、すかさず新しい湯呑みを浅葱にも差し出した。
「浅葱様もどうぞ。朝からずっと妖たちの相手をされていて、お疲れでしょう?」
「ありがとう、鈴。助かるよ」
浅葱は嬉しそうに目元を緩めると、湯呑みを受け取って喉を鳴らした。白い首筋で喉仏が動くのを、鈴は一瞬だけ見惚れるように追ってしまう。
「ふう、生き返る……。鈴の淹れてくれるお茶は、なんだか心が和らぐ味がするね」
「また大袈裟な……ただの麦茶ですよ」
調子のいい浅葱に鈴は呆れながらも、可笑しそうに笑った。そこからの数時間は、まさに目を回すような慌ただしい時間だった。
浅葱は押し寄せる妖たちを丁寧に診察しては薬を調合し、鈴は冷たい水を井戸から汲み直し、体調が悪そうな妖の額を手ぬぐいで冷やす。休む間もなく庭中を走り回った。
◇
そして夕刻。
西の空が美しい茜色に染まり始めた頃。全ての妖たちの診察を終え、屋敷はようやく静けさを取り戻していた。
「はぁ……流石に疲れたな……」
浅葱は縁側に辿り着くやいなや、脱力したようにその場に座り込んだ。白金の髪は汗で少し肌に張り付き、いつも涼しげな顔には明らかな疲労の色が浮かんでいる。
鈴はすぐさま冷たい手ぬぐいを持って、浅葱の隣へ駆け寄った。
「浅葱様、お疲れ様でした」
「鈴もお疲れ様……。今年は鈴がいてくれたおかげ、いつもより早く終わったよ」
「いつもは何時までかかるんですか?」
「大体夜中までかかるかな〜……」
ポヤポヤとした口調の浅葱はそのまま深く息を吐くと、鈴の肩へコテンと頭を預けてきた。
「浅葱様……!? くっついたら余計に暑いでしょう?」
「暑さより疲労にやられてるだけだよ〜……だから少しだけこうさせて……」
浅葱は鈴の肩に頭を預けたまま、そう言って瞼を閉じてしまう。神様らしい威厳はどこへやら、今の彼はどこか頼りなく無防備そのものだった。
「……浅葱様は優しすぎますね」
休むことなく、妖たちを優先して朝から晩まで動き回って……。そんな疲労した浅葱を労うように、鈴は冷えた手ぬぐいで額の汗を拭い取っていく。
「……ん、心地いいな」
浅葱は辛そうだった表情を緩め、ゆっくりと瞼を上げる。そしてすぐ近くにある鈴の顔を覗き込んで、じっと見つめてきた。
「でも、優しいのは鈴もだよ。妖たちを気遣って庭を駆け回ってくれた。ありがとう、鈴」
浅葱は体を起こすと、今度は鈴の頭にそっと手を乗せ撫でるように優しくポンポンと叩いた。
「私はただお茶を配っただけですよ!」
「そんなことない。妖たちも喜んでいたし、鈴のおかげで俺も本当に助かったんだよ」
慌てて照れ隠しをする鈴を見て、浅葱はふっと無邪気で柔らかい笑みをこぼした。お互いを労い合う温かな空気の中、夕風がふわりと縁側を吹き抜けていくのだった。




