12話 これは離れ難い
夏の陽射しが容赦なく降り注ぎ、山の空気が白く揺らぐほど蒸し返っていた。
「あつい……」
台所から戻った鈴は風通しの良い縁側に倒れ込むように腰を下ろした。照りつける日差しは家の中まで熱気を運び、立っているだけでも体力が奪われていく。
そんな鈴の様子を見かねて、静かに歩み寄ってきた浅葱は白く長い手を鈴の方へとすっと伸ばした。ひんやりとした彼の指先が熱を持った鈴の頬に優しく触れる。
「え……っ!? 冷たい!」
あまりの心地よい冷たさに思わず肩を跳ねさせた。驚いて彼を見上げると、浅葱の白金の髪が涼やかな風に揺れている。彼の周りの空気そのものが、まるで清流のそばにいるかのようにひんやりと澄んでいる。
「俺はある程度、体温を調整できるからね〜」
「……いいな!」
「ふふん、神様の特権かな」
少し誇らしげに胸を張る浅葱に羨望の情がさらに募る。どうにかしてこの涼しさを分けてもらう方法はないかと、鈴はぐるぐると頭を回転させた。そして閃いたようにぽんと手を打った。
「そうか、暑いときは浅葱様に触れていればいいんですね!」
「…………え?」
浅葱が首をかしげた時には、鈴は彼の隣へと滑り込み浅葱の腕をぎゅっと抱え込んでいた。浴衣越しでも伝わる清涼な心地よさに思わずうっとりと目を細める。
「涼しい〜〜」
「ちょっ…………鈴!?」
◇
それからというもの鈴は隙さえあれば、浅葱にぴったりと寄り添い涼むようになってしまった。
「年頃の娘がそんなに風に男へ身を寄せるのは、良くないと思うな〜〜」
困ったように眉を下げて浅葱がそう口にするが、涼しくて心地よい浅葱の腕を手放したくない。
(それに、身を寄せるのは良くないって言うけど……)
日頃から鈴を抱き寄せたり、ふとした拍子に手や頬へ触れてくるのは浅葱の方だ。何を今更……と心の中で小さく突っ込みを入れながらも、鈴はしっかりと彼の腕へ抱きついた。
「だって、浅葱様の側は涼しくて気持ちいいんですもん。まだ離したくありません」
断固とした意思で浅葱を見上げると彼は白い頬をほんのりと赤く染め、どこか唸るように目を細めた。そして結局のところ、浅葱は鈴を無理に引き剥がすこともできず、諦めたようにため息をひとつ吐き出した。
そのまま鈴を腕に引っ付けた状態で、浅葱は屋敷の中をゆっくりと移動し始める。まるで大きな荷物でも抱えているかのような光景だったが、当の鈴は大満足だった。
こうして家事の合間に浅葱の側で涼を取ることが、この夏の鈴の日常となっていった。
◇
そんなある日の午後。
いつものように浅葱の体温に縋りついていると、彼がそっと指先をかざした。
「ほら……氷を出してあげるからお食べ」
すると浅葱の指先から、清らかな冷気を纏った小さな氷の粒がぽろりと現れる。彼はその氷の粒を摘むと、自身にくっついたままの鈴の口元へ優しく運んだ。
鈴は浅葱の術を物珍しそうに眺めつつも疑うことなく、素直に小さな口を開けて氷を受け入れる。ひんやりとした心地よい冷たさが口内で弾けた。
「冷たい! そんなこともできるんですか?」
「うん。気に入ったのなら、もっといる?」
「もうひとう欲しいです! ……ん〜冷たい! 浅葱様、これもっと細かい氷で出せたりしますか? 雪とか霰みたいな」
「え? 出せると思うけど……?」
「ちょっと待っていてください!」
パッと体を離した鈴は素早く台所へ走った。そして小さな木鉢を二つと、甘い山の実をじっくり煮詰めて作ったシロップの壺を抱えて戻ってくる。
「ここに雪みたいな氷をしきつめていただけますか?」
「こうかな?」
浅葱が器に手をかざすと器の中に初雪のような、ふわふわとした白い氷が降り積もっていく。鈴はそこに赤い木の実のシロップをたっぷりと回しかけた。
「はい、どうぞ! かき氷です!」
「かき氷……?」
浅葱は手渡された木鉢を物珍しそうに見つめ、添えておいた竹の匙で氷を口へと運んだ。
「……美味しい!」
「でしょう! 夏はやっぱりこれですね!」
浅葱が美味しそうに匙を進める姿を見て、鈴もかき氷を口に運ぶ。冷たさとさっぱりとした木の実の甘さが口いっぱいに広がり、熱った身体を冷やしてくれる。
かき氷を綺麗に平らげた頃には、喉の奥からお腹のあたりまで心地よい冷気で満たされ、先ほどまで纏わりついていた蒸し暑さがすっかり吹き飛んでいた。
(これだけ冷えれば、しばらくは浅葱様の側にいなくても平気かも)
そう思い、鈴は身を寄せていた浅葱の身体から手を離した。すると隣で静かに匙を置いていた浅葱が、どこか落ち着かない様子でそわそわと身体を揺らし始めるのだ。
やっと身体が軽くなって肩を伸ばしているのかも思っていたが、彼は次第にこちらを盗み見ては何か言いたそうに唇を開いては結んでを繰り返している。
「…………鈴、もう側に来ないの……?」
力無い声で問いかけ、青緑色の瞳を少し揺らしながら遠慮がちに見つめてくる浅葱。
(抱きついていた時は呆れたような顔をして、あんなに離れるよう促していたのに……)
どうやら文句を言いつつも、身を寄せ合うことを案外気に入っていたらしい。あまりにも素直でいじらしい神様の態度に、鈴は思わずふふっと可笑しそうに笑みをこぼした。
「やっぱり、また近くに行ってもいいですか?」
「うん、もちろん!」
浅葱の顔が途端にぱっと明るくなる。
鈴が再び浅葱にそっと身を寄せると、彼は満足げに目を細め、どこか嬉しそうに鈴の温もりに寄り添ったのだった。




