9話 連行
(あの時の爆発を思い出せ……!)
与志野は床に手をつきながら、必死に意識を集中させていた。
指先に蒼の気を集める。
あの日自分の中から溢れ出した力。
あの感覚をもう一度――。
「……くっ……!」
蒼の気が指先に集まり始める。
だが思うようにいかない。
傷口から伝わる痛みが集中を何度も途切れさせる。
(違う……もっと……!)
力を込める。
しかし集まった蒼の気は形を保てず、指の間から霧のように漏れ出していく。
「ぐっ……クソッ!」
その一方で、翔馬は田野から銃口を向けられたまま一歩も引かなかった。
「お前こそ頭悪りぃな……」
翔馬は睨みつける。
「与志野を撃っておいて俺がYESなんて言うと思ってんのか?」
「……」
田野はしばらく翔馬を見つめた。
やがて小さく息を吐く。
「本物の馬鹿だな」
銃口は下がらない。
「与志野が使えなくなった以上、お前らが勝てる可能性はゼロだ」
「……」
「俺はまだ祝福すら使ってないしな」
「え……?」
田野の口元が僅かに歪む。
「まだ蒼の気すらコントロール出来ないような奴らが……余計な真似するだけ無駄だ」
「……!」
翔馬は拳を握りしめた。
(祝福って……蒼の気ってやつを出せる力じゃねえのか……?何か他の力が……?)
田野の言葉がただの脅しなのか、それとも本当に何かあるのか。
判断できない。
その時、田野が言った。
「大人しく言うことを聞いて俺についてくるなら――」
一瞬だけ与志野へ視線を向ける。
「そいつは治してやる」
「治すだと……?」
翔馬の表情が変わった。
「そんなこと……」
「真偽を確かめてる場合なのか?」
田野の声が低くなる。
「こうしてる間に死んでも知らないぞ」
「……!」
翔馬は言葉を失い、与志野を見た。
床に手をつき荒い呼吸を繰り返している。
その指先にはまだ蒼の気が残っていた。
弱々しく、今にも消えそうに。
翔馬の脳裏に最悪の可能性が浮かぶ。
(どうする……?)
従えば与志野は助かるかもしれない。
だが、それが本当だという保証はどこにもない。
教室に一瞬の静寂が訪れる。
「……分かった」
翔馬は諦めたようにポツリと言った。
「俺らの負けだ……与志野を治してくれ」
「おい、翔馬……ッ!」
与志野が声を荒げる。
だが、すぐに傷口を押さえた。
「ぐっ……!」
痛みに耐えきれず、その場にうずくまる。
「……良いチョイスだ」
田野はそう言うと翔馬に向けていた銃口をゆっくりと下ろした。
そしてそのまま与志野へ近づいていく。
「……!何を……!」
翔馬が身構える。
「治せと言ったのはお前だろ、離れてろ」
「なっ――」
田野は翔馬の肩を掴み、乱暴に横へ突き飛ばした。
「おい!」
翔馬が体勢を崩す。
その間に、田野は与志野の前で立ち止まった。
そして――何の前触れもなく右手を与志野へ向ける。
(……?何をするつもりだ……?)
翔馬が息を呑む。
「……!?田野……後ろの……」
ズズズ……!!
田野の周囲に漂う青い霧が徐々に濃くなっていく。
田野の背後に青い霧が集まってくる。
いや、霧ではない。
それは人の形をしていた。
青白い身体、長い髪。
そして、田野の身体を後ろから抱えるようにして支えている――
一人の少女。
まるで蒼の気そのものが人の姿を得たかのようだった。
田野の周囲に漂う蒼の気。
それとは比べものにならないほど濃密な青が少女の身体から溢れ出していた。
「……何だ、それ……!?」
翔馬の声が震える。
与志野も目を見開いた。
「これが……」
少女はゆっくりと与志野の傷口に手を置いた。
「これが俺の祝福……"My only girlFriend"だ」
与志野の傷口から青白い光が滲み出した。
傷口を覆うように光が広がり、まるで時間が巻き戻っていくかのように裂けた皮膚がゆっくりと塞がっていく。
血も止まっていた。
数秒後。
そこには銃弾に撃ち抜かれた痕跡すら残っていなかった。
「……これは……」
与志野は自分の腹部を見下ろした。
痛みも消えている。
「治った……?」
翔馬も言葉を失った。
田野は何事もなかったかのように手を下ろす。
翔馬は田野を見つめた。
(治癒……凄え……)
翔馬と与志野は目の前で起きたことを理解しきれずにいた。
血の一滴すら残っていない。
「……なあ、田野」
翔馬が口を開く。
「その回復って……俺らも練習したら出来るのか?」
田野は翔馬を見る。
少し考えるように黙ったあと答えた。
「祝福は一人ひとり違う能力だ、練習して出来るもんじゃない」
「違う?じゃあ俺たちも何か別の能力があんのか?」
「ああ」
田野は自分の手を見つめる。
「俺は治癒、お前らは……これから確かめればいい」
「……」
翔馬と与志野は顔を見合わせた。
自分たちの力が何なのか。
まだ、何一つ分かっていない。
「フー……傷は治っただろ。
とりあえず行くぞ、ついて来い」
田野はそう言い二人に背を向け、そのまま歩き出す。
「おい、どこ行くんだよ」
翔馬が聞くが田野は振り返らない。
「優大さんに紹介するんだよ、これからグループに入るんだからな」
「……優大に?」
「そうだ」
田野はそのまま廊下を歩いていく。
「ついてこい」
翔馬と与志野は、しばらくその背中を見つめていた。
そして――
二人は顔を見合わせる。
「……どうする?」
翔馬が小声で聞く。
与志野は少しだけ黙った。
「……行くしかねぇだろ、今の俺らじゃ抵抗すら出来ねえ」
二人は田野の後を追った。
誰もいなくなった旧校舎の教室に割れた窓から風が吹き込む。
机と椅子が散乱した床。
壁に残った弾痕。
そのすべてを残したまま――
三人は旧校舎を後にした。
———
田野に連れられ、翔馬たちは新界高校の近くにある廃工場へ向かっていた。
学校からそう遠くない場所だった。
だが普段の通学路から少し外れただけで辺りの景色は一気に変わる。
雑草が伸び放題になった道。
錆びついたフェンス。
ところどころ外れた金網の隙間から、古びた工場の建物が見えている。
フェンスには赤い文字で書かれた看板がぶら下がっていた。
――立入禁止。
田野はそれを気にする様子もなく、フェンスの切れ目を抜けていく。
翔馬と与志野もその後に続いた。
工場の中へ近づくにつれて足元が悪くなっていく。
割れたガラス。
錆びた鉄くず。
何年も放置されたらしい機械の残骸。
少し先には倒れた「崩落注意」の看板まで転がっていた。
「おい……いいのか?」
翔馬が看板を横目に田野へ尋ねる。
田野は振り返らなかった。
「くれぐれも気をつけろよ」
それだけ言ってから少し間を置く。
「優大さんは……この中だ」
「……」
翔馬は黙った。
優大。
その名前を聞いただけで嫌な感覚が胸の奥に残る。
田野が言っていた自分たちの仲間を束ねている男。
そして――山口とも繋がっていた人物。
与志野も何も言わなかった。
二人とも無意識に警戒しながら田野の後を歩いていく。
やがて工場の入口に辿り着いた。
田野が錆びついた扉に手をかける。
ギィィィ……
重たい音を立てながら、扉が開いた。
中は薄暗かった。
外から差し込む夕方の光が床に細長く伸びている。
そしてその奥には――
何人かの人影が立っていた。
「おー田野」
暗がりの中から明るい声が飛んできた。
「説得、成功したか?」
「……はい」
田野が答える。
その声を聞いた男がゆっくりとこちらへ歩いてくる。
翔馬はその姿を見た瞬間に息を止めた。
(……優大)
優大は翔馬と与志野の前まで来ると、二人を交互に眺めた。
まるで商品でも見るような目だった。
「フーン……」
そして口元を少しだけ緩める。
「君たちが翔馬君と……音色君?」
「あ……はい」
翔馬が答える。
隣では与志野が少しだけ頭を下げた。
「……宜しくお願いします」
「うん、宜しくー」
優大は笑った。
「田野から聞いてると思うけど……俺、優大ね。
これから仲良くしようなー」
その軽い態度が逆に翔馬には不気味に感じられた。
優大は二人から視線を外すと、工場の奥へ向かって声を張る。
「おい!お前らも自己紹介しとけよ!」
奥の暗がりから二つの人影が動いた。
ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
先に姿を見せたのは、無表情な男だった。
「……さわだ」
それだけ言った。
続いて、その隣から女が姿を現す。
「私、凛。優大たちからはサメって呼ばれてるよー」
女は軽く手を振った。
「宜しくね」
「……はぁ」
翔馬は二人を見つめた。
(こいつら確か入学式で優大の隣にいた……こいつらも祝福持ってんのか……)
廃工場の薄暗い空気の中で見知らぬ人間たちに囲まれている。
その状況がどうにも現実味を欠いていた。
与志野も同じなのか表情を硬くしている。
「……よろしくお願いします」
翔馬は小さく答えながら周囲を見回した。
ここにいる人間は田野を含めて全員が知っている。
蒼の気。
祝福。
そして、自分たちがまだ知らない何か。
――自分たちは本当にここへ来てよかったのか。
翔馬の胸にそんな疑問が浮かんだ。




