10話 覚醒条件
自己紹介が終わると、優大は近くに置かれていた古びた椅子へ腰を下ろした。
「まあ、立ってないで座れば?」
「……」
翔馬と与志野は顔を見合わせる。
田野を見ると何も言わずに優大の近くへ歩いていった。
「……じゃあ」
翔馬は警戒しながらも、近くにあった椅子へ腰を下ろした。
与志野もその隣に座る。
「田野から聞いてると思うけど、ここにいるのはみんな祝福を持ってる人間だ。普通の学校生活じゃ、こういうことを話せる相手もなかなかいないだろ?」
「まあ……」
「これから能力のことも教えるし、困ったことがあれば助けるさ」
優大はそう言って、与志野へ視線を向けた。
「音色君もいろいろ大変だったんだろ?何か学校で噂になってたよ」
「あぁ……」
与志野の表情が少し曇る。
山口たちのことを言っているのだろう。
(こいつ……山口に銃渡した癖に……)
「でももう気にしなくていいよ。ここにいる間はそういう連中に絡まれることもないから」
その言葉に与志野は小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
「うんうん」
優大は満足そうに頷く。
しばらくして、今度は翔馬へ視線を移した。
「ところで翔馬君」
「はい?」
「音色君と一緒にいることが多いんだって?」
「まあ幼馴染だから」
「へぇ……どれくらいなの?」
「小学生から」
「長いなー」
優大は楽しそうに笑った。
「じゃあ、お互い大事な存在ってことか」
「……まあ」
翔馬が答える。
優大はその返事を聞いて何かを確かめるように少しだけ黙った。
そして――
「二人共、今どの程度祝福コントロールできるの?」
話題が変わった。
与志野が少し考えてから答える。
「俺は……身体から蒼の気を出すくらいで……」
「なるほど」
優大は頷く。
「翔馬君は?」
「俺は……」
翔馬は口籠った。
「まだ、見えるだけっていうか……」
「見えるだけ?」
「はい……蒼の気が見えるだけで自分でどうこうするのは……まだ」
「そっか」
優大は椅子の背もたれに身体を預けた。
「困ったなぁ」
目は笑っていなかった。
「すぐにやってほしい仕事が山ほどあるのに」
翔馬と与志野は顔を見合わせる。
「……仕事?」
翔馬が聞いた。
「そ、祝福をコントロールしたら色々とやってもらいたいことがあるんだよ。そこに居るさわとかサメの様にね」
「でも俺たちはまだ……」
「うん、分かってる」
優大は軽く手を上げて与志野の言葉を遮った。
「だからさ」
そして少しだけ笑みを深くする。
「待ってる時間もないし……強制的に引き出しちゃおうか」
「……え?」
翔馬の表情が固まる。
優大は何でもないことのように続けた。
「祝福がどうやって目覚めるか……分かる?」
「……知らない」
翔馬が答える。
与志野も首を横に振った。
「だよな」
優大は頷く。
「祝福がどういう条件で目覚めるのかは人によって多少違う。でも共通してることがある」
優大が指を一本立てる。
「蒼の気を帯びた物に触れる」
「蒼の気を帯びた物……?」
翔馬は少し考え、思い出す。
(あ、そうか……俺は暴走して蒼の気を纏ってる与志野に触れたから……いやでも与志野は……?)
次に、もう一本。
「感情の昂ぶり」
最後の三本目の指を立てた。
「それと、生命の危機」
「……」
「強い感情を引き起こすんだ、それと死ぬかもしれないって状況に追い込む。そうすると眠ってる祝福が無理やり目を覚ますことがある」
翔馬は嫌な予感を覚えた。
「……どういう事だよ」
優大は答えず、工場の奥へ顔を向けた。
「というわけで――」
そして声を張る。
「さわ!」
「……はい」
先ほど自己紹介をした男――さわが顔を上げる。
「あれ、持ってきて」
「了解」
さわはそれだけ言うと工場の奥へ歩いていった。
「おい……何する気だよ」
与志野が立ち上がる。
優大は答えない。
ただ、楽しそうにその様子を眺めていた。
やがて――
ズル……。
何かを引きずるような音が、暗闇の奥から聞こえてきた。
「……何だ?」
田野も暗闇を凝視する。
音が近づいてくる。
ズル……ズル……。
そして、暗がりからさわが姿を現した。
その手には――
「……え?」
翔馬の声が漏れる。
見慣れた制服。
身体は傷だらけで服もボロボロになっている。
顔には力がなく、足を引きずるようにしている。
「……嘘だろ」
与志野の目が見開かれた。
その瞬間。
「エルサァッ!!」
翔馬の叫び声が廃工場中に響き渡った。
椅子を蹴るように立ち上がり、優大へ詰め寄る。
「お前がやったのか!」
怒りに声が震えていた。
優大はそんな翔馬を見ても表情を変えなかった。
「俺も可哀想だとは思うけどね」
まるで他人事のように告げる。
「まあ音色君の覚醒の現場も見ちゃってるし丁度いいと思ってさ」
「何だと……!?」
「祝福を目覚めさせるには強い感情が必要って言ったろ」
優大はエルサへ視線を向け、肩をすくめた。
「ま、運が悪かったね」
「てめえ……!」
翔馬が拳を握りしめる。
「良いね、もっとキレていいよー」
「優大っ!!」
今にも飛びかかりそうになった、その時だった。
「優大さん……!」
田野が割って入った。
その顔には明らかな焦りが浮かんでいる。
「話が違う!」
田野の声が工場内に響く。
「エルサに危害を加えないことと、翔馬たちを殺さないことが条件だと言った筈だ!」
「……え?」
翔馬と与志野が同時に田野を見る。
「どういう……ことだよ?」
田野は答えない。
ただ、優大を睨んでいた。
優大の顔から先ほどまでの笑みが消えていく。
「生意気な事言ってんじゃねえよ、お前も共犯者だろ?」
低い声だった。
「お前のしくじりの後始末をするだけだ」
「……!」
「何の才能もない一般人を現場に立ち合わせるなんて、馬鹿なことしやがって」
優大はエルサをゴミを見るように一瞥したあと、体を踏みつける。
「どのみち見られたんならこいつは生かしてはおけない」
「足を退けろ!そいつは無関係だ!」
田野が叫んだ。
「関係者にしたのはお前だろ、因果応報だな」
「……ッ!」
田野の顔が歪んだ。
言い返せない。
与志野はそのやり取りを見つめ、ゆっくりと拳を握り直した。
その身体から蒼の気が漏れ出す。
「……優大」
与志野の目に明確な怒りが宿っていた。
「さて、感情の昂りはクリア……」
優大は怒りの眼差しを向ける翔馬と与志野に満足した様に笑い、何かを確認するように小さく頷く。
「次は――」
その瞬間だった。
ガチンッ。
優大の両手に突然、二挺の機関銃が現れた。
「生命の危機、だな」
「なっ……!?」
翔馬の目が見開かれる。
どこから出した?
そう考えるより先に、与志野が叫んだ。
「翔馬!危ないッ!」
ドドドドドドドッッ!!!
轟音が廃工場内を駆け抜けた。
無数の弾丸が床や壁を穿ち、鉄骨に当たって火花を散らす。
「うわっ!!」
翔馬は咄嗟に身を伏せた。
頭上を何かが掠める。
一瞬遅れて、背後の鉄製の柱に次々と弾痕が刻まれていった。
「翔馬、こっち!」
「クソッ!!」
与志野が翔馬の腕を掴み、近くに積まれていた鉄板の陰へ引きずり込む。
二人が身を隠した直後――
ドドドドドドドッッ!!
再び銃撃。
鉄板が激しく震えた。
優大は機関銃を下ろし、一息つく。
「これ結構重いし反動凄いからコントロール効かないんだよな〜……」
翔馬は荒い息を吐きながら、恐る恐る顔を上げる。
向こう側にいる優大は二挺の機関銃を構え直し、嗤っていた。
「逃げてるだけじゃ祝福は目覚めないよー」
ドドドドドドドッッ!!!
その声は銃声の中でも妙にはっきりと聞こえた。
翔馬は火花と爆音の中、拳を握り締めた。
(こいつ……本気で俺たちを殺す気かよ!)
隣では与志野も歯を食いしばっている。
そしてその視線の先には――
傷だらけで倒れているエルサがいた。
「……エルサ」
翔馬の胸の奥で何かが大きく脈打った。




