11話 左腕
翔馬は荒い息を吐きながら、恐る恐る顔を上げる。
向こう側にいる優大は二挺の機関銃を構えたまま嗤っていた。
「逃げてるだけじゃ祝福は成長しないよ〜」
その声は銃声の中でも妙にはっきりと聞こえた。
翔馬は拳を握り締めた。
(こいつ……本気で俺たちを殺す気かよ!)
隣では与志野も歯を食いしばっている。
「あの銃……いや、さっきの田野の持ってた銃からも蒼の気を感じた……!」
与志野は優大の両手に握られた機関銃を睨みつけた。
「まさかあれって……!」
言葉が最後まで続くことはなかった。
二人の目の前に唐突に青い少女が現れた。
「なっ……!?」
「これって田野の……!?」
音もなく、ただ濃密な蒼の気を纏いながら。
「……あれが優大の祝福」
その声とともに少女の身体がわずかに揺らぐ。
「FPSだ」
少女の中から田野が姿を現した。
「FPS……!?」
「自在自由に武器を生み出し使う事ができる最強の能力……今の俺らじゃどうにもならねぇ」
「田野……お前」
翔馬は目を見開いた。
少女の腕にはエルサが抱かれていた。
(エルサの傷が……田野が治したのか)
さっきまであれほど傷ついていた身体は嘘だったかのように綺麗になっている。
エルサは目を閉じたまま、静かな寝息を立てていた。
「エルサを連れて逃げるぞ!」
田野は二人を見て叫んだ。
「今はそれしか――」
「何コソコソ話してんの?」
「――!」
いつの間にか機関銃を構えた優大が背後に立っていた。
「翔馬!!俺の後ろに――」
田野の身体が大きく揺れた。
ドドドドドドドドッッ!!
無数の銃弾が田野の身体を貫いた。
「がっ……!!」
血が飛び散り、田野の膝が崩れる。
それでも腕だけはエルサを離さなかった。
「田野ッ!!」
「お、おい!!」
翔馬と与志野の叫び声が廃工場中に響き渡った。
田野の背後で青い少女がゆっくりと振り返る。
「ほら早く治せよ、モタモタしてると死ぬぞ」
「ぐっ……ガハッ……!」
優大の声は先ほどまでと変わらなかった。
田野は顔を歪めながら、それでもエルサを護るように背後へ隠す。
「……優……大……!」
その声はかすかに震えていた。
「田野……!」
翔馬が駆け寄ろうとする。
だが田野は片手を上げ、それを制した。
「俺は……回復できる……!」
銃弾に貫かれた身体が蒼く染まっていく。
瞬く間に傷が塞がった。
「問題ない……!それよりエルサを連れてけ!」
そう言うと田野の背後に浮かんでいた青い少女が翔馬の前まで歩み寄った。
そして、その腕に抱えていたエルサを翔馬へと預ける。
「……!」
翔馬は慌ててエルサを受け取った。
「エルサ……」
彼は眠ったままだ。
呼吸もある。
傷も完全に塞がっている。
「与志野、行くぞ!」
「ああ!」
二人が出口へ向かおうとした、その時だった。
「おいおい、翔馬君」
優大の声が背後から響いた。
「田野を見捨てて逃げんのか?」
翔馬の足が止まる。
振り返ると、優大は再び機関銃を構えていた。
その銃口は田野へ向けられている。
「……!」
田野は優大を睨みつけた。
「よく聞けよ田野」
優大は笑っていた。
「確かに俺は約束を破った」
まるで悪びれる様子もない。
「でもこれはお前の為でもあるんだぜ?」
「……」
「俺たちの力を世間にバラすのは今じゃない」
優大はゆっくりと機関銃を下ろした。
そしてまるで将来の夢の話でもするように遠くを見る。
「その時が来れば俺たちは完全に勝ち組だ、この前説明しただろ?」
田野は黙っている。
「その浅い仲の友人を殺すだけでお前も――」
優大の視線がエルサを担いだ翔馬たちへ向いた。
「そこのお友達もその勝ち組に入れてやるって言ってんだよ」
口元だけが笑う。
「何が不満なんだ?まさか本気でその凡人を助けたいとか言わないよな?」
廃工場に沈黙が落ちた。
翔馬はエルサを抱いたまま、優大を見つめていた。
その言葉の意味を理解するほどに胸の奥が冷たくなっていく。
田野は拳を握り締めた。
「……ふざけんな」
小さな声だった。
だがその声には今までにない怒気が滲んでいた。
「元々興味ねえんだよ……」
田野は口元を拭い、優大を睨む。
「金とか勝ち組とか……!」
声が震えていた。
それでも優大から目を逸らさない。
「俺はただ……普通に学校行って……普通に暮らしたいだけだ」
「普通に?」
優大が鼻で笑う。
「祝福覚醒した時点で普通の暮らしなんてできる訳ねえだろうが」
その視線が翔馬と与志野へ向けられる。
「そこのお仲間もな」
翔馬はエルサを抱きしめたまま息を呑んだ。
田野が何を言っているのか。
そして、何をしようとしているのか。
少しずつ理解し始めていた。
「……田野」
与志野が呟く。
田野は振り返った。
その顔にはもう迷いはない。
「翔馬、与志野!」
怒鳴るように叫ぶ。
「何突っ立ってんだ!早く行け!」
「でも、お前は――」
「いいから!!」
田野の声が廃工場に響き渡る。
「エルサを連れて……ここから出ろ!」
優大がゆっくりと機関銃を持ち上げる。
「へえ……」
口元に笑みが浮かんだ。
「本当に俺に逆らうんだ?」
田野は答えなかった。
ただ、翔馬たちと優大の間に立つ。
その背後で青い少女が静かに佇んでいた。
「……行け」
田野がもう一度、低く言った。
翔馬は歯を食いしばる。
「行くぞ!」
そして二人はエルサを連れて、出口へ向かって走り出した。
その背中を見つめながら田野は拳を握る。
(……これでいい)
直後――
「逃がすと思うか?」
優大が機関銃を構えた。
田野は振り返る。
「……させるかよ」
青い少女がゆっくりと前へ出た。
———
廃工場の出口を抜ける。
外の空気が妙に冷たく感じた。
翔馬はエルサを抱えている。
「……っ、重い……!」
それでも腕を緩めるわけにはいかなかった。
一刻も早くここから離れなければならない。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「……!翔馬止まれ!」
だが、翔馬たちは足を止めた。
門の前に一人の男が立っている。
まるで、二人がここから逃げ出すことを最初から分かっていたかのように。
(あいつさっきの……さわ!?何でここに!?)
「どこへ行く」
低い声が飛んでくる。
「まだ話は終わってない」
翔馬はエルサを抱えたまま、睨み返した。
「外だよ!どけ!」
「通ってみろ……俺をどかせるならな」
さわは一歩も動かない。
与志野が翔馬の横に並んだ。
「与志野……!」
「……やるしかねえか」
与志野の身体から、青白い光が滲み出した。
――蒼の気。
それは身体の周囲を覆うように広がり、まるで煙のように揺らめいている。
「なっ……」
翔馬が目を見開く。
(明らかに量が増えてる……!)
「これを……」
身体中から漏れ出していた蒼の気が徐々に一点へと集まっていく。
腕へ、手へ、そして人差し指へ。
「……!」
指先に青い光が凝縮していく。
以前とは違う。
ただ指先に現れるだけではない。
身体全体から引き出した蒼の気を一本の指へ集めている。
(よし……コントロール出来る!)
与志野は歯を食いしばった。
「こいよ……!」
さわは黙ってその指先を見つめていた。
そして――
ゆっくりと構えを取った。
蒼の気を溜めながら与志野は直感していた。
(いける……戦える!)
ただの期待ではない。
根拠もない。
それでも――
確信。
成功の予感。
直後、与志野は地面を蹴った。
ダンッッ!!
靴底が地面を擦る。
「ハァァッッ!!!」
さわとの距離が一気に縮まっていく。
あと数メートル。
その瞬間――
ドゴッッ!!!
左頬に強烈な衝撃が走った。
「ゔっ!?」
視界が一瞬で揺れる。
与志野の身体が横へ吹き飛ばされた。
ドサッ!!
地面を転がり、何度か身体を打ちつける。
「な、何だ……!?」
翔馬は困惑しながら与志野を見る。
「与志野……お前、何を?」
与志野は頬を押さえた。
そして――
唖然とした。
誰もいない。
「……!?」
周囲を見回す。
さわは少し離れた場所に立っている。
だが、殴ったようには見えない。
(な、何だ……!?)
与志野の額に汗が浮かぶ。
(誰に殴られたんだ!?)
その時だった。
「どうした?立てよ」
さわが、ゆっくりと与志野へ歩き始めた。
「俺をどかすんだろ」
「くっ……!」
与志野は立ち上がる。
「まだまだ!」
再び蒼の気を身体へ集める。
だが――
ピクッ。
左腕に妙な違和感が走った。
「……!?」
次の瞬間。
ガシッ。
左手が与志野自身の首を掴んだ。
「なっ……!?」
自分の手だ。
間違いなく自分の左手。
なのに動かせない。
「お、おい……!」
与志野は右手で左腕を掴んだ。
だが、止まらない。
ググググ……!
左手の指がさらに強く首へ食い込んでいく。
「がっ……!?」
呼吸が詰まり、与志野の顔が苦痛に歪む。
(何だ……左手が勝手に……!)
必死に腕を引き剥がそうとする。
しかし、びくともしない。
(ま、まさか……!?)
与志野の視線がゆっくりとさわへ向いた。
さわは何も言わない。
ただ、苦しむ与志野を凝視している。
その表情には何の変化もなかった。
(まさか……こいつの祝福か!!)
自分の身体が自分の意思から切り離されていく。
(やばい……!これ……死ぬ……!)
「がっ……!翔馬っ……!」




