24話 後処理
木々が焼ける音が耳を刺激する。
辺りには濃い煙が立ち込め、視界はほとんど利かない。
翔馬は千切れかけた服の裾を引きちぎると、口元に押し当てた。
「ハァ……ハァ……」
息を荒げながら一歩ずつ周囲を歩き回る。
「与志野……!田野……!」
(どこだ……クソ……!)
煙と炎に遮られ、周囲の様子がまるで分からない。
片足を引きずりながら進み、ようやく一本の木に手をついた。
「ハァ……ハァ……」
(畜生……)
そのまま木に背中を預ける。
もう身体を支える力も残っていなかった。
翔馬はずるずると地面に崩れ落ちた。
(身体が……重い……)
(意識……が……)
その時だった。
視界の奥で何かが蠢いた。
それは煙の中からゆっくりとこちらへ近づいてくる。
(……?)
(与志野……か……?)
視界が徐々に暗くなっていく。
耳鳴りが頭の中に響き、周囲の音が遠ざかる。
草木をかき分ける音がした。
そしてそれは翔馬の目の前で足を止めた。
「今なら……奪えそうだな」
低く、不気味な声だった。
(この声……)
何者かの手が翔馬へと伸びてくる。
(どこか……で……)
「翔馬っ!!!」
突如、耳元で強烈な声が響いた。
その直後、誰かが舌打ちをしたような気がした。
「田野!目ぇ覚ましたぞ!」
「良かった……手遅れかと思ったぞ」
身体が揺れる。
翔馬は重たいまぶたをゆっくりと開いた。
「……与志野……」
目の前にあったのは見慣れた背中だった。
翔馬は与志野におぶさっていた。
「……ここは……」
かすれた声で翔馬が尋ねる。
与志野は走りながら前を向いたまま答えた。
「爆発の時咄嗟に蒼の気で防御してな。おかげで即死は免れたんだ。そんで田野に回復してもらって、二人でお前を探してたんだよ」
一度息を整え、続ける。
「そしたらお前が虫の息で倒れてたから拾って現場から逃走中ってわけ」
翔馬はゆっくりと背後を振り返った。
真っ赤に燃え盛る林。
その奥からは大量のサイレンが鳴り響いている。
「もうすぐ林を抜ける。そっからは回復したんだから自分で歩けよ!」
「……優大は?」
「え?」
「優大を……倒したはずなんだ。近くにいたはず……」
与志野は一瞬、口を閉ざした。
それから前を向いたまま田野に尋ねる。
「……田野、いたか?」
「いや……近くに蒼の気は感じなかったし、姿も見えなかった」
「……」
翔馬は何も答えなかった。
確かに、あの一撃は優大に直撃した。
あれだけの衝撃を受けて無事でいられるはずがない。
だが――。
翔馬の胸には、どうしても拭えない違和感が残っていた。
———
荒い呼吸音と地面を這いずる音だけが夜の林に吸い込まれていく。
優大は燃え盛る炎から少しでも遠ざかろうと腕を地面につき、身体を引きずっていた。
全身を襲う激痛。
まともに力の入らない手足。
途切れそうになる意識。
その荒い呼吸が今の優大の状態を何よりも雄弁に物語っていた。
やがて優大は動きを止めた。
地面に視線を落とし、何度か深く息を吸い込む。
そして再び顔を上げた時だった。
「……お前か」
目の前に一人の男が立っていた。
制服姿の男は這いつくばる優大を見下ろしながら、口元に笑みを浮かべる。
「今までで一番お洒落な格好してるぜ、優大」
「真斗……」
優大はかすれた声でその名を呼んだ。
「どうだった?あいつらは……って、聞くまでもないか」
真斗は肩に掛けていたカバンを下ろすと中からペットボトルを取り出した。キャップを開け、水を一口飲む。
「アチィな、どうも」
そう呟きながら燃え盛る林へと目を向ける。
遠くからけたたましいサイレンの音が近づいてくる。
それを聞きながら真斗はなぜか楽しそうに笑った。
「今回は派手にやりすぎたな」
「……」
「先生が庇いきれないだとよ」
優大の眉がわずかに動く。
「ケチな……野郎だな……このくらいでごちゃごちゃ……抜かしてんじゃねえよ」
息を継ぎながら優大は吐き捨てるように言った。
その言葉を聞いた真斗は炎を眺めたまま笑い声を漏らした。
「馬鹿、何がこのくらいだよ。宇宙戦争でも始める気か?」
「……ハハッ」
優大もまた、痛みに顔を歪めながら笑った。
笑うたびに身体の奥が軋む。
それでも、笑いは止まらなかった。
やがて優大の目元から一筋の涙がこぼれ落ちる。
二人の笑い声が、燃え盛る林に響いた。
「フーッ……笑った……」
ひとしきり笑った後、優大は手の甲で涙を拭った。
そして真斗を見上げる。
「あいつらに宜しくな」
「あぁ」
短い返事だった。
バシュッッ。
乾いた音が夜の林に響く。
しかし、その音はすぐさま近づいていたサイレンの音にかき消された。
翌朝。
「翔馬、ご飯食べちゃいな」
キッチンから母親の声が聞こえる。
「分かった」
翔馬は短く返事をするとリビングの椅子に腰を下ろした。
食卓に並んだ朝食を口に運びながら何気なくテレビに目を向ける。
画面には朝のニュース番組が映し出されていた。
『次のニュースです』
アナウンサーの落ち着いた声がリビングに響く。
『昨日深夜、夜霧市で発生した大規模な火災について、新たな情報が入りました』
画面が切り替わる。
そこには黒く焼け焦げた林と周囲を取り囲む消防車や警察車両の映像が映し出されていた。
『現場の焼け跡からは一人の遺体が見つかりました』
翔馬の箸がわずかに止まる。
『遺体は十代から二十代前後の人物とみられ、警察は身元の特定を急ぐとともに詳しい出火原因についても調査を進めています』
アナウンサーは淡々と原稿を読み続ける。
翔馬はテレビの画面を見つめたまま口に運びかけた箸を止めていた。




