23話 錆
翔馬の身体は見るも無惨な状態だった。
爆発で飛び散った破片が腕や脚、肩に突き刺さり、全身が血に染まっている。
服もあちこちが裂け、立っていることさえ奇跡に思えるほどだった。
それでも翔馬は倒れなかった。
燃え盛る炎を背に血まみれの拳を握りしめる。
優大が手の中に即座に拳銃を生成する。
だが、その遥か前に――翔馬の蹴りが優大を捉えていた。
ドガッッ!!!
「ぐっ!!」
優大の身体が揺らぎ、手の中の拳銃が吹っ飛ぶ。
「ハァァッッ!!!」
翔馬は間髪入れずに踏み込み、拳を振るった。
ドドドドッッ!!!
目にも止まらぬ高速連打が優大の身体に何度も叩き込まれる。
「ぐあぁっっ!!!」
優大の身体が後方へと押し流されていく。
しかし――。
「ッッ……!」
翔馬の拳が突然止まった。
全身を襲う激痛。握りしめた拳から腕へ、そして身体の奥へと、耐え難い痛みが駆け抜ける。
(クソ……!身体が……!)
その間に優大は大きく吹き飛ばされ、背後の木に叩きつけられた。
ドガァッ!!
「ぐっ……!」
優大は幹に背中を打ちつけ、その場に崩れかける。
(こいつ……!)
怒りに顔を歪め、優大は翔馬を睨みつけた。
「へえ……あれを……回避したか……」
荒い呼吸の合間に、嘲るような笑みが浮かぶ。
「しぶとい……まるでゴキブリだな……」
翔馬は答えない。
ただ肩を上下させ、必死に呼吸を繰り返していた。
「クク……田野と与志野はどうした……?」
優大は周囲を見渡し、口元を歪める。
「この爆発じゃ即死かな……運良く助かってたとしても重症だろうな……回復には時間がかかる」
その言葉を聞いた瞬間翔馬の表情が強張った。
だが反論する力すら残っていない。
翔馬はとうとうその場に座り込んだ。
「ハァ……ハァ……」
視界が揺れる。
身体の感覚が遠のいていく。
「ところでさっきの攻撃……ちゃんと本気で殴ったのか?それとも手加減してくれたのかな?」
翔馬は座り込みながら息を荒げる。
それでも意識だけは必死につなぎ止めていた。
「随分無理してた様だな……手を貸そうか?フフ……」
優大は木の幹を支えに立ち上がり、翔馬を見下ろす。
「ハハ……ハハハハハハハッ!!!」
優大の笑い声が、燃え盛る林に響き渡った。
「俺の勝ちだ……完全勝利だ!」
優大は腹を押さえながらも勝ち誇ったように声を張り上げる。
「お前も大人しくあそこでミンチになってればこんな辛い思いをしなくて済んだのにな!」
ボタッ……ボタボタッ……。
翔馬の身体から血が滴り落ちる。
赤い雫が地面に染み込み、足元に小さな血だまりを作っていく。
それでも翔馬は震える手を地面についた。
「……っ」
歯を食いしばり身体を起こそうとする。
腕に力を込める。
膝を立てる。
何度も崩れそうになりながら翔馬は立ち上がろうとしていた。
(まだ……だ……)
目の前の敵はまだ倒れていない。
そして、仲間たちがどうなったのかも分からない。
――だからこそ。
翔馬は倒れるわけにはいかなかった。
優大は再び手の中に蒼の気を集中させた。
その蒼い光が形を変え、拳銃を生成していく。
「今度こそゲームオーバーだっ!!地獄に堕ちろ、翔馬!!」
優大は銃を構え、勢いよく撃鉄を引き起こした。
「You diedッ!!」
バキャッッ!!!!
「ぐぇっっ!!?」
優大の顔面に翔馬の拳がめり込んだ。
グググ……!!
骨が軋む鈍い音が響く。
衝撃で優大の頭が大きく揺れ、鼻から血が噴き出した。
「デ、デメェッ……!何で……!?」
優大はよろめきながら信じられないものを見るように翔馬を睨んだ。
翔馬は血まみれの拳を握りしめ、荒い息を吐きながら答える。
「さっきは……思わず怯ん……じまったが……」
全身が痛む。
一歩動くだけで意識が飛びそうになる。
それでも翔馬は拳を下ろさなかった。
「痛むと覚悟さえしてれば……どうってことねぇ……!」
「ぐあぁぁぁぁ!!」
優大は怒りに任せ、苦し紛れに引き金を引いた。
パァンッッ!!
銃声が鳴り響く。
だが、その一発に狙いはなかった。
ただ目の前の翔馬を撃ち抜こうとしただけの信念も余裕もない一撃。
覚悟を決めた翔馬に、当たるはずもなかった。
翔馬は紙一重で銃弾をかわし、懐へと踏み込む。
「遅ぇよ……!お前はよぉ!!」
ドゴォッッ!!!
渾身の拳が再び優大の顔面を捉えた。
「ブッッ!!!」
優大の手から拳銃が弾き飛ばされ、地面を転がっていく。
顔面への連撃に、優大の表情はもはや見る影もなかった。
「痛っ……!!ぐあぁぁぁ……!!」
優大は顔を押さえ、よろめきながら後退する。
(顔が……俺の顔を……あの野郎!!)
だがすぐに怒りの咆哮を上げた。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
優大の手に三度、蒼の気が集中する。
しかし――今度は思い通りにはならなかった。
(痛え……クソォォォ!!)
顔面を襲う激痛に優大の意識が乱れる。
(痛みで……集中できねえ!イメージができねえ!)
蒼の気は集まっている。
だが、武器の形を思い描こうとするたびに痛みが思考をかき乱す。
形を作れない。
生成できない。
優大は血にまみれ腫れ上がった顔面を翔馬へと向ける。
(殺す……!!)
その目にはもはや余裕も冷静さもなかった。
(今すぐぶっ殺す!!殺してやる!!)
怒りが膨れ上がる。
翔馬への殺意。
そのことだけが優大の頭を埋め尽くしていた。
(何でもいい……!)
蒼の気が激しく揺らめく。
(武器を!こいつをぶち殺せる武器を作るんだ!!)
優大は必死にイメージを組み立てようとする。
「あっ……!」
優大の手元に何かが生成されようとしていた。
(させるか!!)
翔馬は優大に向かって踏み出す。
――だが、その足が止まった。
痛みのせいではない。
優大の手元で蒼の気が激しく渦巻いていた。
(何でもいい……生成しろ……!!)
蒼の気は暴れ狂いながらも少しずつ一つの形を成していく。
優大の手の中にあるものが輪郭を持ち始めた。
(こいつの息の根を止める……!!最強の――)
それを目にした瞬間優大の思考が止まった。
それは一本の錆びた包丁だった。
――何で言うこと聞けないの!!
甲高い声が頭に響く。
目の前には包丁を握りしめた女が立っていた。
(何だこれは……)
女の声が頭に響く。
次の瞬間、目の前に包丁が突き立てられた。
――ごめん……お母さん……次は
――次なんてないのよ!!
(母親……?俺の……しかし何だ……この気分は……)
女の怒声が部屋を震わせる。
――出てって!!今すぐ!!顔も見たくない!!
――お母……
ザクッッ!!
包丁が真横の壁に突き刺さった。
――話しかけないで!!もう帰ってこなくていいから!!
(殺意……)
女はそう叫び散らかすと優大に背を向けた。
(そうだ……その背中に確かに俺は――)
翔馬は優大が握りしめている包丁を見つめた。
銃でも爆弾でもない。
あまりにも場違いな武器に一瞬理解が追いつかなかった。
だが油断はできない。
(包丁……どういうことだ?何か仕掛けでもあるのか?)
翔馬は警戒を解かず優大の動きを注視する。
一方、優大は手の中の包丁をじっと見つめていた。
やがてその指先が錆びついた刃にそっと触れる。
「……そうか」
優大は小さく呟いた。
そしてゆっくりと立ち上がる。
(これが……)
錆びた包丁を握りしめ、優大は続けた。
(これが俺の……)
優大は無言のまま翔馬の前へと歩み出た。
そして、手に握られた包丁を一瞥すると何のためらいもなく地面へ投げ捨てる。
カランッ。
乾いた音が静寂の中に響いた。
「……いいのか?手ぶらで」
翔馬は警戒を解かず、優大を睨みつけた。
「ああ」
優大は短く答える。
「俺にはもう……必要ねえ物だ」
二人の間を熱風が吹き抜ける。
燃え盛る炎の音が、互いの神経を極限まで研ぎ澄ませていく。
優大が拳を握りしめた。
その拳に蒼の気が宿る。
「俺に遠慮せず拾えよ……それ。結果は変わんねえだろうがな」
「……くどいな……」
ゴォォォォォ……。
「使い物にならねえよ……あいつの血でな」
炎が唸り、赤く焼けた枝が大きくしなる。
そして――
パキッッ!!
炎に巻かれた枝が乾いた音を立てて弾け飛んだ。
その瞬間。
ドンッッ!!
二つの地面を蹴る音が、ほぼ同時に轟いた。
翔馬と優大。
互いに一歩も引くことなく、真正面から拳を叩き込む。
拳と拳が交差し、互いの力が正面からぶつかり合った。
ドゴンッッッ!!!!!
凄まじい衝撃音が森を揺るがす。
二人を中心に衝撃波が広がり、周囲を取り巻いていた炎が一瞬にして吹き飛んだ。
(あの時……)
渾身の一撃が優大の胸へと叩き込まれる。
その瞬間、二人を包み込むように蒼い光が広がった。
(既に錆びついていたのだ)
優大の身体が宙を舞う。
拳を受けた衝撃に押し出され、背後へと吹き飛ばされていく。
優大は抵抗しなかった。
静かに目を閉じる。
(俺の心は……)
ドォォォォンッ!!!
遅れて轟音が響き渡る。
優大の身体が地面へと叩きつけられ、その衝撃が燃え盛る森の中に木霊した。




