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亜里野ストーリー The first step  作者: 与志野音色 公式
序章 新界高校編

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25/25

25話 二年生


家を出ると、玄関の前に与志野が自転車にまたがって待っていた。


「あ……今ピンポン押そうと思ってたんだ」


「そっか……じゃ、行くか」


「おう」


短いやり取りを交わし、二人は自転車を走らせた。


いつもと変わらない通学路。

いつもと変わらない朝のはずだった。


それなのに二人の間にはどこか気まずい空気が流れていた。


ペダルを踏み込む音や、タイヤが地面を転がる音が、いつもより妙に大きく聞こえる。


しばらく無言のまま走り続けた後、与志野が口を開いた。


「翔馬……」


前を向いたままぽつりと呟く。


「ニュース……見たか?」


「……ああ」


翔馬は短く答えた。


「なんか……あれ見て急に実感が湧いてきたっつうか……」


与志野のペダルを踏む足がわずかに緩む。


「怖くなってさ」

「……」


翔馬は何も答えられなかった。


あの夜の炎も、爆発音も、優大の顔も。

目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。


けれど、テレビの中で報じられた「遺体」という言葉は、それらとは違う重さを持っていた。


あの夜に起きたことが、もう自分たちだけの出来事ではなくなっている。


翔馬は前を向いたまま静かにペダルを踏み続けた。


「まあ火事だって優大たちがやったことだし……って言っても誰も信じちゃくれねえか」


与志野は自嘲気味に笑った。


しかし、その表情にはどこか怯えが残っていた。


「意識してなかったけどさ……気づかないうちに、近くの監視カメラとかに俺らが映ってたらどうしようって」


ペダルを踏む足は止まらない。


「もしそれで俺らが疑われたりしたら……とか考えちゃってさ」


翔馬は隣を走る与志野に目を向けた。


目の下には濃い隈ができている。

昨夜、まともに眠れなかったのだろう。


(そうだ……)


翔馬は視線を前に戻す。


(俺たちは元々……ただの高校生なんだ)


特別な力を手に入れたからといって何もかもが変わったわけじゃない。


怖いものは怖い。

不安にもなる。

明日のことだって分からない。


二人はただ、自転車を漕ぎ続けていた。


今朝のニュースが再び翔馬の脳裏によみがえる。


淡々と告げられたニュースキャスターの声が、何度も頭の中で繰り返されていた。


――遺体は十代から二十代前後の……


あの火災現場から見つかった一人の遺体。


(偶然じゃ……ねえよな……)


翔馬の脳裏に、昨夜の光景が浮かぶ。


燃え盛る林。

地面に倒れた優大。

そして最後に叩き込んだ渾身の一撃。


(俺が……殺したようなもんだ)


ペダルを踏む足にわずかに力がこもった。


隣を走る与志野にはその胸の内を明かせなかった。


———


いつもの席に着いた翔馬は机の上に教科書やノートを広げ、授業の準備を始めていた。


やがて教室の前方の扉が開く。


大井史が入ってきた。


「おはよう。昨日は色々大変だったらしいな」


その一言に教室のあちこちから声が上がった。


「え、何かあったんですか?」

「昨日の火事のこと?」


生徒たちがざわつく中、大井史は教卓に立ち教室を見渡した。


「ニュースを見て気づいている者もいるだろうが……昨日、この高校のすぐ近くにある林で大規模な火災があったらしい」


その瞬間、翔馬と与志野の心臓が跳ねた。


互いに顔を見合わせることもできず、ただ前を向いたまま大井史の言葉に耳を傾ける。


「この学校まで火の手が及ばなかったのが不幸中の幸いだな」


大井史は何事もなかったかのように話を続ける。


しかし翔馬たちにとってその火災は決して他人事ではなかった。


授業は滞りなく進み、やがて昼休みを迎えた。


それまで静まり返っていた教室はまるで嘘だったかのように一気に騒がしくなる。


あちこちで机を寄せる音や、友人同士の笑い声が飛び交っていた。


「……あれ?」


翔馬は自分のカバンを覗き込み、中を探りながら声を漏らした。


「どうした?翔馬」


その様子に気づいた与志野と田野が近づいてくる。


「弁当忘れたみたいだ。おかしいな……確かに朝カバンに入れた筈なんだけど」


「まあ馬鹿だからな、お前」

「関係ねえだろそれ!」


与志野の軽口に翔馬がすかさず言い返す。


「購買に行けば?」


田野が廊下の方を指差した。


「そうするか。先に食ってて」

「おう」


翔馬は財布を手に取ると二人を残して教室を出た。


(勿体ねえ出費だな……あんまり金使いたくねえのに……)


そんなことを考えながら廊下を進み、購買へと向かう。


到着するとすでに何人もの生徒が列を作っていた。翔馬は最後尾に並び、順番を待つ。


その時だった。


トンッ。


背後から肩を叩かれた。


「おいおい、割り込みはやめてくれよな」

「え……すいません」


反射的に謝り、翔馬は振り返る。


(後ろにいたのか……気づかなかった)


そこに立っていたのは一人の男子生徒だった。


背丈は翔馬よりも少し低いくらい。

制服には乱れ一つなく、襟元から靴先まできっちりと整えられている。


「君一年?見たことないな」


「あ……はい。三組の亜里野って言います」


「そっかそっか一年か……」


男子生徒は納得したように頷くと気さくな笑みを浮かべた。


「俺は二年の真斗。よろしくな」


「あぁ……はい」


翔馬は曖昧に返事をした。

初対面にしては妙に距離の近い先輩だった。


「部活は?何入ってんの?」


真斗が何気なく尋ねる。


「まだ決めてないっていうか……まあ、帰宅部ですね」


「フーン……バイトでもしてんの?」

「いや……」


翔馬が答えると真斗は少し大げさに肩をすくめた。


「おいおい、そんなんじゃせっかくの高校生ライフが白紙になっちゃうんじゃないの?」


「はぁ……」


「熱中できるもんは見つけといた方がいいぜ。一年のうちにな」


真斗はまるで人生の先輩であるかのように得意げに語る。


(何だこの人……変なのに絡まれちゃったな)


翔馬は曖昧に相槌を打ちながら列が進むのを待っていた。


「そうだ、俺こう見えてバスケ部なんだ。君スポーツとか得意?」


「まあ平均っていうか……普通ですね」


「バスケ部おいでよ。高校生活Fire!って感じで楽しいぜ」


真斗は親指を立て満面の笑みを浮かべた。


その妙に勢いのある勧誘に翔馬はどう反応していいのか分からず、苦笑いを返すだけだった。


「ああ、そうだ。Fireと言えば……」


真斗は何かを思い出したように指を鳴らした。


「昨日近くで火事があったらしいね。怖いよな〜」


その瞬間、翔馬の身体がぴたりと固まった。


「ああ……そうですね」


できるだけ平静を装い、短く返す。


「焼け跡から十代の遺体が見つかったとか……この学校の生徒だったりしてな」


「まさか……あんな時間に林の中に生徒がいるなんて、考えられないですよ」


「……そうか?」

「え?」


真斗は少しだけ首を傾けた。


「焼け跡のすぐ近くに今は使われてない工場があるんだが……どうやらここの生徒が定期的に出入りしてたって目撃情報があるらしくてな」


「え……」


翔馬の心臓が大きく跳ねた。


「出火原因はその工場からなんだってさ。そいつらが何かの拍子に燃やしちまって巻き込まれたのかもな」


「あぁ……怖いですね」


翔馬は視線を逸らさず、なんとか相槌を打った。


「それでさ、その工場焼けて跡形もなく崩れちまったんだが……一つ妙な噂があってな」


「妙な噂?」


真斗は声を少し落とした。


「その崩れた工場なんだが……崩れた部分がほとんどなくなっちまってたんだとよ。まるで、何かに喰われちまったみたいにな」


(SHARK……)


翔馬の脳裏に地面を泳ぐ巨大な鮫の姿がよぎる。


(そうか……あの焼け跡をあいつが飲み込んだから……)


話を続けるうちに、真斗の順番が回ってきた。


真斗はおにぎりを二つ手に取ると会計を済ませ、後ろに並んでいた翔馬へ振り返った。


「何か奢るよ、何がいい?」


「え……いいですよそんな」


「遠慮すんなよ、好きなの選べ」


真斗は気さくな笑顔を浮かべる。


「腹いっぱい食っとけよ、育ち盛りなんだからさ」


「あぁ……」


翔馬が曖昧に返事をした、その時だった。

真斗の笑顔がほんの少しだけ深くなる。


「お前に殺された優大の分までな」

「……え?」


思わず振り返った翔馬はすぐに後悔した。


先ほどまでの人懐っこい笑顔はもうどこにもなかった。


真斗はただ無表情でじっと翔馬を見つめていた。


額を汗が伝い、頬を滑り落ちていく。


(今……何て言ったんだ?この人……)


周囲の話し声や笑い声が急に遠のいていく。


購買に並ぶ生徒たちの喧騒がまるで別の場所から聞こえているようだった。


「あの……どれが欲しいの?後ろ詰まってるから早く決めて」


購買の店員が困惑した様子で声をかける。


「あ……う……」


「え?」


「や、やっぱり大丈夫です。すいません」


翔馬はそう言うと列から外れた。


そして改めて真斗の方を見る。


真斗はその場を動かず、こちらを見つめている。


(何だ……?何で優大のことを……)


頭の中で先ほどの言葉が何度も繰り返される。


(何か……何かヤバい!)


翔馬の背筋を冷たいものが走った。


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