21話 ゲリラ戦
「田野……お前、集中治療室にいたはずじゃ……」
翔馬は目の前の光景が信じられず呆然と呟いた。
田野は軽く肩をすくめる。
「ああ、昨日意識が戻ってな」
「昨日って……!あの傷は!?」
「意識さえ戻ればどんな傷を負っていようが俺は治癒できる、たっぷり眠って蒼の気も戻ってたしな」
田野はそう言っていつものように笑った。
その姿を見た優大の表情から笑みが消える。
「田野……あれだけ良くしてやったのに俺たちを裏切るのか」
「良くしてやった?」
田野は一瞬だけ首を傾げ、すぐに皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ああそうだな……病院送りにしてくれてありがとうよ、イカれ野郎」
「……てめぇ」
優大の顔が歪む。
「回復しか能のない雑魚が一人増えたところで……お前らが死ぬことに変わりはない!」
次の瞬間、優大の手元に蒼の気が集まり形を変えていく。
現れたのは一丁の機関銃だった。
「田野、翔馬を!」
与志野が前へと飛び出す。
「了解!」
「させるかっ!死ね!」
ドドドドドドドドドドッッ!!!
凄まじい銃声が森を切り裂いた。
銃口から弾丸が次々と吐き出され、足元には熱を帯びた薬莢が金属音を立てながら豪雨のように降り注ぐ。
しかし、与志野は一歩も退かなかった。
「Thousand Finger!!!」
両腕に蒼の気を集中させ、迫り来る弾丸へ向けて一気に拳を振るう。
ギギギギギギギッッ!!
甲高い金属音が連続して鳴り響いた。
与志野の腕が弾丸を次々と弾き飛ばす。
軌道を逸らされた弾丸は四方八方へと散り、木々の幹や地面に次々と穴を穿った。
「何っ……!?」
優大の目が見開かれる。
その一瞬の隙を田野は見逃さなかった。
「翔馬、じっとしてろ!」
田野が翔馬の肩に手を置く。
すると田野の手から蒼の気が流れ込み、翔馬の身体を包み込んだ。
撃ち抜かれた肩の傷が塞がり、全身を襲っていた痛みが徐々に引いていく。
傷ついた足にも力が戻り、翔馬はゆっくりと立ち上がった。
「……っ、すげぇ……!」
自分の身体を確かめた翔馬は田野の顔を見て笑みを浮かべる。
「サンキュー田野……!」
「礼は後だ、まだ終わってないぞ」
田野は優大を睨みつけた。
そして翔馬もまた、与志野の背中越しに優大を見据える。
三人が再び戦場に揃った。
今度こそ――反撃の時だった。
「三対一……そうだな、このくらいのハンデが丁度いいだろ」
優大は余裕の笑みを浮かべながら、片手に蒼の気を集中させる。
次の瞬間、その手の中に現れた物を見て田野は息を呑む。
(手榴弾!!)
「離れろ!!」
田野が二人に向かって叫ぶ。
三人は即座に優大から距離を取った。
しかし――。
「狩猟続行だ」
優大は手榴弾を放り投げるどころか、勢いよく自分の足元へ叩きつけた。
ボンッッ!!
一瞬、白煙が弾けた。
煙は爆発的に広がり、周囲の視界を一気に奪っていく。
(煙幕……!?)
「追いかけろ!!」
翔馬と田野が固まっていると突然与志野が駆け出した。
「こっちは三人共近づかないと攻撃できない!あいつ、一旦距離を取って遠距離からまた狙撃銃で狙い撃つつもりだ!」
「!!」
翔馬はハッと顔を上げた。
(そうか……別にあいつはわざわざ近づいて戦う必要はない!)
三人が煙に惑わされている間に距離を取り、得意の銃撃で一人ずつ仕留める。それが優大の戦い方だ。
煙の向こうで草を掻き分ける音がした。
優大の姿が闇の中へと消えていく。
「させるか!」
翔馬は地面を強く踏み込んだ。
「Double Step!!」
ドッッッ!!!
大地を蹴り、風を切る。
足に蒼の気を集中させ、翔馬は一気に優大との距離を詰めた。
(速い……!)
優大は背後から迫る気配に気づき、顔を引きつらせる。
「ッッ!!」
「俺のスピードからは……!!」
翔馬は更に加速する。
「逃げられねえぞ!!」
優大が振り返ったその瞬間だった。
翔馬の手が優大の服を掴んだ。
(捉えた!!喰らえ!!)
カチッッ。
足元から奇妙な音が鳴った。
それは静かな夜の林にはあまりにも不釣り合いな、機械的な音だった。
「なっ――」
ドォンッッ!!!!
凄まじい爆発が森を揺るがした。
閃光が闇を切り裂き、衝撃波が周囲の木々を激しく揺さぶる。
翔馬と優大の身体はそれぞれ別々の方向へと吹き飛ばされた。
「なっ……!?」
与志野と田野は突如として発生した爆発に目を見開いた。
「翔馬ッ!!」
爆煙が二人の視界を覆い尽くす。
周囲に散った火花が枯れ葉へと燃え移り、炎は瞬く間に草木へと広がっていった。
「ぐああああああっっ!!」
煙の向こうから、翔馬の絶叫が響いた。
「翔馬ッ!!これは!?」
田野が声を張り上げる。
やがて煙が薄れ、爆発の中心付近が見え始めた。
そこには木に叩きつけられ、地面に横たわる翔馬の姿があった。
「足が……田野!」
翔馬の声は苦痛に震えていた。
田野は一瞬で事態を察し、翔馬のもとへ駆け寄る。
「ああ!今治す!」
翔馬の両足は爆発によって激しく損傷していた。
「お前ら下手に動くなっ!足元に気をつけろ!」
翔馬は駆け寄ろうとした田野に必死で叫んだ。
「何?」
田野は咄嗟に足を止める。
「多分地雷だ……!踏んだ瞬間爆発して吹っ飛ばされた!」
翔馬は激痛に顔を歪めながら、足元を見つめた。
暗闇に紛れた地面。散乱した枯れ葉。燃え広がる炎に照らされた、無数の影。
どこに地雷が埋められているのか、まるで分からない。
「地雷……無茶苦茶しやがって」
田野は悔しそうに吐き捨てた。
与志野も周囲を警戒しながら、慎重に足元へ視線を落とす。
(あいつ……翔馬が追いついてくる事を予測して進行方向にあの一瞬で罠を……!しかも自爆しない様にギリギリ威力を調整しやがった)
田野は翔馬の傷を治療しながら、周囲の様子を注意深く探っていた。
「クソ……さっきの爆発に紛れて上手く逃げやがったな」
与志野が歯噛みする。
「すまねえ……焦って一人で突っ走った」
翔馬は悔しそうに拳を握りしめた。
(クソ……!どこに地雷が埋まってるか分からない以上、下手に動けない……!)
視線を巡らせても暗闇と煙、そして燃え広がる炎が邪魔をして地面の様子はほとんど分からない。
(でもこのまま突っ立ってたら確実に狙撃銃の餌食だ……!)
翔馬は焦りを押し殺し、二人に告げた。
「爆発覚悟で進むしかない!ここにいたらどっちにしろ死ぬ!」
「落ち着け翔馬、よく見ろ」
田野の冷静な声が翔馬の言葉を遮った。
「え?」
田野は地面の一点を指差した。
二人はその指先を追うように視線を向ける。
「仕掛けられた地雷は全て優大の祝福……蒼の気で生成された物だ」
田野は翔馬の治療を続けながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「ならあいつの蒼の気を感じ取れば……地雷の位置も何となく見えてくるはずだ」
「……!」
翔馬と与志野は顔を見合わせた。
目に見えない罠なら目で探す必要はない。
相手が蒼の気で生み出したものならこちらも蒼の気で探ればいい。
「……なるほどな」
与志野は目を閉じ、意識を周囲へと集中させた。
翔馬もまた呼吸を整える。
燃え盛る木々の音も、風に揺れる葉のざわめきも、少しずつ意識の外へと遠ざかっていく。
暗闇の中に潜む敵の気配を探るために。
優大の蒼の気の残滓は林のあちこちにいくつか残されていた。
「これは……」
翔馬は地面に意識を集中させる。
微かではあるが確かに感じる。地雷が埋められている場所には優大の蒼の気が残っていた。
「親切なことだな。罠どころか自分の居場所まで教えてくれてるぜ」
与志野は不敵に笑った。
三人は蒼の気の残滓を頼りに、地雷を避けながら林の奥へと進んでいく。
一歩、また一歩。
慎重に足場を選び、暗闇の中を進んでいたその時だった。
林の奥で何かがキラリと光った。
「危ないっ!!」
田野は直感的に隣の与志野を突き飛ばした。
パァンッッ!!!
乾いた銃声が響く。
弾丸が田野の肩を貫いた。
「ぐっ!!」
田野の身体がぐらりと揺れる。
だが倒れるよりも早く、田野の傍らに蒼い少女の姿が現れた。
少女は田野の傷口に手をかざし、蒼い光とともに治癒を始める。
「田野!」
「俺はいい……!それよりあっちだ!」
田野が銃弾の飛んできた方向を指差す。
与志野はすぐさまそちらへ視線を向けた。
(あいつ……わざと攻撃を喰らってどこから撃ってきたかを把握したのか)
優大は狙撃銃の弾を装填し直し、再びスコープを覗き込んでいた。
(落ち着け、平常心だ……いつものように)
呼吸を整える。
照準を合わせる。
指先を引き金にかける。
その時だった。
「……あ?」
スコープの中に翔馬の姿がない。
先ほどまで確かにいた筈なのに影も形も見当たらなかった。
「はっ!」
背後でかすかな物音がした。
優大は反射的に拳銃を生成し、振り向きざまに撃鉄を起こす。
ガサガサッ!!
暗闇から飛び出してきた影。
優大は迷わず引き金を引いた。
パンッ!!!
(やっぱりだ……)
撃ち抜かれた影が月明かりに照らされる。
その正体を見た瞬間、優大の目が見開かれた。
(翔馬の……足!?)
そこに転がっていたのは翔馬本人ではなかった。
爆発で負傷し吹き飛ばされた翔馬の足。
それを利用した囮だったのだ。
(フェイク!!)
優大は瞬時に理解した。
(この反応速度……狙撃力……!)
どちらも並外れている。
だからこそ、目の前の異変に反応せずにはいられなかった。
しかし――。
(それを持つお前だからこそ引っかかる!)
暗闇から、もう一つの影が姿を現した。
翔馬だ。
「死ねぇ!!」
優大は再び撃鉄を引き起こす。
パパパンッッ!!
だが、響いたのは拳銃の銃声ではなかった。
翔馬の拳が優大の身体をすれ違いざまに三度打ち抜いた音だった。
一撃。
二撃。
そして、三撃。
優大の身体が大きく揺らぐ。
優大がついに懐へと踏み込まれた。




