20話 ゲームオーバー
(何だ……今のは……)
耳鳴りが酷い。
心臓が鳴るたび痛みが翔馬を襲う。
(俺は……どうなった?)
翔馬は地面に倒れ込み、震える手で身体を確かめた。
右肩から血が流れ落ちている。
「うぅ……!!」
激痛に顔が歪む。
(どこだ!?どこから撃ってきてる!?)
与志野は周囲を見回し、必死に銃声の方向を探った。
しかし木々が視界を遮り、敵の姿はどこにも見えない。
「ハハハ、焦ってる焦ってる」
少し離れた場所。
優大は木陰に潜み、狙撃銃を構えていた。
スコープの向こうに映る二人の姿を眺めながら、愉快そうに笑う。
「夜の狩りもいいもんだな、獲物の怯える様が最高に滑稽だ」
優大は一度銃口を下ろした。
「おっと……亜里野翔馬は生かしとかなきゃいけないんだったか?」
思い出したように呟き、すぐに口元を歪める。
「まあいいか」
カチャッ。
リロードを終えた優大は再びスコープを覗き込んだ。
(見える……見えるぜ)
暗視機能によって、夜の林の中でも獲物の姿ははっきりと捉えられていた。
(夜の闇に紛れようとこのスコープは暗視機能付き……隠れるのは至難の業だ)
優大の指が引き金にかかる。
(姿は見えない……武器生成の祝福……遠距離武器か!)
「狙撃銃だ!草陰に入れ!」
「クソッ……!」
与志野の叫び声に、翔馬は地面を這うようにして、近くの草むらへと身を滑り込ませた。
その直後、森に静寂が戻る。
「……ん?」
優大はスコープから顔を離し、先ほどまで翔馬たちがいた場所を注意深く見つめた。
(死角に入られたか……しょうがない、ポイントを変えるか)
優大は狙撃銃を片手に持ち、ゆっくりと立ち上がった。
(どこに行った……?この暗闇と視界の悪さじゃ、あまり離れられると見つけようがないな……)
そう考えた直後、優大の口元が不気味に歪んだ。
(……とでも思ってるのか?あの馬鹿共)
優大は邪悪な笑みを浮かべる。
(自分たちの出血量を分かってないようだな。あれなら放っておいても道端でくたばるだろ)
そう呟くように考えながら、優大は翔馬たちが先ほどまでいた場所へと歩き出した。
そして、足元に目を向ける。
そこには、暗い地面の上に赤黒い血痕が点々と続いていた。まるで、獲物の居場所を教える道しるべのように。
(だが、まあ……)
優大はその血痕を追いながら再び笑みを深めた。
(俺はそんなに甘くない)
優大は狙撃銃を肩に担ぎ、足元に視線を落としながら歩き始めた。
昼間でさえ日の光が届かないほど、鬱蒼と木々が生い茂る森。その暗がりを抜けながら、優大は周囲に目を配る。
「ゲリラ戦か……悪くないな」
葉に付着した血痕を辿り、慎重に草むらをかき分ける。
ガサガサッッ!!
その一瞬だった。
目が合った。
草陰に身を潜めていた与志野が優大を真っ直ぐに見据えていた。
与志野は既に構えを取っていた。指先には蒼の気が集まり始めている。
(待ち伏せ!!)
優大は咄嗟に肩の狙撃銃を動かした。
それと同時に、与志野の指へ蒼の気が急速に集中していく。
「与志野ッ!!」
優大の叫び声が森に響く。
「Shotgun……!!」
優大が引き金を引く。
与志野の指が加速する。
その差は紙一重だった。
「Finger!!!」
ドンッッッ!!!!!
静寂に包まれていた森林に二つの衝撃音が轟いた。
次の瞬間、優大の腹部に一閃が走る。
「ぐっ!!」
与志野の一撃をまともに受けた優大の身体が後方へと吹き飛んだ。背後の枝を次々とへし折り、地面を転がる。
その衝撃で、肩に担いでいた狙撃銃が手から離れ、乾いた音を立てて地面に転がった。
一方、優大が放った銃弾は与志野を捉えてはいなかった。
弾丸は与志野のすぐ脇を通り抜け、背後にあった木の幹へと深々と突き刺さっていた。
「や、やった……!」
与志野は指先に集めていた蒼の気を解いた。
その直後、木陰に身を潜めていた翔馬も飛び出してくる。
「ナイス与志野……!ヒヤヒヤしたぞ!」
「ああ……一か八かだったが、上手くいった……!」
そう答えた与志野だったが次の瞬間、顔を歪めて腹部を押さえた。
「ぐっ……!」
「与志野……!」
(クソッ……予想以上の反動……!)
先ほどの一撃に全力を注ぎ込んだ代償は想像以上に大きかった。全身に痛みが走り、立っているだけでも精一杯だった。
(ダメだ……俺も翔馬も限界……!)
「大丈夫……じゃないけど気合いでさっさとずらかるぞっ!」
「ああ!」
パンッッ!!!
乾いた銃声が再び森に響き渡る。
与志野の胸元にぽっかりと穴が開いた。
「…………」
与志野の身体がぐらりと傾く。
そして、支えを失った人形のように頭から地面へと倒れ込んだ。
ゴシャッッ。
「…………」
翔馬は何が起きたのか理解できなかった。
目の前で倒れた親友を見つめたまま、声すら出せない。
「……与志……?」
そのときだった。
「You died」
聞き覚えのある声が静寂を破った。
翔馬が顔を上げる。
そこには、先ほど与志野の一撃をまともに受けた筈の優大が立っていた。
手に持った銃口からは白い煙が細く立ち上っている。
「残機ゼロ……ゲームオーバー!」
優大はゲームの決着を告げるように、楽しげな声を上げた。
「な……」
翔馬の喉からかすれた声が漏れる。
「何……で……」
優大は腹部を軽く叩き、ニヤリと笑った。
「お前らのチープな攻撃で俺を倒せるとでも思ったのか?」
そう言って服を捲り上げ、腹部を見せつける。
そこには頑丈なベストが装着されていた。
「防弾ベスト……!?」
「正解!」
優大は得意げに笑った。
「事前に生成して着けておいた防弾ベストに咄嗟に蒼の気を流し込んで強化した。ゲリラ戦なら奇襲くらい予測しとかないとな」
そしてわずかに表情を引き締める。
「まあ不意を突かれたのは認めてやるよ。あの状況で大した度胸してるじゃねえか」
「クソ……!」
翔馬は震える声で呟いた。
(せっかく……さわとサメを倒したのに……!)
握りしめた拳が震える。
(せっかく優大に攻撃を当てられたのに……!)
あと一歩だった。
確かに与志野の一撃は優大に届いていた。
勝てるかもしれない。そんな希望が、ほんの一瞬だけ見えたのだ。
ザッ……ザッ……ザッ……。
優大の足音が一歩ずつ近づいてくる。
翔馬は動けなかった。
目の前に倒れた与志野から目を離すことができなかった。
「お前らの敗因は……そうだな」
優大は考え込むように顎に手を当てた。
そして心底楽しそうに告げる。
「残機不足。」
「……っ!」
「あと命が百個あったら勝ててたかもな?」
優大は翔馬の目の前まで歩み寄ると、手にした銃を持ち上げた。
冷たい銃口が翔馬の額に押し当てられる。
「ぐっ……!」
翔馬の身体が硬直する。
逃げようにも身体がボロボロで逃げられない。
与志野も、もう動かない。
何もできない。
何も――。
「じゃあな」
優大の指が引き金にかかった。
「……?」
ブワッッ。
その瞬間、優大の全身の毛が逆立った。
(蒼の気!?)
確かに感じた。
強烈な蒼の気の気配。
(近くにいる!)
優大は引き金にかけていた指を止め、周囲を見渡した。
(どこだ……?一体どこから……)
そしてふと足元に目を向けた瞬間、ある異変に気づいた。
(……!?)
与志野の死体がない。
つい先ほどまで、確かにそこに倒れていたはずだった。
胸を撃ち抜かれ、頭から地面に崩れ落ちた与志野が――跡形もなく消えていたのだ。
「コンティニューだ」
背後から聞き覚えのある声が響く。
「……!」
優大が振り返る。
そこには確かに自分が殺したはずの与志野が立っていた。
「……!?馬鹿な、その傷で……」
優大は目を見開いた。
(いや、傷が治っている?これは……)
与志野の胸元にあったはずの傷は、跡形もなく消えていた。
出血もない。
呼吸も、姿勢も、先ほどとはまるで違う。
まるで何事もなかったかのように。
「My only girlfriend」
その声を聞き、翔馬は目を見開く。
「田野っ!?」
「ラスボス戦……攻略してやるよ」




