16話 逃げ道
(こいつらの種はもう分かってる)
さわは身体に纏わせた蒼の気を練り上げながら二人をじっと見据える。
翔馬と与志野。
二人とも全身に蒼の気を纏っている。
――だが。
(全身に均等に纏ってるつもりなんだろうが……)
さわの視線が翔馬の足元へ落ちる。
(無意識に翔馬は足……)
次に与志野の右手を見る。
(与志野は人差し指……)
ほんの僅か。
普通なら見落としてしまうほどの蒼の気がそこだけ濃くなっている。
(蒼の気が微妙に集中してる)
さわは口元を歪めた。
(身体強化型の祝福者が発現したばかりの時によく起こる典型的な現象だ)
つまり――
(こいつらは身体強化型、俺との相性は最悪)
そして。
(翔馬は足に関係する能力……与志野は指に関係する能力か)
(……山口や田野から聞いた情報によれば)
さわの視線が与志野の人差し指に戻る。
(与志野は指に五秒ほど蒼の気を溜めないと十分な威力を出せない)
致命的な弱点。
さわの身体からさらに蒼の気が溢れ出す。
(なら――)
さわはゆっくりと腰を落とした。
(そこを叩く)
「与志野!」
「……あぁ!」
翔馬の声に応え、与志野が人差し指へ蒼の気を集め始める。
青い光が徐々に指先へと集中していく。
(……ここだ!!)
さわが床を強く蹴った。
ドッッ!!
一瞬で距離が縮まる。
(俺の射程は三メートル!)
さわの目が鋭くなる。
(そこまで近づけば確実に勝てる!)
翔馬へ向かって手を伸ばす。
――だが。
シュッッ。
手は空を掴んだ。
(消え――)
「こっちだ」
背後から声がした。
「……!」
さわが振り返る。
そこには翔馬が立っていた。
その腕には与志野が抱えられている。
さわの目が僅かに見開かれる。
(足……)
翔馬の足元に蒼の気が集中している。
(やはりスピードタイプか)
しかも――
(人一人を抱えているにもかかわらずこの速さ……)
さわは舌打ちする。
(厄介だな)
翔馬は与志野を下ろすとさわを睨みつけた。
「普通の祝福者なら――」
一歩、踏み込む。
「な」
その瞬間。
さわの周囲に青い円が浮かび上がった。
――ズズズズズ……。
「……!」
翔馬の表情が変わる。
「これは……!」
与志野も息を呑む。
「……あいつの射程距離か!?」
さわを中心に半径三メートルほどの範囲を示すように、蒼の気が円状に広がっている。
(何でわざわざ俺達に見せる?)
翔馬は警戒しながらその円を見つめた。
(俺たちに見せる?)
その瞬間。
蒼の円がまるで獲物を待ち構えるように脈動した。
「この円に入った瞬間――」
さわは淡々と言った。
「お前らの左手は自分の両目を潰す」
「何……?」
翔馬の表情が固まる。
与志野も思わず自分の左手を見る。
「舐めプか?」
翔馬が睨みつける。
「そんな説明を聞いて俺らが素直に入るとでも?」
「そうだな」
さわはあっさり認め、ポケットへ手を入れる。
「このまま逃げ回られちゃ面白くない」
取り出したのは小さな機械だった。
「何だ……それ?」
さわは答えず親指でスイッチを押す。
カチッ。
小さな音が静かな工場内に響いた。
「……?」
翔馬が警戒し、周囲を見渡す。
(変化無し……爆弾とかだと思ったが……何だ?)
「何のつもりだ?」
「何、そちらからこの円に入ってきてもらおうと思ってね」
「……?」
その瞬間だった。
――パチッ。
どこかで何かが弾けるような音がした。
「……?」
与志野が眉をひそめる。
「何だ、この音……」
パチッ。
また聞こえた。
今度は少し近い。
与志野が周囲を見回す。
「……焦げ臭え」
翔馬も鼻を動かす。
「……え?」
その瞬間。
ゴォォォォッ!!
「――ッ!?」
廃工場の外壁、その向こう側から炎が立ち上がった。
一箇所。
二箇所。
三箇所。
瞬く間に炎が廃工場を取り囲んでいく。
「なっ……!」
翔馬が絶句する。
「火……!?」
与志野も周囲を見渡す。
逃げ道はない。
さわは燃え上がる炎を背にゆっくりと笑った。
「これで逃げ回れないな」
蒼い円が足元で静かに脈動する。
翔馬は炎と目の前の円を交互に見る。
外へ出ようとすれば炎。
中へ入ればさわの祝福。
「……クソッ」
与志野の指先では蒼の気がまだ集まり続けている。
しかしその顔には焦りが浮かんでいた。
(ダメだ……俺の祝福は射程せいぜい二メートル半くらい……ギリ届かねえ)
翔馬は拳を握る。
(このままじゃマジでやばい……!)
「この処刑方法、優大さんが提案してくれたんだ」
さわは手元のスイッチを眺めながら呟いた。
「楽しんでくれてるかな?」
「てめぇ……!」
与志野が睨みつける。
だがさわはまるで気にしていない。
むしろその反応を楽しんでいるようだった。
「さて――」
さわはゆっくりと二人を見渡す。
「そろそろ決めてもらおうか」
蒼い円が二人の足元で不気味に脈動する。
「自分で首を絞めて死ぬか……」
さわが指を一本立てる。
「この炎で焼き死ぬか……」
もう一本。
「どっちがいい?」
炎が轟々と音を立てる。
熱気が廃工場の中へ流れ込み、二人の額に汗が浮かぶ。
与志野は歯を食いしばった。
「……ふざけんな」
翔馬も炎を見つめる。
(どうする……)
目の前には三メートルの射程。
背後には炎。
逃げ道はない。
――そう見えた。
翔馬はふと自分の足元を見る。
そこには微かに揺らめく蒼の気。
(……待て)
翔馬の脳裏にある考えが浮かんだ。
(本当に……逃げ道はないのか?)
「おい翔馬!どうする!?」
与志野が焦った声を上げる。
さわは答えを待つようにゆっくりと二人へ近づいてくる。
「……ぐっ」
翔馬は歯を食いしばった。
炎は徐々に勢いを増している。
このままでは本当に逃げ場がなくなる。
(一か八か)
翔馬は足元へ意識を集中させる。
蒼の気が足へと集まっていく。
「……やるしかねえか」
「翔馬……?」
さらに蒼の気を注ぎ込む。
限界まで。
「翔馬、何を――」
「ここを駆け抜ける!」
「は!?」
翔馬は炎の向こうを睨みつけた。
「あの炎の一番薄い場所を一瞬で抜ける!」
「おい待て!そんな無茶な――」
翔馬は何か言おうとする与志野を瞬時に抱き上げた。
「しっかり掴まってろ!」
「ちょ、翔馬――!」
次の瞬間。
ドンッ!!
翔馬の身体が弾丸のように飛び出した。
「……!」
さわの表情が僅かに変わる。
(最短距離……)
翔馬の視界から周囲の景色が流れていく。
(最高速度で――)
炎が目の前まで迫る。
(この炎から抜ける!!)
その瞬間だった。
ゴォォォッ!!
炎が突然高く跳ね上がった。
「――!?」
炎の中から何かが飛び出してくる。
「何っ!?」
翔馬は咄嗟に身体を捻った。
「くっ!!」
ギリギリで回避する。
しかし、その急旋回の勢いで――
「うわっ!?」
抱えていた与志野が宙へ放り出された。
ドサッ!
「痛っ!」
与志野が床を転がる。
「与志野!」
翔馬が振り返る。
その視線の先。
炎の中を何かが泳いでいた。
まるで水中を泳ぐように。
蒼の気を纏いながら床の中を進んでいる。
「これは……!?」
翔馬が目を見開く。
「おまえも来ていたか」
さわが笑う。
その直後――
ギィィ……。
工場の入り口のドアが開いた。
「熱っ!!」
聞き覚えのある声。
「本当に燃やしてるんだ」
「ああ」
さわが答える。
現れたのは――サメだった。
彼女は炎を見回すといつもの調子で笑った。
「じゃ、私の"SHARK"で逃げ出さないように囲っとくねー」
床の中を泳ぐ鮫が炎の周囲をぐるりと回る。
「早く終わらせないとあんたも焼け死んじゃうよ!」
「分かっている」
さわは翔馬たちへ視線を戻す。
炎。
さわの射程。
そして地面を泳ぐ鮫。
完全に逃げ道を塞がれていた。
(クソ……やばい!)
与志野は周囲を見回す。
炎はさらに勢いを増している。
古びた廃工場の柱は熱で軋み、天井からは小さな破片が落ち始めていた。
(時間をかけてたらこんな古い建物すぐ崩れ落ちる!)
(そしたら……三人共お陀仏だ!)
「翔馬!」
与志野が叫ぶ。
「俺の祝福で鮫を追い払う!」
指先へ蒼の気を集中させながら叫ぶ。
「そのまま突っ切れ!」
「……」
翔馬は答えない。
「……!?おい!」
「諦めろ」
さわが静かに言った。
「お前らに逃げ道なんてない」
一歩。
「そして……」
さらに一歩。
「処刑執行といこう」
七メートル。
六メートル。
さわが徐々に距離を詰めてくる。
「クソ……!」
与志野が焦る。
「翔馬!円に触れるぞ!」
「逃げ道が無い……?」
翔馬が呟く。
五メートル。
四メートル。
「翔馬!!何突っ立ってんだ馬鹿!!」
与志野が叫ぶ。
「来るぞぉぉぉ!!」
さわの足が止まる。
「勘違いすんなよさわ」
三メートル。
さわの蒼い円が二人を包み込む。
「死ね!!」
さわが瞬時に踏み込む。
「亜里野翔馬ッ!!!」
ドンッッ!!
――ゼロメートル。
「……!?」
さわの目が見開かれる。
(何っ……こいつ!?)
翔馬は逃げていなかった。
自らさわの懐へ飛び込んでいた。
「最初から逃げ道なんて……探しちゃいねえよ!!」
バッッ!!
翔馬と与志野、二人の左手が反射的に自分たちの両目へ向かって動く。
さわの祝福が発動する。
だが、その一瞬よりも早く――
ドゴッッ!!!
翔馬の拳がさわの顔面を捉えた。
「がっっ!!?」
凄まじい衝撃。
さわの身体が宙へ浮く。
そのまま――
ドガァァンッ!!
炎に突っ込み壁へ激突。
壁をぶち破り、そのまま外へ吹き飛んだ。
さわの身体に炎が纏わりつく。
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
廃工場の外にさわの絶叫が響き渡った。
火を消そうともがき、その場で転がり回る。
プシュゥゥッッ!!
火だるまになったさわへサメが消火器を向ける。
白い消火剤が一気に噴き出し、さわの身体を覆っていた炎を消していく。
「だから言ったじゃん」
サメは消火器を下ろす。
「焼け死んじゃうって」
白い煙がさわの身体から立ち上っている。
さわは身動き一つしない。
「あ〜あ……」
サメは少し困ったように呟く。
そしてゆっくりと廃工場の中へ視線を向けた。
(居ない)
翔馬たちの姿はない。
(こいつに構ってる間に逃げられちゃったか)
その時――
ザッ。
背後で砂利を踏む音がした。
サメの動きが止まり、ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは――翔馬と与志野だった。
「……エルサと田野の仇」
翔馬が低く呟く。
その身体から蒼の気が立ち昇っている。
隣では与志野が拳を握り締め、人差し指へ蒼の気を集中させていた。
「討たせてもらう」
サメは二人を見て少し驚いた顔をする。
「エルサ?」
そして何かを思い出したように笑った。
「あぁ……あの時の」
その瞬間――
ザザザザザッ!!
地面から大量の鮫が飛び出した。
一匹。
二匹。
十匹――いや、それどころではない。
無数の尾ひれが地面の中を泳ぐように走り二人を取り囲んでいく。
二人は互いに背中を預け、周囲を見回す。
「鮫って焼いたら食えるのか?」
「フカヒレ製造機だな、マジで」
無数の鮫が二人の周囲を旋回する。
「余裕そうだねー、私の"SHARK"から逃げられると思ってるの?」
翔馬は拳を握る。
与志野は人差し指を構える。
「安心しろ」
二人の身体から同時に蒼の気が噴き上がった。
「顔は勘弁しといてやるよ」
サメの笑みが深くなる。
「へぇ……」
そして――
「二人まとめて相手してあげるよ」
鮫の群れが一斉に二人へ向かって動き出した。




