14話 馬鹿
「おい、そっち行ったぞ!」
「任せろ!」
リビングに二人の子供の声が響いていた。
テレビの画面では二人のプレイヤーがゾンビを倒している。
二人の話し声とテレビから流れるゲームの効果音は両親のいない家の寂しさを完全に掻き消していた。
「よしっ!倒した!」
コントローラーを動かしながら翔馬が隣に座る与志野へ顔を向ける。
「でも良かったのか?親いないのに勝手に俺家に上げちゃって」
「良いんだよ、今日は2人共夜遅いって言ってたし」
「そっか……じゃあいいか」
翔馬は再びテレビ画面へ視線を戻す。
しばらくゲームを続けていたが、ふと思い出したように口を開いた。
「そうだ、今日の算数の宿題写させてよ」
「自分でやれよ。だから百点取れないんだぞ?」
「え〜面倒くさいよ……」
翔馬は露骨に嫌そうな顔をする。
「てか与志野は塾行ってるからだろ」
「まあお前馬鹿だからなー」
「馬鹿じゃねえし!」
「だってお前の親、俺と同じ塾行かせようとしてたけど、翔馬『遊ぶ時間がなくなる』とか言って逃げたじゃん」
「事実だろ」
翔馬は悪びれる様子もなく答えた。
与志野は呆れたように笑う。
「だから百点取れねえんだよ」
「うるせえな!」
二人の笑い声が静かな家の中に響く。
――ピンポーン。
家の中に玄関のチャイムが響いた。
「ん?誰か来た、出てくるわ」
「オッケー」
与志野が立ち上がり、コントローラーを置く。
そのまま玄関へ向かって歩いていった。
しばらくすると玄関の方から小さな話し声が聞こえてくる。
「……あれ?〜〜?」
「〜〜?翔馬ならここだよ」
(俺に用事かな……?)
翔馬はゲーム画面を眺めたまま、耳を澄ます。
――その瞬間。
プツッ。
テレビの電源が切れた。
———
「ん……」
眩しさに目を細めながら翔馬はゆっくりと目を開けた。
白い天井。
ぼんやりとした視界の中で何度か目を擦る。
そしてゆっくりと身体を起こした。
(……病院?)
見慣れない天井。
消毒液のような匂い。
ここに至るまでの記憶がどうしても思い出せない。
「翔馬!」
突然、隣から声がした。
翔馬が振り向く。
「母さん……」
そこには、心配そうな顔をした母親が立っていた。
「本当に良かった……!急に病院から連絡があって、心配したんだから!」
「……ごめん」
翔馬は小さく謝った。
その隣には青木もいた。
「青木叔父さんまで……」
「ああ。お父さん仕事で忙しいみたいだから代わりに俺がな」
青木は翔馬の顔を覗き込む。
「体調は?大丈夫か?」
「うん。問題ない……ありがとう」
「全く……母さんをこれ以上心配させるなよ?」
(そうだ……これ以上両親にも青木叔父さんにも……迷惑かける訳にはいかない)
「……ごめん」
翔馬はもう一度俯いた。
———
母親たちが部屋を出てからしばらくして。
コンコン。
病室の扉が軽く叩かれた。
「どうぞ」
扉が開く。
「よっ」
「与志野……!」
そこに立っていたのは与志野だった。
「元気そうだな」
「ああ……なんか簡単な検査だけして三日後には退院だってさ」
そう言いながら翔馬は少し顔をしかめた。
「それで……あの……」
言葉が続かない。
与志野もその表情を見て察したようだった。
「ああ……まあ、色々説明しないとな」
与志野は椅子を引き、ベッドの横に腰を下ろした。
そして真剣な顔で口を開く。
「昨日優大たちが帰った後……」
一瞬言葉を選ぶ。
「死にかけだった翔馬を田野が最後の力を振り絞って回復したんだ」
「……」
「だから翔馬は生き延びた」
翔馬は黙って与志野を見つめる。
「田野は……?」
「……自分の傷を治す余裕はなかった」
与志野の声が少し低くなる。
「それで……今は集中治療室だ」
「……」
病室に沈黙が落ちる。
あの時血まみれになっていた田野の姿が頭に浮かぶ。
「それで……エルサは……」
翔馬が恐る恐る尋ねる。
与志野は答えない。
ただ、視線を逸らした。
それだけで十分だった。
「……そっか」
翔馬は小さく呟いた。
ベッドの上でその手が震えていた。
「優大……あいつは……」
翔馬が呟く。
与志野は地面へ視線を落とした。
しばらく黙った後、重い口を開く。
「正直……もうどうしようも出来ねえよ」
「……」
「俺たちがあの三人に勝てるわけねえ」
「は?」
翔馬の眉が動く。
「お前……あいつらの言いなりになるってのかよ!?」
「馬鹿かお前!?」
与志野も思わず声を荒らげた。
「向こうは人を殺すのに何の躊躇もねえんだぞ!」
「……」
「祝福の扱いにも手慣れてる。それに比べて俺らはまだ自分の能力が何なのかすらよく分かってねえ」
与志野は自分の左手を見る。
何も抵抗出来ず、自分自身の首を絞めた感覚が今でも残っている。
「コントロールすら出来ねえんだよ……」
そして静かに続ける。
「唯一祝福を使いこなしてた田野は……集中治療室だ」
「……!」
翔馬の表情が固まる。
言い返す言葉が出てこなかった。
「だったら……こっちも祝福を理解すればいい」
翔馬は真っ直ぐに与志野を見た。
「はぁ……?」
与志野が呆れたように眉をひそめる。
「短時間でそんなこと出来るわけ――」
「やるしかねえ」
翔馬は言葉を遮った。
そして硬く拳を握り締める。
「このまま、あいつらの言いなりになるなんて……俺は絶対に嫌だ」
「それは……そうだけど……」
「田野もエルサも……」
翔馬は俯き、静かに続ける。
「このまま終わらせるわけにはいかねえ」
その瞬間だった。
――フッ。
身体の周囲から青い光が滲み出す。
蒼の気。
それは徐々に濃くなり、翔馬の身体を包み込むように漂っていた。
「……!」
与志野が目を見開く。
「お前それ……」
翔馬は自分の身体を見下ろした。
「あぁ……」
少し驚いたように呟く。
「俺もさっき気づいた……」
拳を握り直す。
「俺も出せるようになったみたいだ」
蒼の気がさらに強く揺らめく。
「このままあいつらを野放しにはしない……」
翔馬は顔を上げた。
その目にはもう迷いはなかった。
「あいつらは……」
握り締めた拳に力が入る。
「俺が倒す!」




