13話 敗北者
「さわ大丈夫?」
優大がさわの方を見る。
「勿論」
さわは何事もなかったかのように答えた。
「直前でちゃんとガードしましたよ、ギリギリでしたけどね」
そのやり取りを聞いていたエルサが翔馬の背中からゆっくりと降りる。
「……え?」
エルサの視線が優大の足元へ向く。
そこには引きずられるようにして運ばれてきた田野がいた。
「……田野……」
エルサは絶句した。
田野の身体はボロボロだった。
服は破れ、至る所から血が流れている。
いつもならあれだけの傷も瞬く間に治してしまうはずだった。
だが、今の田野にはその力が残っていない。
優大は翔馬の顔を一目見るとニヤリと笑った。
「いいね、そんな顔を見たかった」
「優……大……」
翔馬は焦りと衝撃でうまく言葉が出てこない。
(怪我が……治ってない……!?)
そして、もう一つ。
(てか……やばい……)
翔馬の視線が隣のエルサへ向く。
(エルサが……!)
今の状況をエルサは何も知らない。
目の前にいる優大が何をしようとしているのかも。
その隣で与志野も田野を見つめていた。
(田野から……蒼の気を感じない)
与志野の表情が強張る。
(まさか……使い切っちまったってことか……!?)
ふと、以前田野から聞いた言葉を思い出す。
蒼の気は力そのものではない。
祝福を使うための――燃料。
(そういえば……蒼の気は燃料みたいなこと言ってたか……)
与志野は無意識に拳を握る。
(だとしたら……)
目の前には優大。
背後にはさわ。
そして自分たちの後ろには何も知らないエルサ。
(どちらにせよ……)
与志野は翔馬を見る。
(状況は最悪だ……!)
「ゔっ……」
田野の身体が僅かに動いた。
「……!」
ボロボロになった田野が痛みに顔を歪めながら目を覚ます。
そして目の前の光景を見た瞬間、田野の表情が変わった。
何かを察したように呟く。
「……クソが……」
掠れた声。
「田野!」
状況を理解していないエルサが田野へ駆け寄る。
「お前……その怪我、大丈夫か!?」
「……エルサ」
「救急車……!」
ポケットを探る。
「あ、スマホねえ……!」
そして周囲を見回した。
「おい、誰か!救急車呼んでくれ!」
返事はない。
誰も動かない。
あるのは――沈黙。
「……!?」
エルサが翔馬と与志野を見る。
二人とも微動だにしない。
「おい翔馬、与志野!」
エルサの声が響く。
「何黙ってんだよ!」
だが――
二人にはエルサの声がほとんど届いていなかった。
意識は別の場所に向いていた。
(地面が……)
翔馬は足元を見る。
(いや……違う)
(地面に……)
何かがいる。
「……」
翔馬の額から汗が流れる。
確かに感じる。
地面の下から――複数の蒼の気。
それも、ただ漂っているだけじゃない。
明確な意思を持っている。
そしてそこから伝わってくるもの。
殺気と威圧感。
まるで地面そのものが、こちらを睨みつけているようだった。
与志野も同じものを感じ取っていた。
「おい!」
エルサが再び叫ぶ。
「突っ立ってないで何か言えよ!」
翔馬も、与志野も答えられない。
ただ二人とも地面の下に潜む何かから目を離せなかった。
そして。
「……」
田野もまた地面を見つめていた。
その顔には明らかな恐怖が浮かんでいる。
「シャークか……」
小さな声だった。
翔馬が振り向く。
「……え?」
田野は答えない。
ただ地面の一点を見つめている。
同時に――
廃工場の奥から足音が近づいてきた。
タッ、タッ、タッ……。
「ごめん、遅れた〜」
軽い声と共に姿を現したのはサメだった。
「何してた」
「ゲーム」
優大がサメを呆れた目で見る。
「サメ……お前もちょっとは手伝えよ」
「え?優大圧倒してたからいいじゃん」
サメは田野を見る。
「私まで加勢したら田野ちゃんが可哀想だよ」
「……チッ」
その会話を聞いていたエルサが苛立ったように叫んだ。
「おいあんたら!」
優大とサメがエルサを見る。
「スマホ持ってねえか!?」
エルサは田野を指差した。
「早く救急車呼ばないと田野が死んじまう!呑気に話してる場合じゃない!」
「ん?」
サメが首を傾げる。
そしてエルサの顔をじっと見る。
「あ、エルサ君……だっけ?起きたんだ」
「え?」
サメが微笑む。
同時に背後で優大が拳銃を取り出す。
その手がゆっくりと動いた。
ガチンッッ。
金属音。
翔馬の身体が硬直する。
「……?」
エルサが振り返る。
「何の――」
「じゃ、おやすみ」
パンッッ!!!
乾いた音が、廃工場に響いた。
「……」
エルサの身体から力が抜ける。
そのまま――
ドサッ。
無言で地面に崩れ落ちた。
「……」
翔馬は動かなかった。
何が起きたのか。
頭が理解することを拒んでいる。
「……エルサ?」
小さく名前を呼ぶ。
返事はない。
「……」
与志野も言葉を失っていた。
そして――
翔馬の足元で揺れていた蒼の気がゆっくりと濃くなっていく。
「……な」
翔馬の口から、かすかな声が漏れた。
瞬きする間もなかった。
翔馬の蒼の気が一気に膨れ上がる。
ドォッッ!!!
次の瞬間には翔馬は優大の背後に立っていた。
(速ッ――)
自分でも理解できないほどの速度。
翔馬は迷わなかった。
拳を握り締める。
その拳に怒りのすべてを乗せる。
「うおおおおおッ!!」
優大へ向かって拳を振り抜く。
――ドゴッッ!!
「ぐぁっ……!」
鈍い衝撃音。
だが、殴られたのは優大ではなかった。
「……ッ!?」
翔馬の身体が大きくよろめく。
自分の拳が自分自身の身体へと叩き込まれていた。
「ぐっ……!」
翔馬の顔が苦痛に歪む。
何が起きたのか理解できない。
ただ一つ分かった。
(さわか……!)
その瞬間。
優大の手の中に一振りの剣が現れた。
翔馬が顔を上げる。
だが遅い。
ズバッッ!!
「……ッ!!」
一閃。
袈裟斬り。
翔馬の身体から血が噴き出した。
血飛沫が舞い、優大の服を赤く汚していく。
「さわナイス〜、一瞬ヒヤッとしたわ」
優大が笑う。
「いえ」
さわは淡々と答えた。
地面に倒れた翔馬。
その身体から止めどなく血が流れ出している。
「翔馬……!」
与志野の身体から再び蒼の気が溢れ出した。
「テメェら……!」
怒りに任せ、一歩踏み出そうとする。
ピタッ。
その足が止まった。
「……!」
優大の剣。
その切っ先が倒れた翔馬の首元に突き立てられていた。
「変な事すんなよ」
優大は笑みを浮かべながら与志野を見る。
「立場と力量の差くらい理解しろよ、与志野音色君」
「……ッ」
与志野は歯を食いしばる。
優大はそんな与志野を見て興味を失ったように視線を逸らした。
「サメ」
「んー?」
「死体処理」
「了解ー」
サメが軽く返事をした。
その瞬間だった。
――ゴゴゴゴゴ……。
「……?」
地面が不気味に揺れる。
次の瞬間。
ザバァッッ!!
地面から魚の尾びれのようなものが突き出した。
「な……」
与志野が目を見開く。
何かが地面の中を進んでいる。
まるで海の中を泳いでいるかのように。
そして。
ザバァァッッ!!
巨大なサメが地面から飛び出した。
「……は?」
与志野の顔から血の気が引く。
サメは口を大きく開いた。
そのまま倒れているエルサへ向かって突進する。
「エルサ――!!」
与志野が叫ぶ。
だが、間に合わない。
ガブッ!!
エルサの身体がサメの巨大な口に呑み込まれた。
次の瞬間。
ザバァッ……。
サメは再び地面へ潜っていく。
そして何事もなかったかのように地面は静まり返った。
「じゃ、行こっかー」
その言葉だけが廃工場の入口に響いた。
「って訳で――」
優大は倒れた翔馬を見下ろしながら笑った。
「今日からお前ら、俺の奴隷な」
「……」
与志野は何も言い返せない。
翔馬も動かない。
優大はそんな二人を見て楽しそうに続けた。
「こき使ってやるから覚悟しろよ〜」
まるで冗談でも言うかのような軽い口調。
「次、逆らったらさ」
優大の笑顔がほんの少しだけ歪む。
「お前らのクラスの奴ら、一人ずつ目の前で殺していくからな」
「……ッ」
与志野の拳が震える。
だが、何もできない。
優大は満足そうに笑うと踵を返した。
「行くぞ」
「はーい」
サメが続く。
さわも無言でその後を歩いていく。
工場の門を抜け、やがてその姿は静かな夜の闇へと消えていった。
「……」
翔馬はただその後ろ姿を睨み続けていた。
視界が徐々に暗くなっていく。
音が遠ざかる。
身体の感覚も薄れていく。
(ちくしょう……)
視界が滲む。
(ちく……しょ……)
そして――翔馬の意識は完全に途切れた。




