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第七話 烈風山豪傑寺 百裂張り手観音

 

「ハァ......ハァ......」

 

重い駆動音と共に、メカ大関 カブト山機太郎が山道を登る。

 

 ガコン。ギギギ......。

 

鋼鉄の足が地面へ沈み込むたび、湿った土が靴裏にめり込んだ。

周囲は鬱蒼とした木々に囲まれている。

昼間だというのに薄暗く、風が吹くたび枝葉がざわざわと不気味に揺れた。

獣道みたいな細い山道。

片側は崖。

もう片側は、どこまでも続く竹林。

胸部炉心を明滅させながら、メカ大関は前を歩く人物へ声をかけた。


「本当に......こんなところにあるのか」

 

蒸気混じりの低い声。

その問いに、前を歩く男がぴたりと足を止める。

 

「はい、間違いないっスよ」

 

振り返った男の頭には、異様な髷が乗っていた。

――アフロヘアー。

それを無理やりねじ込み、強引に髷の形へ固めている。

結果、巨大なたわしみたいなシルエットになっていた。

額には汗。だが、表情は妙に自信満々だ。


男の名は――タコス山 百々須戸( どどすこ )

 

ミント山部屋所属。カブト山の弟弟子である。

派手な柄シャツの上から雑に浴衣を羽織り、首にはなぜか数珠とヘッドホンを同時にぶら下げていた。

山道に似合わない。

というか何一つ相撲取りに見えない。

しかし本人だけは真剣そのものだった。

 

「大関、もうすぐですよ。ほら、見えてきました」

 

先を歩くタコス山が、嬉しそうに振り返りながら指をさす。

カブト山は荒い蒸気を吐きながら顔を上げた。

その瞬間。

鬱蒼と続いていた山道が、ふっと途切れる。

視界が開けた。


「……っ」


思わず息を呑む。

山道の先。

苔むした石畳が、まっすぐ奥へ続いていた。

長い年月を踏みしめられてきたのだろう。

石の角は丸く削れ、隙間からは雑草が顔を覗かせている。


風が吹くたび、落ち葉がさらさらと石の上を滑った。

そのさらに先。

石で作られた巨大な階段が姿を現す。

果てが見えない。

山の斜面へ貼り付くように、延々と上へ続いている。

一段一段がやけに高く、まるで人間を拒む壁みたいだった。

カブト山の赤い眼光が、ゆっくりと上を向く。

階段の遥か先。

霧の向こう。

山頂近くに、何かが見えた。

建物。

いや――まだ点だ。

あまりにも遠すぎて、輪郭すらわからない。

薄い霧の奥に浮かぶ、小さな黒い影。

だが、それでも異様な存在感だけは伝わってくる。

山全体が、その建物を中心に呼吸しているみたいだった。


タコス山が、少し緊張した声で呟く。

 

「......あれっス」


風が吹いた。

木々がざわめき、どこからか鈍い鐘の音が響いてくる。


 ゴォン......。


低く、腹へ沈む音。

まるで山そのものが鳴いているみたいだった。

タコス山はごくりと唾を飲み込む。


「烈風山豪傑寺......」


その名を口にした瞬間、空気が少し冷たくなった気がした。

カブト山は無言で階段を見上げる。

 

「おえっ......まだめちゃくちゃ遠い」

 

あまりの遠さにカブト山が情けなくえずいてしまう。

そこで、ふと後ろの人物が気にかかった。

 

「博士......体力......大丈夫ですか?」

 

カブト山が振り返る。

自分たちですら辛い。

ましてダイジョバナイ博士は、どう見ても完全なインドア派だ。

白い肌。細い腕。

運動よりゲームとアニメの方が得意そうな体型。

そんな男が、平然としているのは妙だった。

 

「ん?」

 

ダイジョバナイ博士は、棒付きキャンディを口の中でころころ転がしながら顔を上げた。

片手には携帯ゲーム機。

親指だけで器用に操作している。

 

「ボク?」

 

博士はきょとんとしたあと、にこっと笑った。


「ダイジョーブ♪」


そして、さらっと言った。


「ボク、浮いてるから」


「「浮いてる!?」」


カブト山とタコス山の声が揃った。

博士の足元をよく見ると、

確かに――浮いていた。

数センチ。

地面から完全に。

白衣の裾がふわふわ揺れている。

ブーツの底部には小型ノズルが埋め込まれており、そこから微かに空気が噴出していた。


 プシュゥゥゥ......。


静かな噴射音。

博士は足を動かしていない。

なのに、山道をするすると滑るように上がっていく。

 

――う、羨ましい。

 

白衣ひらひら。ゲームぴこぴこ。

しかも本人はまったく疲れていない。

一方、自分はというと――。


 ギギギ......。


鋼鉄の膝関節が悲鳴を上げている。

背部排熱口からは熱気が漏れ、登るたび石段がミシミシ鳴った。

蒸気。

汗。

重量。

全部つらい。

 

カブト山は少しだけ期待を込めた目で博士を見る。

 

「博士......自分のは......」

 

「ごめんね」

 

キャンディをころころ転がしながら、軽い口調で続ける。

 

「まだこれは試作機だからね」

 

肩をガックシと落とすカブト山。

重たい鋼鉄の肩部装甲が下がり、なんとも言えない哀愁が漂った。

そんなカブト山の肩へ、ぽんっと手が置かれる。

タコス山だった。

汗だくのアフロ髷を揺らしながら、弟弟子はにっと笑う。

 

「さ、大関、進みましょ」

 

カブト山は重たい足を引きずるように一歩踏み出した。


 ◇

 

坂道を登る二人の足音と空気の噴出音が、石畳に響く。

山肌を抜ける風が吹き抜け、掌型の石灯籠が朝日にきらめく。

揺れる木漏れ日が、石灯籠と三人の影を細長く引き伸ばした。

タコス山は背筋を伸ばし、カブト山は息を整えながら、その後ろをついていく。


「わぁ~」

 

博士が声を上げる。

三人の視線の先。

烈風山豪傑寺――。

その門前へ辿り着いた瞬間、空気そのものが変わった。

巨大な山門。

黒ずんだ古木で組まれたそれは、まるで山と一体化しているみたいだった。

そして、その中央。

三人を迎えるように存在していたのは――

掌。

巨大な掌の彫刻だった。

 

「......っ」

 

カブト山の赤い瞳がわずかに細くなる。

圧倒的だった。

人の手。だが、人間の尺度ではない。

山門の上部を覆うように刻まれたその掌は、まるで空そのものを押さえつけているみたいな威圧感を放っている。

無数の傷跡。石を削るような指の節。

開かれた掌紋は巨大な渦のようだった。

朝日が差し込み、その影が石畳へ落ちる。


大関は軽く拳を握り、心の中で次戦の勝利とついでにミント山親方の胃の安全に思いを馳せる。

タコス山は手を胸に当て、目を丸くしながらも小さく一礼した。

 

「......すごい......ッス......」

 

声にならない感嘆が、風にかき消される。


ギギ......。


重たい音を立てながら、カブト山が本堂の扉へ手をかける。

古びた木扉は、長い年月の重みを抱えたままゆっくりと開いた。

 

 ゴゴ......


冷たい空気が流れ出る。

外の山風とは違う。

静かで、澄み切った空気。

香の匂いが、薄く漂っていた。

三人は足を踏み入れる。

薄暗い本堂。

差し込む陽光が、細い帯となって床へ落ちている。

その中央。

そこに、それは鎮座していた。


「......おぉっ」


タコス山が思わず息を呑む。

巨大だった。

武を修める者へ勝利と安全をもたらす――そう語り継がれる観音像。

 

その名も――百裂張り手観音。


鎮座する百烈張り手観音が三人を見下ろす。

無数の腕が張り手の姿勢で静止し、光の残像が空間に無数の張り手が飛ぶような錯覚を生む。

タコス山の喉が思わずゴクリとなる。

カブト山は百裂張り手観音の視線を真正面から受け止めた。

一歩前へ出て、そして、静かに手を合わせる。

 

「どうか......なにとぞ......力を......」

 

カブト山の低く静かな声が静かに響く。

祈りというより、願いだった。

鋼鉄の拳を握り締め、土俵へ立ち続けてきた男の。

負けたくないという、むき出しの願い。

その隣で、タコス山も慌てて手を合わせる。

 

「お願いします......ケガしませんように......」

 

タコス山らしい現実的な願いだった。

二人は並んで目を閉じ、手を合わせる。


お賽銭をそっと置き、二人は深く一礼。

畳に落ちた汗が、ぽつりと音を立てた。


その瞬間だった。

張り詰めていた空気が、突然ひび割れたように感じた。

百烈張り手観音の無数の掌。

その一つ一つが、ゆっくりと動いた気がした。

もちろん実際には動いていない。だが確かに見えた。

押し寄せるように。叩きつけるように。

何百、何千という掌が空間を埋め尽くし、一つの軌跡を描いていた。


――これは。


頭の奥で、何かが弾ける。


今まで力任せに振っていた張り手。

速さばかりを求めていた突き。

違う。

観音の掌は、ただ前へ出ているわけじゃない。

引き、捻り、流れ、重なり、そのすべてが次の一撃へ繋がっている。


呼吸が止まる。


世界から音が消えた。

風の音も、木々のざわめきも、隣に立つタコス山の息遣いすら遠い。

視界の中心には、ただ観音の掌だけがある。


見えた。


いや、降りてきた。


技ではない。言葉でもない。もっと原始的で、もっと巨大な何か。

雷が脳天から背骨へ突き抜け、そのまま指先まで走ったような感覚。


大関の肩がびくりと震える。

次の瞬間、無意識に右手が動いていた。

 

 パァンッ!!

 

乾いた音が本堂に炸裂する。

空気が揺れ、供えられていた蝋燭の火がぶわりと傾いた。

タコス山が目を見開く。

 

「い、今の......」

 

カブト山自身も、自分の掌を見つめていた。

たった一発。なのに、今まで放ってきたどの張り手よりも軽く、鋭く、深かった。

まるで掌そのものが勝手に最適な軌道を知っていたかのように。


百烈張り手観音は、何も語らない。


ただ無数の掌を掲げたまま、静かにそこに在る。

だが確かに、大関の中には今、何かが刻み込まれていた。


つんつん。

鋼鉄の腕を、誰かが小さく突いた。

カブト山が視線を横へ向ける。

そこにいたのは――ダイジョバナイ博士だった。

いつの間にか真横まで来ている。

白衣をふわふわ揺らしながら、相変わらず場違いなくらい軽い顔をしていた。

だが、その青い瞳だけは妙に真っ直ぐだった。

 

「見えたね」

 

ダイジョバナイ博士はにこりと笑った。

 

「次の取組」

 

 ◇


本堂を出る。


 ギギ……。


鋼鉄の足音が、静かな廊下へ響いた。

外へ一歩踏み出した瞬間、冷たい山の風が頬を撫でる。

朝日が、真正面から差し込んでいた。

烈風山豪傑寺の巨大な山門。

その中央に刻まれた掌の彫刻が、黄金色の光を浴びて静かに輝いている。

まるで――

再び三人を迎えているみたいだった。


無数の皺。

巨大な指。

空を押さえつけるような掌。

だが、先ほどとは少し違って見える。

怖さだけではない。

その奥に、不思議な熱があった。


タコス山は思わず小さく笑う。

さっきまで強張っていた顔が、少しだけ柔らかくなっていた。


「......なんか、すごかったッスね」


自然とそんな言葉が漏れる。

隣では、カブト山が静かに頷いていた。

赤い炉心ランプが、落ち着いたリズムで脈打っている。


 ドクン。ドクン。


先ほど本堂で感じた振動。

張り手の熱。

あの感覚が、まだ胸の奥に残っていた。

カブト山は門を見上げたまま、小さく呟く。


「......来てよかったな......」

 

隣で、タコス山が力強く頷く。

 

「はいッス」

 

博士も、にこっと笑う。

 

「うん!」

 

三人の胸には、まだ熱が残っていた。

寺の威厳。

無数の掌。

そして、百裂張り手観音が放っていた、あの圧倒的な“武”の気配。


山風が吹く。

掌の影が石畳へ落ちる。

三人はしばらく、その巨大な門を静かに見上げていた。


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