第四話 奥の手2
東の花道に、重々しい駆動音が響いた。
金属の足裏が土俵へ続く板を踏むたび、床板が低く震える。
姿を現したのは、メカ大関――全身を鋼鉄で覆った巨体の力士だった。
肩には黒鉄の装甲。
胸部には、脈打つように赤い光を放つ炉心。
首元からは白い蒸気が細く噴き出し、まるで猛獣が息を吐いているかのようだった。
行司が声を張り上げる。
「東ぃぃぃ――カブト山ッ!」
館内がどよめく。
カブト山はゆっくりと四股を踏んだ。
その一歩だけで、土俵の砂が跳ねる。
続いて、巨大な機械の指が塩桶へ伸びた。
無骨な鋼の手が塩を掴む。
白粒が指の隙間からさらさらと零れ落ちる。
次の瞬間――。
ブシュウッ、と圧縮空気が噴き、メカ大関は塩を高々と撒いた。
白い軌跡が照明を裂き、雪のように舞い落ちる。
観客席から歓声が沸き起こった。
対する西――
そこには、不気味なほど静寂があった。
やがて行司が、先ほどよりさらに深く腹から声を響かせる。
「西ぃぃぃ――山嵐ィィッ!」
空気が変わった。
今場所も現在14連勝。
圧倒的な強さを見せつける横綱 山嵐唯我独尊は静かに四股を踏む。
ゆったりと足を上げる。だが、誰もがその動作だけで息を呑む。
ズドォォォーーーン!!
軽くおろしたように見えるその足が、土俵を割らんばかりの轟音を叩きだした。
純白の化粧まわしが揺れる。
鋭い眼光は、真正面のメカ大関だけを見据えていた。
横綱は土俵際で立ち止まると、無言で塩を掴んだ。
そして、静かに撒く。
ただそれだけの動作なのに、白塩はまるで刃のように見えた。
舞い落ちる塩の向こうで、機械の赤い眼光が灯る。
東の鋼鉄。
西の覇者。
土俵の中央で、二つの怪物が向かい合った。
横綱はわずかに顎を上げ、鋼鉄の巨体を見下ろすように睨む。
張り詰めた空気の中、その口元だけが不敵に歪んだ。
「――今日は、手を飛ばさねーのか」
観客席がざわつく。
カブト山の右腕には、以前の場所で見せた技の痕跡が残っていた。
肘から先を射出し、鉄塊の張り手を叩き込む禁じ手まがいの荒業。
前代未聞の反則技を誰も忘れてはいない。
だが、メカ大関は答えない。
鈍く赤く光る瞳が、ただ静かに横綱を見据える。
内部で歯車が回転する低い駆動音だけが響いた。
ギィィィ……。
山嵐は鼻で笑う。
「つまんねぇな」
次の瞬間。
ロボット大関の両腕装甲が、ガコン、とわずかに展開した。
蒸気が噴き出し、内部レールが赤熱していく。
場内の空気が凍る。しかし、横綱は笑っていた。
獣みたいに。
「それでいい」
土俵中央。
一人と一機が、同時に腰を落とす。
塩の白がまだ残る砂の上で、殺気だけが先にぶつかっていた。
◇
土俵中央の仕切り線の距離は0.7m。
だが、二人の隆起した大きすぎる体のせいでその距離はゼロに等しい。
唇の端だけで笑う山嵐を視界にとらえる。
まるで獲物を前にした獣だ。
何をしても無駄だ、山嵐の目がそう物語っている。
――なめるなよっ!! 二度も負けはしない!
筋繊維が収縮していくのがわかる。
威圧感に押され、行司の軍配が震えていた。
「はっけよい――」
横綱の体が沈む。低い。
狙いは読めた。上等だ。
真正面から吹き飛ばしてやる。
「――のこったぁぁ!」
その声と同時だった。
両者の巨体が、ほとんど地を滑るような低さで突進する。
山嵐の髷が後ろへ流れ、カブト山の背部排熱口から白煙が噴き上がる。
互いに一歩も引かない。
真正面。意地と意地の張り合い。
ゴッッッッッ!!!!!!
頭と頭が激突した。
館内の空気が震える。
鈍いとか、重いとか、そんな言葉では足りない。
巨大な鐘同士を全力で打ち鳴らしたような轟音。
横綱の額が、鋼鉄の頭部装甲へめり込む。
同時に、カブト山の首部フレームが火花を散らした。
バチィッ!!
衝撃でカブト山の上半身がわずかに仰け反る。
ほんの一瞬、ほんの数センチだけ。
その刹那、横綱の目が光る。
獣のような鋭さで、その隙へ潜り込む。
速い。
あまりにも速い。
鋼鉄に額をぶつけた衝撃をものともせず、懐へ入り込む。
右手が伸びる。
狙いは一つ。
メカ大関の回し。
バシィッ!!
分厚い回しを掴む音が響いた。
館内がどよめく。
横綱の指が深く食い込む。まるで杭を打ち込んだように。
山嵐の必勝パターン。
山嵐は低い姿勢のまま不敵に笑う。
「ジャングルまでぶん投げてやる」
カブト山が腕を振り下ろそうとする。
だが遅い。
山嵐はすでに組んでいた。
頭を胸装甲へ押し付け、腰を深く落とし、両足で土俵を噛む。
完成された型。
力任せではない。
横綱として積み上げてきた技術そのもの。
観客の誰もが悟る。
――まずい。組まれた。
しかも、最悪の形で。
――また......負けるのか。
あきらめかけたその時、観衆の中から声が聞こえる。
ダイジョバナイ博士だ。
かき消されて何を言っているかは聞き取れないが、
取組前のやり取りを思い出す。
『新しい奥の手は音声認識で起動するんだよ』
カブト山の目がカッと見開き、その瞳に闘志が戻る。
そして、事前に教えられていたトリガーワードを叫んだ。
「剣・着・装・甲ぉぉぉーーーーー!!」
横綱の眉がわずかに動く。
次の瞬間、
ギュルルルルルルゥゥ!
回しが、凄まじい速度で回転を始めた。
紫の帯が円盤のように唸りを上げ、火花を撒き散らす。
回しをつかんでいた山嵐の指が弾かれた。
「ッ!?」
指先が強制的に引き剥がされ、横綱の身体がわずかに泳ぐ。
観客席から悲鳴にも似たどよめきが起こった。
だが異変は、それだけでは終わらない。
高速回転する回しが、生き物のようにうねり始める。
バチバチと紫電を纏いながら、帯が鋼鉄の胴を這う。
胸部。
肩部。
そして――右腕へ。
絡みつく。
機械の腕を覆うように、紫の帯が幾重にも巻き付いていく。
巻き付かれた内側から現れたのは紫色の光。
粘つくような、不吉な輝き。
巻き付いた帯が一気に硬化し、巨大な刃の形を形成していく。
「ジャスティスぅぅーーザンパーーーー!!」
人間の身長を優に超える刃渡り。
分厚く、禍々しい。まるで鬼神の骨で鍛えたような刀身。
右腕そのものが、巨大な刀へ変貌していた。
紫の光刃が土俵を照らす。
空気が震える。
観客席のざわめきが止まった。
横綱、山嵐唯我独尊の目が見開かれる。
土俵上で一度も怯んだことのない男の目はカブト山と合わせず、下の方に目線を逸らしていた。
――ビビったか、チャンスだっ!!
そう判断した瞬間、カブト山は勝負に出る。
背部装甲、展開。
内部ノズル、点火。
轟音。
ドゴォォォォォッ!!
背中から青白い炎が噴き出す。
土俵の砂が爆風で吹き飛び、行司の装束がばたついた。
巨体が、一気に前へ加速する。
速い。
重さを感じさせない。
まるで砲弾だった。
積年の恨みを込め、右腕の刀を振りかざし、山嵐を真っ二つにせんと迫りくる。
「往生せぇや、山嵐ぃぃぃぃーーーー」
雄たけびを上げ、勝利を確信したその瞬間――
「もろだし~」
固まる観衆。
「ただいまの決まりて、もろだし~」
――下半身がまるだしだった。
正確には、不浄負けというらしいです。




