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第三話 ダイジョバナイ博士

歴史的反則負けから2か月後、

取組前の控室は静まり返っている。

先場所の熱狂が嘘のように外の喧騒が遠い。

その奥で不気味な音を立てる男が一人。


ギィィ、ギギギィィィ

 

プシューっ!!

 

機械の関節をきしませ、蒸気を吹き上げる。

「......今日こそは」

そう低く呟く機械の男。メカ大関 カブト山機太郎だ。

 

胸のランプがゆっくりと明滅する。

赤い光が怒りを表すようにゆらゆらと揺らめいていた。

(負けた......)

転がる右手。響いたあの声。

『おてつき~』

目を見開き、口をあけ、固まる観衆。下を向く親方。

そして腹を抱えて爆笑するあの憎い男。

 

......横綱 山嵐唯我独尊。


(ちくしょう、また馬鹿にしやがって......)

人を馬鹿にしたあの顔が忘れられない。

負けた先場所から一日たりとも......焼き付いて離れない。

だが――

 

「まだ、終わってねぇ!」


ギリっっと拳を握る。鉄の指がひしゃげそうな勢いだ。

(今度こそ......今度こそ......)

鼻で笑い、人を見下す視線。山嵐の顔を思い浮かべる。


「......潰す」

 

その一言に全てが込められていた。


ふと、のどの渇きを感じ、カブト山は足元に置かれた缶を手に取った。

缶のラベルにはデカデカと文字が書かれている。

【 エナジーオイル  ちゃんこ味 】

プシュッ――

ふたを開けると独特の香りが控室に漂った。

出汁と油が混ざったような、どこか懐かしさと有害さが混同した匂い。

それを迷いなく一気に流し込む。

 ゴク、ゴク、ゴク......

のどを通るたび、体の機構がうなりを上げる。

きしんでいた関節の隅々までちゃんこ味のオイルが染みわたるのがわかる。

 

〈 エネルギー充填率上昇 〉

機械音声が響く。

〈 出力制御オールグリ――〉


「黙れっ」

 

いらだちをぶつけるように言い放つ。

カブト山は空になった缶を握りつぶした。

ベコンっと鈍い音が響く。

そのまま立ち上がり、壁際の空き缶入れに向かう。

ゴミ箱に投げ入れようとした瞬間、背後から声がかかった。

 

「ダメだよ、カブト山」

 

振り返るとそこには一人の男が立っていた。

ぼさぼさの金髪に青い瞳。少年のような顔立ちに白衣を着た姿。

 

「エナジーオイルは産業廃棄物だからね」

「あそこには捨てられないよ」

 

「......ダイジョバナイ博士」

 

カブト山はダイジョバナイ博士との出会ったあの日を思い出す。


相撲が取れなくなり、自暴自棄になった自分は

日本のアニメが好きで聖地巡礼していた博士と運命の出会いをした。

事情を知った博士は、相撲のことは何も知らないのに、

動かなくなったこの体をサイボーグ化して、自分をまた土俵に戻してくれた。

本当にこの人には感謝している。恩人だ。

 

博士は笑顔で手をひらひらとふる。

「ちゃんと分別しないと怒られちゃうよ」

足元の専用コンテナをトン、と叩く。

コンテナには【産業廃棄物(要届け出)】と書かれていた。


「ごっつぁんです」

カブト山はコンテナに缶を放り込む。カランとした音が控室に響き渡った。

 

博士は満足げにうなずくと、キラキラとした目でカブト山を見上げる。


「次は、次こそは絶対勝てるよ」

「今度の奥の手はすごいんだ」

「ボクを信じて」

 

自信満々で次々と捲し立てる。

 

「いいかい、カブト山」

「新しい奥の手は音声認識で起動するんだよ」

「ボクが合図したらこう言うんだ――」

 

少し嫌な予感がするが、博士の期待に応えたい。

そしてなにより、自分の信じる相撲道で山嵐に勝ちたい。

拳を握る手に力が入る。


取組の時間が近づく、

復讐劇の幕が静かに上がろうとしていた。





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