第二話 奥の手
最初は同じ相撲部屋の憧れの先輩だった。
一番下っ端のよろい山は様々な雑用をこなしつつ、日々真面目に稽古に励んでいた。
その当時から山嵐は強く、
その強さゆえ誰の言うことも聞かない横暴な態度をとっていた。
そんなある日、ヨロイ山の番付がかかった大事な日
階段を降りようとするヨロイ山は何者かに突き飛ばされた。
階段を転げ落ちるヨロイ山。
足は折れ、朦朧とする意識の中、はっきりと見た。
階段の最上段で、
鼻で笑い、ヨロイ山を見下す山嵐を......
原因はわからない。
真面目さが疎まれたのか、
それとも、番付が上がっていき喜んでいた自分が煩わしくなったのか、
あるいはただの暇つぶしだったのか......。
病院に運ばれ、医師からもう現役復帰はできないといわれた時から
全てがどうでもよくなっていた。
だが、そんな時、ある男に声をかけられたのだ。
「―――力が、欲しいかい」
懐かしい記憶。
数々の手術、地獄のリハビリを乗り越え、
そして名前まで変えてとうとうここまで戻ってきた。
機械の体になってまで―――
◇
カブト山は俯いたまま、土俵際に立っていた。
握った拳が、小さく震えている。
怒りか。
恐怖か。
その両方かもしれない。
脳裏に浮かぶ、あの日の光景。
無様に転がされた自分。
笑い声。
血の味。
何もできなかった悔しさ。
忘れた日は、一日もなかった。
肩が上下する。
息が荒い。
目の前では、宿敵山嵐がこちらを見下ろしている。
余裕の笑み。
まるで、また同じように潰せると言わんばかりに。
その瞬間。
男の中で、何かが音を立てて燃え上がった。
ゆっくりと顔を上げる。
充血した目。
食いしばった歯。
喉の奥から漏れた声は、獣の唸り声みたいに低かった。
「――今日こそは」
その一言には、積み重ねた年月が滲んでいた。
何度負けても消えなかった執念。
腐りきれなかった怒り。
そして、絶対に終われないという意地。
カブト山は一歩、踏み出す。
その足音だけで、場内の空気が張り詰めた。
「はっけよいーーー」
一瞬の静寂。
観客の誰もが息を止める。
―――行司の手が上がる。
「のこったぁぁぁ!!」
爆発。
それは比喩ではない。
メカ大関の背中のロケットが噴射し、土俵を滑るように突進する。
「ロケット立ち合いぃぃぃぃ!」
解説アナウンサーが絶叫する。
ドゴォォォォン!!
激突。
だが―――
「甘ぇんだよ!!!」
山嵐、受け止める。
土俵がめり込み、足が沈む。だが、それでも倒れない。
「機械に......相撲がわかるかっ!!」
山嵐の張り手が一閃。
メカ大関の頭部にひびが入る。
(くッ.!....ここまでやっても......人間をやめても山嵐には......)
ここで負けたら全てが無駄になる。
あきらめかけたその時、
観客席から声がかかる。
「特訓の成果をだせっ、カブト山!」
それは地獄のリハビリに最後まで付き添い、
かつてヨロイ山だった男に機械の体を与えた男だった。
―――カブト山の目に闘志が戻る。
プシュウウゥ......関節から蒸気を上げるカブト山。
カブト山の右手がゆっくりと持ち上がる。
たじろぐ山嵐に右手をかざし、
叫んだ。
「ロケッッットォォォォォ、張り手ぇぇぇぇぇっぇぇぇぇ!!」
ーー次の瞬間。
ボンッ!!
爆ぜるような音と同時に、肘から先が射出された。
圧縮された空気が弾け、白い尾を引く。
張り手は一直線に、空間そのものを切り裂くように進み、
山嵐の顎を寸分たがわず打ち抜いた。
一瞬、意識が飛ぶ横綱・山嵐。
その隙を、メカ大関は見逃さない。
「今だっ!!!」
背中のロケットを噴出し、カブト山が迫りくる。
積年の思いを乗せ、とどめの左手の張り手を繰りだそうとした。
その瞬間
「お手つき~」
固まる観客。
「ただいまの決まりて、おてつき~」
―――土俵に右手が転がっていた。




