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第一話 メカ大関 カブト山

土俵が、唸っていた。


否――唸っているのは土俵ではない。

その土俵下で胡坐をかく、鋼鉄の巨体。


誰が読んだか、メカ大関。

大関 カブト山 機太郎である。


歓声が、波のように場内を転がっていた。

座布団の擦れる音、拍手、口笛、力士の名を叫ぶ声――それらが渦になり、土俵を中心に膨れ上がっていく。

 

行司が土俵へ姿を見せた瞬間、ざわめきは一段高くなる。

期待が熱となって充満し、館内の空気はじっとりと重い。


観客たちは前のめりになり、まだ始まってもいない取組を待ち構えている。


「東ーーー! カブト山ぁぁぁぁ!!」


歓声が爆発した。

地鳴りのような声の奔流が国技館を揺らし、土俵の砂が微かに震えた。


身長一九〇センチ。

だが、実際の威圧感はそれ以上だった。


全身を覆う鉛色の装甲は、金属特有の鈍い光を放っている。

まるで砲弾や戦艦の外板を削り出したような、重く、無機質な色だ。


肩幅は異様に広く、腕は丸太のように太い。

関節の隙間からは黒い駆動部が覗き、歩くたびに低い作動音が響く。

ギギ……と軋むその音は、生き物の呼吸というより、巨大兵器の起動音に近かった。


胸部中央には、赤いランプ。

心臓の位置に埋め込まれたそれは、ドクン、ドクン、と脈打つように明滅している。


ただの機械灯ではない。

まるで怒りか闘志そのものが内部で燃えているかのようだった。


背中には二基の巨大なロケット噴射腔。

黒く焼け焦げた噴出口からは、時折、白い蒸気が漏れ出す。

圧力を逃がすたびに、プシュゥゥ……という音が場内へ響き、最前列の観客が思わず身を引いた。


対するは‐――


「西ーーー! 山嵐ぃぃぃぃ!!」


ズンっ、地面が沈む音がする。


観客席から見て左側。

そこで立ち上がる男を見た瞬間、場内の空気が変わった。


歓声が、一瞬だけ止む。


生身。

確かに肉体は人のものだった。


だが――人間が持つ柔らかさがない。


裸の上半身は岩肌のように盛り上がり、

筋肉の繊維が皮膚の下で蠢いている。


太い首と隆起した肩が、異様な威圧感を放っていた。


呼吸をするたび、全身の筋肉が軋む。

その音さえ聞こえてきそうなほど、異様な圧力がある。


額には古傷。

鼻は潰れ、耳は変形し、幾千もの死線を越えてきたことを物語っていた。


だが、何より観客を凍らせたのは――その目だった。


黒い。

底の見えない闇が宿っている。


睨まれた者は、本能で理解する。

「あれと戦ってはいけない」と。


いつからか、人は彼をこう呼ぶようになった。


横綱・山嵐 唯我独尊――鬼を宿した男。


土俵際で足を止めた男が、ゆっくりと肩を回す。

ゴキ、と骨が鳴る。


その瞬間。

メカ大関の胸の赤いランプが、ドクン、と一際強く脈動した。


まるで機械ですら、目の前の化け物に反応したかのように。


山嵐は、土俵中央に立つメカ大関を黙って見ていた。

歓声など耳に入っていない。

周囲の熱狂から切り離されたように、その視線だけが静かに相手を舐める。


まず足元を見る。

重量級特有の沈み込み。

だが、土俵にめり込むほどの巨体に反し、重心が異様に安定している。


次に腰。

装甲の継ぎ目。

可動域。

ロケット噴射腔の角度。


そして胸の赤いランプへ。


ドクン。

ドクン。


脈打つ光を見つめながら、横綱はわずかに目を細めた。

値踏みしているのだ。

どこまで壊せるか。

どこを潰せば止まるかを。


メカ大関の全身から蒸気が噴き出す。

金属音が低く唸る。


普通の力士なら、その威圧感だけで飲まれていた。


だが横綱は違う。


ふっ、と鼻で笑う。


「関係ねぇよ」


その顔には恐怖も警戒もない。

あるのは、猛獣が獲物を見る時の静かな興味だけだった。


やがて横綱は首を鳴らし、ゆっくりと両手を広げる。


筋肉が膨れ上がった。

皮膚の下で何かが蠢くように血管が浮かび、空気が張り詰める。


観客席の誰かが息を呑む。


鬼を宿した男。

その異名が誇張ではないと、場内の全員が理解していた。


そして横綱は、獰猛な笑みを浮かべながら呟く。


「機械だろうが何だろうが、全員つぶしてやるよ」


人を見下し、鼻で笑う横綱山嵐。


メカ大関は答えない。


ただ、あの頃の記憶

ヨロイ山という一人の人間だった時の記憶。

その記憶の扉が静かに開いていく。



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