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第十二話 奥の手5

山嵐が一歩踏み出す。

たったそれだけ。

それだけなのに、胸の奥がざわつく。


巨大な獣に睨まれた時のような、本能的な恐怖。

鋼鉄の身体になっても、その感覚だけは消えなかった。

 

――強い。

 

認めたくなくても分かる。

目の前にいるのは横綱だ。

何度挑んでも勝てなかった男だ。

思わず足が下がりそうになる。


その時だった。


 『俺は……びびっちまったんす』


タコス山の声が蘇る。


 『そんな自分が……情けなくて……』


カブト山の目が見開かれた。

脳裏に浮かぶ。

松葉杖をついた弟弟子。

泣きながら悔しいと繰り返していた姿。

拳がぎりりと鳴る。


――違う。

――俺は。

――引けない。

 

 プシュゥゥゥゥーーーーー!!

 

白い蒸気が吹き上がる。

赤い眼光が再び燃え上がった。

山嵐を真っ直ぐ見据える。

そして吠える。


「まだ――終わりじゃないっ!!」


カブト山は山嵐から目を逸らさない。

そのまま右手を顔へ持っていく。

そして――。

右の鼻穴を、人差し指で塞いだ。


……。


一瞬の沈黙。

観客席がざわつく。


「なにしてんだ?」

「鼻ほじってんのか?」

「取組中だぞ!?」


カブト山は動じない。


 フンッ!!


勢いよく息を吐き出した。


 プシューーーッ!!


だが、その音はいつもの蒸気音とは違った。


低く。

重く。

どこか不気味な響き。


次の瞬間。

左の鼻穴から黒い煙が噴き出した。


 ボフッ!!


煙は瞬く間に広がる。


 ボフッ!


 ボフボフボフッ!!


まるで墨汁をぶちまけたような黒煙が土俵を覆い尽くした。

視界が消える。

山嵐の姿も。

カブト山の姿も。

行司の姿さえ見えない。

 

特殊ゴーグルをつけたダイジョバナイ博士だけが煙幕の中の状況を把握する。

その口元には笑みが浮かんだ。

 

「アレはうまくいったようだね......カブト山」

 

 

観客席がどよめきは収まらない。

 

「うおっ!?」

「なんだなんだ!?」

 

実況席でもアナウンサーが身を乗り出した。


「み、見えません!!」

「土俵上が真っ黒です!!」

「カブト山、まさかの煙幕攻撃ぃぃぃぃっ!!」


黒煙はなおも広がり続ける。

国技館全体が息を呑んだ。


黒煙の中、山嵐は動かない。

腰を落とし、視線だけを巡らせる。


どこから来る。

右か。

左か。

それとも上か。


煙幕など本来は小細工に過ぎない。

だが、相手はメカ大関カブト山。

何をしてくるか分からない。


国技館が静まり返る。

観客も実況席も固唾を呑んで見守っていた。


やがて――。

黒煙がゆっくりと薄れていく。


 スゥゥゥ……。


土俵の輪郭が見え始める。

まず現れたのは、一つの人影。

カブト山だった。

腕を組み、仁王立ち。

まるで勝利を確信したかのように堂々と立っている。


「なんだ……?」


観客席から戸惑いの声が漏れる。


だが次の瞬間。

その戸惑いはどよめきへ変わった。


「お、おい……」

「隣……!」

「誰だあれ!?」


カブト山の脇だった。

右側。

そこにもう一人、カブト山が立っている。


赤い肌をしたカブト山。

同じ顔。

同じ体格。

同じように腕を組み、微動だにしない。


そして。

左側にも。

今度は青い肌をしたカブト山。

こちらも腕を組んだまま、土俵中央に立っていた。


三体。

カブト山が三体。

まるで信号機みたいな色違いの巨体が、横一列に並んでいる。


実況席のアナウンサーが絶叫する。


「ふ、増えたぁぁぁぁぁっ!!」

「カブト山が増殖したぁぁぁぁぁっ!!」


固まる山嵐。

三体の鋼鉄力士が腕を組み、横一列に並んでいる。


国技館は静まり返っていた。

何が起きているのか。誰一人理解できていない。


山嵐も例外ではなかった。

さすがの横綱も一瞬だけ言葉を失う。

だが、それもほんの僅か。

すぐにいつもの獰猛な笑みが戻った。


 フン。


鼻を鳴らす。

 

「雑魚が三人になったところで――」

 

「これで終わりじゃない」

 

カブト山が言葉を遮る。

山嵐の眉がぴくりと動いた。


嫌な予感がした、とても嫌な予感。


カブト山は全身に力を漲らせる。

次の瞬間


 ポンッ。


 ポンッ。


背中から手のひらサイズの小さい何かが飛び出した。

 

「……あ?」


山嵐の口から間の抜けた声が漏れる。

観客も同じだった。


飛び出したそれは小さなカブト山。

頭に髷。

胸に炉心。

無駄に再現度の高いミニメカ大関。

しかも二体。


 ヒューーーン。


二体のミニカブト山が宙を舞う。

そして、空中で膨らみ始めた。


「なっ――」


ぐん。

ぐんぐん。

ぐんぐんぐん。


大きくなる。

巨大化する。

もはや理屈も何もない。


観客たちが見守る中、

二体のミニカブト山は力士サイズまで膨れ上がった。


 ズシィィン!!


 ズシィィン!!


土俵へ着地。

片方は黄色。

片方は緑。

赤。青。黄。緑。

そして中央のカブト山。


五体。

五色のメカ大関が並んでいた。


実況席のアナウンサーが頭を抱える。


「ふ、増えたぁぁぁぁぁっ!!」

「また増えたぁぁぁぁぁっ!!」

「カブト山が戦隊モノになりましたぁぁぁぁぁっ!!」


山嵐の顔に驚愕が浮かぶ。

だが、横綱として、いや、山嵐唯我独尊として退くという選択肢はない。

むしろ前へ一歩進み、吐き捨てた。

 

「ザコが束になったところでザコはザコだ」

 

肩を回し、首をゴキリ、と鳴らす。

 

「――まとめてかかってきやがれっ!!」

 

怒号が国技館を揺らす。

横綱の啖呵に観客席から歓声が上がった。

 

中央のカブト山はゆっくりと組んでいた腕を解く。

そして、すっと右手を上げ、山嵐を指さした。

 

「行くぞっ、みんな」

 

「「「「 おうっ! 」」」」

 

色違いの四体のカブト山が同時に前へ出た。

 

 

群れを成したカブト山たちが、一斉に山嵐へ襲いかかる。

赤、青、黄色、緑。それぞれが違う方向から土俵を駆ける。

  

「チッ――」

 

山嵐は舌打ちをする。

だが、それでもまだ終わりではない。

 

 ポンポポンポンポポンポンポン♪

 

軽快なリズムを刻みながら、次々とミニカブト山が射出される。

飛び出したミニカブト山は空中で手足をばたつかせながら膨張し、色とりどりのカブト山へと成長した。

 

「お、おおぉっとぉぉぉ!!」


実況アナウンサーの声が裏返る。

もはや何を実況しているのか本人も分かっていない。


「赤カブト山が回しを掴んだぁぁっ!!」


土俵際で赤カブト山が横綱の回しにぶら下がる。


「さらに金カブト山が左腕を押さえているぅぅぅっ!!」


金色に輝くカブト山が横綱の腕にしがみつく。


「ピンクカブト山は――な、なにをしているんだぁぁぁっ!?」


ピンクカブト山の人差し指が横綱の鼻の穴へ突っ込まれていた。

観客席がどよめく。


「しかし横綱笑っているぅぅぅっ!!」


山嵐の口元が吊り上がる。

さすが横綱。

この程度では動じない。

 

「いや違うぅぅぅっ!!」

 

アナウンサーが絶叫する。


「迷彩柄カブト山がこっそり脇をくすぐっているぅぅぅぅっ!!」

 

迷彩柄カブト山は完全に背景へ溶け込みながら、横綱の脇腹へせっせと指を這わせていた。


山嵐の肩がぴくぴく震えている。

笑っていたのではない。

耐えていたのだ。


 ポンポポンポンポポンポンポン♪


さらに新たなカブト山が射出される。

銀。縞模様。ラメ入り。

観客たちの視線は忙しく左右へ飛び回った。


「ど、どこを見ればいいんだ!?」

「増えすぎだろ!」

「誰か数えてくれ!」

 

 ポンッ♪

 

また一体。

飛び出したミニカブト山が空中で膨らむ。

そして――。

 

「ぎゃああああああっ!!」

 

最前列の子供が泣き出した。

現れたのはスケルトンカブト山。

半透明の装甲の内側で、歯車や配線がむき出しになっている。

しかもなぜかニヤニヤ笑っていた。

 

「お母さぁぁぁん!!」

 

子供は母親へしがみつく。

母親も少し泣きそうだった。

 

アナウンサーの額に汗がほとばしり、目は充血して真っ赤になっていた。

実況席の机を叩き、命を燃やす。

もはや実況というより意地である。

 

「青筋を浮かべた赤カブト山が青カブト山を後ろから押して、青カブト山の顔が赤くなり、それを真っ青な顔した黄カブト山が、紫カブゴブァーーッ」


舌を噛み、机に突っ伏す。

赤い染みがゆっくりと机に広がった。

 

 

中央のカブト山は、押し合う仲間たちにもみくちゃにされながらも高笑いを上げた。

 

「なーーっはっはっはっは!!」


胸を張る。誰かに足を踏まれる。

 

「どうだ山嵐!! 何もできまい!!」

 

腕を組む。誰かの肘が顎に入る。

 

「山嵐……」

 

キリッと顎を上げる。

 

「六道輪廻へ落ちるがよい」

 

――決まった。完全に決まった。

 

「なーっはっはっは――え?」


その時だった。

違和感。

足元が揺れる。

 

カブト山はゆっくりと視線を前方へ戻す。

違和感の正体――それはカブト山自身。

増えすぎたのだ。

土俵の許容量を完全に超えていた。

 

赤カブト山が押される。

青カブト山が押し返す。

黄カブト山が巻き込まれる。

緑カブト山が持ち上げられる。

後ろから来た銀カブト山が突っ込む。

 

結果――

全員が前へ進んだ。

 

「ちょっ」

 

ズズズズズズズ……。

 

土俵上のカブト山たちが、一つの巨大な濁流となって流れ始める。

 

「待て待て待て待て」

 

もう遅い。

最前列の赤カブト山が俵を越えた。

それを押していた青カブト山も越えた。

さらにその後ろの黄カブト山も越えた。

雪崩だった。

 

「うわああああああああっ!!」

 

次の瞬間。

数十体のカブト山がまとめて土俵下へ流れ落ちた。


押し出されたうちの一体、水玉カブト山が背中から落ちる。

その着地点には松葉づえを脇に置き、メカ大関の背中を見守るタコス山の足。

 

 メキョッ

 

鈍い音が聞こえた。

 

行司が軍配を掲げる。

 

「増えすぎ~」

 

「んぎゃぁぁぁぁぁぁーーーー」


行司の声をかき消す勢いでタコス山の絶叫が国技館に響き渡る。

 

「ただ今の決まり手、増えすぎ~」

 

全治2週間が4週間になった。


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