第十一話 復活!禁じられた技
結びの一番。場内は割れんばかりの熱狂に包まれていた。
アナウンサーの声が、その喧騒をさらに押し上げる。
「さあ来ました! 本日の結びの一番! 東からはメカ大関、カブト山ぁぁぁっ!!」
東の花道が開く。
ギギギ、プシューっ!
金属の関節がこすれる鈍い音とともに肩、背中、肘から蒸気を噴き上げる。
噴出された白い蒸気は花道を満たし、幻想的な雰囲気を醸し出した。
ズシンッ......ズシンッ......
やがて、蒸気の中からゆっくりと姿を現したるは
ご存じ、メカ大関 カブト山機太郎。
ワァアアァァァァーーーー!!!
鋼鉄の巨体の姿が現れた途端、歓声のボルテージがもう一段跳ね上がる。
一歩踏み出すたびに、土俵下の空気が震えた。
「がんばれよー、カブト山」
「今日はどんな負け方するんだ~」
「おっちゃんが一緒に戦ってやろうか~」
観客席から野次が飛ぶ。メカ大関の登場には誰もが声を上げずにはいられない。
だが、その熱狂の渦の中、ただ一人、他とは異なる面持ちの男がいた。
男の名は――タコス山百々須戸。
土俵下ではタコス山が、その巨体を静かに構えたまま、カブト山の背中を見上げている。
視線は交わらない。
だが、頭の中には先ほど交わした言葉がよみがえった。
横綱が怖い、と。
自分と一緒だ、と。
そして――
『次の取組――』
『俺の背中を――しっかりその目に焼き付けておけ!』
不器用ながらも力強く、そしてどこまでも深く優しい言葉。
兄弟子の大きな背中を見上げ、タコス山は唇を震わせる。
握りこんだ拳の爪が白くなる程に力が入った。
「......大関......どうか......勝ってください」
◇
大関 カブト山と横綱 山嵐唯我独尊。
土俵上で二体の怪物が向かい合う。
カブト山は己の拳へ視線を落とす。
頭に浮かぶのはこらえ切れず涙をこぼす弟弟子の背中。
(......タコ......見ててくれよ......)
指先が食い込むほど拳を握りしめる。
(......絶対に負けられない......まずは冷静になら――)
「おいっ!」
不意に投げ込まれた声が、その思考を真っ二つに叩き割った。
カブト山の意識は反射的にそちらへ引きずられる。
考えるより早く顔が動いていた。
はっとした時には、すでに声の主、山嵐唯我独尊へ視線を向けている。
山嵐は口元をぐにゃりと歪める。
馬鹿にしたような半笑い。
獲物を見つけた子供のようでもあり、弱い者いじめを楽しむ不良のようでもある。
「こっち向くなよ、ブリキ野郎」
言い終える前から笑いを堪えきれていない。
くくっ、と喉を鳴らしながら顔を背ける。
――なんだ、急に。
意味がわからない。
カブト山は怪訝な顔をし、山嵐を睨みつける。
横綱は平然とした顔をして、唇を尖らせながら続ける。
「石されちゃうヨー、怖いヨーー」
山嵐は肩をすくめながら、わざとらしく頭を抱える仕草をした。
観客席からくすくすと笑い声が漏れる。
その瞬間、カブト山の脳内でカチリと繋がる。
石、先場所、伸びた髷。
行司の『ただいまの決まり手、髪結い不十分~』という間抜けな声。
そして、翌日の各社の新聞の見出し――
『メカ大関、また敗北!』
『メデューサ山、髪の毛で張り手』
『お前が石になって反省しろ』
カブト山の頬装甲がピクリと震える。
胸部炉心が明滅しだした。
――あのやろう!!
ピイィィィィーーーーーーッ!!
関節部から白い蒸気が勢いよく噴き出し、甲高い音が国技館に響き渡った。
――あの世でタコに土下座させてやる!
カブト山はギリリと奥歯を噛み締めた。
◇
「見合って、見合ってぇぇぇーー」
行司の声が響き渡る。
土俵の中央、二つの巨体が向かい合う。
プシュゥゥゥゥ……。
カブト山の肩から蒸気が噴き出した。
白い煙が視界を覆う。
その向こうに、いくつもの光景が浮かぶ。
『大関ならできるっス』
『まぁ、なんとかなるっスよ』
アフロ髷をゆらゆらさせ笑うタコス山。
気楽そうな顔。だが、まっすぐな男。
百裂張り手もあいつがいなきゃ完成しなかった。
泣き言を吐くたびに笑われた。
落ち込むたびに励まされた。
気づけば、いつも隣にいた。
――安心しろ、仇は......とる。
カブト山はゆっくりと腰を落とす。
正面には規格外の威圧感を放つ、横綱、山嵐唯我独尊。
「はっけよい――」
その声を境に山嵐の空気が変わった。
先ほどまで浮かべていた嘲るような笑みが消える。
口元から力が抜け、肩の位置がわずかに落ちる。
それだけだった。
それだけなのに。
国技館の空気が重くなったように感じた。
山嵐の目が細まる。
鋭く。
さらに鋭く。
その視線に遊びはない。
挑発も、嘲りもない。
ただ、狩る側の目。
山嵐唯我独尊の本性が、静かに牙を剥いていた。
「のこったぁぁぁぁ」
次の瞬間、
土俵が、爆ぜ――なかった。
踏み込みの轟音も砂煙もない。
カブト山は右手を前に突き出した。
赤い眼光はギラリと光る。
「ロケットぉぉぉぉ張り手ぇぇぇぇぇーーっ!!」
ボンっ
爆ぜるような音と同時に、肘から先が射出された。
白い蒸気を尾のように引きながら、鋼鉄の掌が横綱に向かって一直線に飛ぶ。
誰もが目を見開いた。
観客席がざわめく。実況席のアナウンサーも思わず立ち上がった。
「ろ、ロケット張り手だぁぁぁっ!!」
その声に場内がどよめく。
忘れるはずがない。
かつてカブト山が放った必殺技。
だが、その結末はあまりにも有名だった。
射出した右腕が土俵をころころと転がり――結果、おてつき。
まさかの反則負け。
「ちぃっ――なめるな!」
横綱の右腕が唸る。
バシィンッ!!
飛来したロケット張り手を叩き落とした。
鋼鉄の右腕が弾かれ、勢いよく土俵へ落下する。
観客席から悲鳴が上がった。
「やっぱりダメだぁぁぁ!」「またおてつきだぁぁぁ!」
だが、
シュルルルルルルルッ!!
奇妙な音が響く。
落下していた右腕が途中で止まった。
次の瞬間。
まるで魚を釣り上げるような勢いで、腕がカブト山の元へ引き戻される。
白い蒸気を引きながら一直線。
シュコンッ!!
右肘へ吸い込まれるように接続された。
「……は?」
実況席のアナウンサーも口を開けたまま固まった。
横綱の眉がぴくりと動く。
「なに――」
言い終わる直前――
パァンッ!!
射出された左の鋼鉄の張り手が横綱の頬を打ち抜いた。
山嵐の顔がわずかに流れる。
どよめきが爆発した。
左腕もまた土俵へ落ちることなく、
シュルルルルルッ!!
猛烈な勢いで引き戻される。
シュコンッ!!
再び肘へ収まった。
その瞬間、銀色の線が肘の中へ吸い込まれるように消えた。
観客たちが目を凝らす。
「今、なんか見えなかったか!?」
「紐か!?」「違う、ワイヤーだ!!」
実況アナウンサーが絶叫する。
「わ、ワイヤー付きでロケット張り手が復活だぁぁぁぁっ!!」
館内がどよめく。
観客たちはまだ何が起きているのか理解できていない。
だが一つだけ分かる。
あの失敗技が帰ってきた。
しかも以前とは別物になって。
カブト山は鼻息混じりに胸を張った。
プシュゥゥゥッ!!
蒸気が噴き上がる。
両腕を眼前に突き出した。
「これが新必殺技――」
赤い眼光がぎらりと光る。
「無限ロケット張り手だあぁぁぁぁっ!!」
ガコンッ!!ガコンッ!!
両肘が同時に開く。
次の瞬間。
左右の腕が白い尾を引きながら射出された。
銀色のワイヤーをなびかせ、二つの砲弾が流星のように横綱に迫る。
パァンッ!!パァンッ!!
飛来したロケット張り手を、山嵐は右手一本で叩き落とした。
まるで飛んできた虫でも払うような動作だった。
シュルルルルッ!!
弾かれた腕がカブト山の元へ戻る。
だが横綱は見向きもしない。
ゆっくりと一歩、前へ出る。
「そんな腑抜けた技――」
低い声が響く。
もう一歩。
俵を踏み潰さんばかりの重い足取り。
「何発だしたところで」
さらに一歩。
山嵐の口元が、獰猛に吊り上がる。
「本気で俺を倒せると思っているのか?」
その瞬間、国技館の空気が変わった。
歓声が止み、観客たちが息を呑む。
たった三歩。
それだけだった。
それだけなのに、横綱が近づいてくるたびに土俵が狭くなっていくような錯覚を覚える。
カブト山は答えない。
ただ、拳をゆっくりと握りこんだ。




