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25)隅にある平穏

この世界に知らずにいられたら、この苦しみは味わずにすんだのだろうか。

或いは、このままこの世界に留まれば、胸が張り裂けそうな悲しみは無くなるのだろうか。


けれど、同時に思うのだ。


楽な選択をしたとして、その先には何が待っているのだろうか。

私はきっとまた同じことで悩むのだろう。

元の世界を想って苦しむのだろう。

それでは駄目なのだ。


だから、私は、この世界にお別れすることにした。


「元気でね」

「本当にもう会えないのですか?」


メラが泣きそうな顔で問うてきた。

バルバラ卿が優しい仕草でメラの肩を抱き、一緒に別れを惜しんでくれている。

千鶴は上手く声がかけられず、かろうじて頷いた。


「貴女の故郷はずっと遠いところにあるのですね」

「……はい。帰ったらもうここには戻ってこれないと思います」


慰めるようにメラの肩を抱く力が強くなったのが分かった。

一層悲しさが深くなった千鶴に気が付いて、バルバラ卿はゆっくりとした口調で尋ねる。


「皆様にお別れは済んだのですか?」

「ええ」

「エブァン様にも?」


千鶴は苦笑しながら顔を左右に振った。


「エブァンには会ってません。そのことでお願いがあるんです」


左肩に掛けた鞄の中から手紙を取り出す。

バルバラ卿に差し出すと、ため息が降ってきた。


「やはり、そうでしたか。その手紙はエブァン様宛なのですね」

「はい、受け取ってもらえますか」

「そうすることで、貴女は後悔されませんか」

「ええ、自分で決めたことです」

「そうですか……」


それ以上何も言わず、バルバラ卿は丁寧な仕草で手紙を懐に収めた。

泣き出しそうなメラの手を握って最後のお別れをする。


「今までありがとう。バルバラ卿と末永く幸せに」

「サラも元気でね!!」


離れていく二人に手を振って、後ろ髪をひかれる思いで屋敷を後にした。

歩き慣れた道を行き、二度と訪れないだろうと思っていた路地裏に入る。


そこは前と何も変わってはおらず、相変わらず猫のたまり場となっているようだ。

モヨギは古い木箱の上で、気持ちよさそうにくつろいでいた。


「こんにちは」


頭をなでると目を細め、ぐるぐると喉を鳴らしながら来訪を喜ぶ。

とても数多の人を苦しめてきた『慈悲深い悪魔』には見えない。


深い深呼吸をし、目を伏せて願う。


「ヨモギにお願いがあるの」


とたんにヨモギが目を見開き、耳をピンと立てる。


「あのね――」

「チズ!!」


自分を呼ぶ声に反射的に振り向く。

ひっ、と短い悲鳴が喉から漏れ、心臓が痛いほど跳ねた。

エブァンの姿がこちらに近づいてくる。


「なんで……」


思考が停止する。

疑問ばかりが頭をよぎり、予想外の出来事に体が固まって動けなかった。


エブァンが来れないように誰にも帰る日を話していなかった。

私が元の世界に帰ると言ったのは唐突で、忙しいはずのエブァンが来れる時間なんてなかったはずだ。


あっという間に抱きしめられる。

乱れた息が耳をくすぐった。


「間に合ってよかった」

「なんで、なんで……」


エブァンは拗ねたように口をとがらせた。


「ライから聞いた。罪を揉み消すって条件と引き換えにね」

「……その話を受けたの」

「形振り構っていられなかったからね」

「でも、それじゃエブァンが!!」

「チズが黙っていこうとするのが悪いんだろう」


エブァンに会わずに帰ろうとしていたのは、決心が鈍ると思ったから。

もしかしたら、元の世界に帰れなくなるかもしれない。

それが怖かったのだ。


なにも言い返せないでいると、エブァンの真剣な目と目があった。


「チズを苦しめるかもしれない。けど、聞いてほしい」


そよそよと風が頬を撫でていく。

少しの間、静寂がたちこめた。


「君が好きだ」


強い感情に引きずられ、涙があふれた。

それは、喜びだったり、幸福だったり、悲しみだったり、絶望だったりして私を苦しめる。

許容範囲を超えた、ごちゃごちゃな感情は、持て余すしかなくてどうしていいかわからない。


「それは……聞きたくなかったな」


元の世界に帰りたくなくなる。

このままエブァンと共に居れることを願ってしまう。

それではいけないってわかってるのに、馬鹿な私は同じことを繰り返そうとする。


「ごめん、今の私ではチズの願いを叶えることができない。ヨモギに頼るしかないっていうのもわかってる」


再び強く抱きしめられた。


「けれど、きっと迎えにいくから。だから待っていてほしい」


溢れた涙は行き場をなくして、頬を伝った。

諦めようとしていた恋心。

けれどもう一度、抱いてみようか。


「私もね、エブァンが好き」

「迎えに行くから」

「うん」

「待っていて」

「うん」


覚えていよう。

この言葉を、この声を、この広い胸を。


――幸せに満たされた感情を。


ゆっくりと唇と唇が離れていく。


エブァンの言葉を信じて、握っていた手を離した。

私は願う。

さまざまな思いを抱いて。


「私を元の世界に返して」


ヨモギは座っていた木箱から降りると、ことことと歩み寄ってきて、きょとんとした顔で見上げる。


「さよなら」

「ナァーーーーー!!」


一際大きな鳴き声が聞こえると、頭を殴られたかのようにぐらぐらと視界が揺らいで、感覚が麻痺する。

視界が黒く染まり、地面が揺れているかのようにぐらぐらとする。

気持ち悪さを必死で我慢していると、ふっと切れるように酔いから覚めた。


目を開けると、懐かしい家の玄関に立っていた。

片手には高校の卒業証書を持ち、高校の制服だったブレザーを着ている。

まるで夢から覚めたよう。

けれど、左手の薬指にはエブァンからもらった指輪がはまっていた。


もう泣きたくないのに止まっていた涙がじわじわとあふれ、止まらない。

縋り付くように指輪を押さえた。


「千鶴ちゃん、帰ってきてるのー?」


懐かしい声が聞こえ、ひょっこりとお母さんが顔を出す。

泣いてる私を見るなり、笑って頭を撫でた。


「あらあら、泣いちゃって。大丈夫よ、また会えるわ」

「お母さん!!」


靴を脱ぐ間もなく、温かくて懐かしいお母さんに抱き着いた。


「お母さん、お母さん」


子供のように何度も呼ぶと、しょうがないなとでも言うように笑った。

慰めるように背中を撫でてくれる暖かさに、その日は声が枯れるまで泣いた。


――王子様が迎えに来てくれる日はそう遠くない日の出来事


fin.


やっとこさ最終話まで書けました。

約1年、長い間お付き合いいただいた読者様。

本当にありがとうございました。

飽き性な私が一つの物語を書き終えたことに感動すらしてます。

未熟な面が目立つ作品ですが、応援してくださった方がいることは私の支えでした。

これから暫くはムーンの方の活動が主になると思います。

櫻行進曲は超亀更新ですからね笑”

他の作品でもお会いできることを願って。

今までありがとうございました。


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