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五、再び奈良の旅 その1

次に沙希と奈良に行ったのは

そういった付き合いが始まって半年後くらいであった。

今回は彼女が強く奈良行きを望んだのである。

それはその日帰らなければならない

いつもの逢瀬での別れが

辛かったせいだけではないかも知れない。

彼女は時間をかけて私に話したいことがあったのだ。

私は奈良行きを彼女が言いだしたときから

それを感じていた。

前の旅は秋であったが

今回の旅は春になっていた。

前回の時は慎重に

ホテルで落ち合ったが

今度は京都駅で待ち合わせた。

そして昼ごろに奈良に着いたのである。

旅行の直前に会った時に

私は彼女に行き先の希望を聞いていたが

彼女が静かなところがいいとだけ言っていた。

そこで私はタクシーを使って

当尾方面に行くことにした。


当尾は京都府ということになるのだが

近鉄奈良駅から車だと15分位の距離である。

駅から5分ほど走るともう山の中である。

岩船寺は、山の幸をぶら下げた無人スタンドが並ぶ

静かな集落の一角にあった。


このお寺の入り口に向かうと

山門がまるで額縁のようになって

三重塔が楚々としたたずまいが見える。

本尊阿弥陀如来像は平安時代の秀作である。

庭も大きくはないが味わいがあるお寺である。

私は彼女が何を言いたいのか気になっていたが

彼女はずっと黙っていた。

でもそれがこの寺にはふさわしいのかもしれない。


次に浄瑠璃寺に向かった。

このお寺は九体寺とも呼ばれ

山ふところに隠れるように位置している。

ここの庭は池をはさんで西に阿弥陀堂、

東に三重塔が相対して静かなたたずまいをみせている。

私は沙希と池を回るようにゆっくりと歩いて

彼女が話を始めるのを待ってみた。

ここの庭は狭くも広くもなくちょうどいい。

しかしここでも彼女は何も語らない。


池の東側に静かにたたずむ三重塔には

瑠璃光世界を守護する薬師如来像が

安置されているがふだんは拝観はできない。

しかしそれがこのお寺の名前となっている。

池の西側の阿弥陀堂は拝観出来る。

本堂に入ると

ずらりと九体の阿弥陀様が並んでいる。

ここの阿弥陀如来様たちは圧倒的な迫力で迫ってくる。

彼女はますます無口になったのである。


ちょうど吉祥天立像の厨子が開帳されていて

豊麗な艶やかな姿を見せてくれる。

秘仏となっているためか彩色がよく残っている。

彼女に嫉妬させてみたくなり

わざとゆっくりと前に立って眺める。

それでも彼女は黙ったままである。


その日の最後には円成寺に向かうことにした。

途中のタクシーの中で

私は二つの寺の感想を聞くが

良かったですという答えしか返ってこない。


円成寺も山門の前の池が美しい。

本堂の阿弥陀如来坐像は

平安時代の定朝様式のものであるが美しい像である。

しかしここは若き運慶の作品として知られる

大日如来像が有名である。

大日如来像は多宝塔に安置されているが

ガラス越しに見るのが残念である。

しかし20歳の運慶が

藤原時代の伝統を破って

新天地を拓こうとした気概が

感じられる若々しい表情である。


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