五、再び奈良の旅 その2
寺の中には誰も他にはいなかった。
それをを幸いに
私はしばらく彼女の肩に手を置いて
お堂の前に佇んでいたいと思ったが
彼女の肩はそれを拒んでいるように感じて
私は手を回すのを止めて
彼女の背中と大日如来を交互に眺めていたのである。
お寺を出るころになって雨が降ってきた。
私が傘を差し出して
恋の道行だねというと
初めて彼女の顔がほころんだのであった。
私はいつまでも同じ傘の中に居たかった。
しかしタクシーの運転手が待っているのでそうはいかない。
猿沢池のそばのホテルに着いた頃には
日暮れに近づいていた。
今度はツインの部屋を取っていたのである。
荷物を部屋に置いて
すぐにダイニングルームに向かったのであるが
それまでほとんど口をきかなかった彼女が
急に口数が多くなったのである。
もともと初めて会った頃の彼女はむしろ饒舌な方だった。
仕事のことでも、
趣味の話でも頭のいい彼女はとても明快な見解を持っていた。
特に映画に関しては
数多くの作品を見ているということもあって
分かりやすい言葉で解説をしてくれたので
私は彼女の映画評を聞いてから
映画に出かけたほどであった。
しかしそんな彼女も私とこのような関係になってからは
以前よりずっと口数が減っていたのである。
もちろんそれは不機嫌ということではなくて、
目や指のしぐさで語るということが
多くなったということかもしれない。
そして私の質問に対しては相変わらず丁寧ではあるが
はっきりとした答えをしていたのである。
その彼女が旅行中はほとんど寡黙になっていたが
何かを言いたそうにしていることは私も感じていたが
なぜか聞き出すことを恐れていたのである。
そんな彼女が夕食のときになると急にまた饒舌になり
今日見た仏像のことなどを話し始めたのである。
しかし彼女が本当に話したいことは
そういうことではないと
うすうす感じてはいたのである。
それは食事を終えてバーに行って
飲んでいるときも変わらなかった。
そこでとうとう痺れを切らした私は彼女に切り出した。
「君は何か言いたそうに見えるけどね・・・」
すると彼女は頷いて
「ここでは話せないので部屋に行きましょう。」
と立ち上がって私を促したのである。
部屋に戻るなり私はソファーに沙希を腰掛けさして
「それで何なのかな?」と
彼女の顔を見つめて話しかけた。
すると彼女は「あとで話します」
と言って私の手を掴んできたのである。
それは彼女がそれを求める合図で会った。
私は彼女の顔に近づけてキスをして
彼女の服を脱がせ始めたのであった。
その時の彼女は
まるでこれが最後のセックスだという感じであった。
私がいつも頼んでからする行為も自分からしてきた。
私がもう休みたいと思い始めても彼女はそれを許さず
私に彼女の体のいたるところに愛撫を求めてきたのである。
そしてとうとう私がなかば一方的に行為を終らせたあとでも
彼女はその余韻の中に身を沈めるように
体をうつぶせにしてしばらく身動きしなかったのである。
しばらく私は彼女が動き出すのを待っていたが、
いつまでも彼女が動かなかったので
私はベッドから出ると
窓の外を眺めながらソファーに腰掛けて
冷蔵庫から缶ビールを出して飲んでいたのである。
そして私がもう一本ビールを出そうと
立ちあがったときに彼女が
「私にも下さい」と言ったのである。
そして沙希はベッドで上半身を起こして
しばらく黙ってビールを飲んでいたのであるが
やがて口を開いたのである。
「こういう関係はお終いにしませんか?」
私が黙っているとさらに言った。
「私は辛くなってきたのです。
将来には希望がないのに
こういう関係を続けるのが辛くなってきたのです。」
「それは別れたいということ?」と私は聞いたが、
彼女は首を横に振り
「全く別れることは今の私にはできません。
でも体のお付き合いはしないで会って頂きたいのです。
そうすれば私は夫や世間におびえずに貴方に会えるのです。」
と言ったのであった。
その時の私は計算をしていた。
彼女は自分の家庭を壊さないように
こういう付き合いをしているので
私としてはとても都合がいい関係であった。
そして体の関係がないのに
彼女との付き合いをしたいとは
その時思えなかったのである。
そして私は
「こういうことがないのなら思い切って別れよう」
と言ったのである。
すると彼女は
「どうしてもこれがないと会ってもらえませんか?」
と再度聞いて私が首を縦に振ると
「しかたがありません。
あなたがそうしたいというなら別れます。
でも旅の間は今まで通りにして下さい。
もう一度抱いて下さい。」
と言ったのである。
私は再びベッドに近づいたのであった。




