第6話 放課後の雑草
「今日は花壇の整備をします。雑草を抜いていきましょう」
おっとりとした声で、園芸部部長の中村先輩が指示を出す。
(……雑草抜きか)
先輩は花壇の前にしゃがみ込むと、ひょろりと生えた草をすぽっと抜いてみせた。
「根っこごと抜くのがポイントです。ちぎれると再生するので」
御珠が元気よく手を挙げる。
「妾、頑張るのじゃ!」
気合十分の声が響いたかと思うと、御珠がものすごい勢いで雑草に飛びかかった。
ブチッ、バサッ。
いや、雑草というより、根ごと土ごとごっそり抉り取っている。
「っちょ!張り切り過ぎだって!」
あたしは思わず声を荒げた。
「あ、天野さん、そんなに深くまで……!」
「ぬ?」
「花壇の土が……」
先輩の声が尻すぼみになった。
言われて、御珠がピタッと手を止める。
その足元には、クレーターみたいにボコボコに抉れた花壇の土。
「……やりすぎたかの」
中村先輩が、どこか遠くを見つめるような目をした。
(……仕事増やしてるし)
呆れつつ横を見ると、田中はあたしの隣でさくさくと器用に雑草を処理していた。
ふと、その手が止まる。
「……あ、これ」
「なに」
「フラサバソウです。この辺りに咲くのは珍しい」
「……へえ」
「かわいい花が咲くんですけど、トゲがあるので抜くときに気をつけないと」
「トゲ?」
「全体がトゲトゲしてて、素手だと刺さります」
(雑草とかどれも一緒に見えるけど、よく知ってんな)
「田中くん、物知りだね」
田中の解説に、先輩が感心したように声をかける。
褒められた田中は、わかりやすく頬を赤くした。
(……こいつ、本当に好きなんだな)
視線を戻すと、御珠が花壇の前でしゃがんだまま、せっせと掘り返した土を戻そうとしていた。
中村先輩がため息もつかず、静かにそれを手伝っている。
(……ご苦労様です)
―――
翌朝。
登校して御珠が下駄箱を開けると、ひらひらと一枚の封筒が足元に落ちた。
「これは……恋文かえ」
「あちゃ。やっぱきたか」
拾い上げた封筒を開け、中身を確認する。
『放課後、校舎裏に一人できてください』
いかにもなテンプレの呼び出し状だ。
「懸想するなと申しておるのに」
「皮肉に聞こえる」
こいつの無自覚なモテっぷりには本当に呆れる。
「佐々木の時みたいに無視すんのか?」
「教室に突撃されては適わん。
公開処刑は望まぬ……」
「……じゃあ行くのか?」
御珠は、少し間を置いた。
そして、じっとこちらを見上げてくる。
「……華蓮、共にゆこうぞ」
「え、めんど」
「妾、一人では怖いのじゃ」
「そんなガラかよ」
絶対に嘘だ。
微塵も怖がってなんかいないくせに。
(……まあ、行くけど)
放課後。
指定された校舎裏に向かうと、人影がひとつ、壁際に立っていた。
(いた。あいつ……昨日の……)
「ふむ」
こちらの足音に気づいて、男子生徒が顔を上げる。
昨日廊下で田中を囲んでいた、リーダー格の男だ。
「来てくれてありがとう。一人でって書いたんだけど」
「一人は怖いのじゃ」
「……まあいいや」
男は気を取り直すように背筋を伸ばし、こちらを真っ直ぐに見た。
「環境科学科の佐竹 真司だ」
「俺と付き合ってください!」
そう言って、堂々と右手を差し出してくる。
「妾には許嫁がおると、昨日も申したはずじゃが」
あっさりとした拒絶に、佐竹は顔を上げる。
「でも遠くにいるんでしょ?」
(入学初日にそんなこと言ってたな)
(他クラスなのによく調べてる)
「そうじゃの。遠くの学校へ通っておる。
家では一緒じゃ」
「げ!一緒に住んでるのはホントかよ!」
「かか。諦めるのじゃな」
笑い飛ばす御珠に対し、佐竹は引き下がるどころか、ニヤリと口角を上げた。
「ふーん。じゃあ俺と付き合ったら、田中をいじめるのやめてやるよ」
その瞬間、御珠の顔からスッと表情が消えた。
「……いま何と申した」
空気が冷えたのにも気づかず、佐竹はニヤニヤしたまま繰り返す。
「俺と付き合ったら田中をいじめるのやめてやるって言ったんだよ」
御珠は大きくため息をつくと、呆れ顔でこちらを振り返った。
「華蓮。だそうじゃ」
「ああ。しっかり録音したよ。田中をいじめてるって自白」
あたしは制服のポケットからスマホを取り出し、画面をタップして見せる。
佐竹がハッとして、顔色を変えた。
「おめー!ずりーぞ!」
「貴様のような輩の前に、何もせずに来るはずなかろう」
「くそ!録音消せ!」
顔を真っ赤にした佐竹が、あたしに向かって乱暴に踏み込んでくる。
「わわ!」
反射的に身構えた瞬間、御珠がスッと間に割り込んだ。
伸びてきた佐竹の腕を軽くかわし、そのまま下から顎の先端を狙って拳を振り抜く。
――カツン。
かすった程度の軽い音。
だが、顎を正確に撃ち抜かれ、急激に脳を揺らされた佐竹は、ふらりと糸が切れたように崩れ落ち、そのまま地面に倒れ伏した。
(……ビビった)
「先に手を出したのは貴様じゃぞ」
見下ろす御珠の冷たい声。
足元の佐竹は、ピクリとも動かない。
「やりすぎじゃない?」
「なに。ちと脳を揺らしただけじゃよ」
「どうすんだよこれ」
「死んではおらん。そのうち目が覚めるじゃろ」
「そういう問題か?」
「それより花を愛でにいくのじゃ」
御珠は気絶した男を完全に放置して、さっさと歩き出してしまう。
「……すげーなお前」
あたしは倒れたままの佐竹を一瞥し、ため息をついてから御珠の背中を追った。
―――
夜。
ベッドに寝転がりながら、あたしはスマホを開いた。
LINEを立ち上げ、匿名で参加しているオープンチャット『篠見農業情報板』のトークルームを開く。
(……問題になってないか確認だけ)
別に心配しているわけじゃない。ただの念のためのチェックだ。
今日の日付のメッセージを、親指で弾いて流し見る。
《あいつに殴られた》
《あいつは暴力女》
(いた)
(生きてたっぽい)
とりあえず、死体遺棄事件にはならなかったらしい。
画面をさらに下へスクロールする。
見事に誰も反応していない。書き込みがポツンと浮いている状態だ。
(誰も反応していないな)
ざっと見渡しても完全にスルーされている。
あたしはトークルームの入力欄をタップし、フリック入力で短い言葉を打ち込んで送信した。
《ざまぁ》
(よしっと)
自分の匿名メッセージがポンッと画面に投下されたのを見届け、一人でほくそ笑む。
すると、すぐに本人から怒りの連投が来た。
《んだと!?》
(はは)
画面の向こうで顔を真っ赤にしているであろう佐竹を想像すると、少し笑える。
だが、次に表示されたメッセージを見て、あたしの指がピタリと止まった。
《マスク女はブサイク》
(マスク女って……)
(あたし!?)
完全に自業自得のブーメランだが、無性に腹が立つ。
あたしは無言でスマホを画面から伏せ、ベッドの端へ乱暴に放り投げた。
(……次、絡んできたら蹴り入れてやろう)
八つ当たり気味な決意と共に、あたしは毛布を頭から被った。




