↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神愛 ― それいけ華蓮ちゃん ―  作者: 神愛
第2章 臆病者たちの一歩
53/63

第27話 言えない理由

市民体育館の受付を通る時、窓口の職員がこちらを見て、あからさまに深いため息をついた。


(完全に要注意人物扱いだな)


冬休みの朝っぱらからジャージ姿で押しかけているあたしたちを、すっかり厄介者だと思っているんだろう。


更衣室から出てきたのは、昨日と変わらない面々だ。

あたしと御珠、光莉、棟方、それに湊の五人。


真っ先に歩み寄ってきた湊の両手を見て、あたしは目を瞬かせた。

白い包帯のようなものが、拳から手首にかけてぐるぐると巻かれている。


「あ!湊っちの手、なんかカッコイイ!」


光莉が真っ先に声を上げて、湊の前に回り込んだ。


「え、えへへ。昨日の帰りに、スポーツ用品店に寄って……」


湊は少し照れくさそうに、はにかみながら自分の両拳を突き出してみせる。

一生懸命やってみたんだろうけど、巻き方は少し緩くて不格好だ。


「へー、自分で買ったのか」

「うん。ムナの手、痛そうだし、御珠さんも手首怪我するって言ってたから」


(……ちゃんと考えてんだな、こいつ)


いじめられていた過去から逃げるために農業高校を選んだって言っていた湊が、自分の意志で強くなろうとしている。


(覚悟決めたって顔してるよ。うん)


「おー、湊。やる気だべ!」


横から棟方が大きな体で割り込んできて、湊の肩を叩いた。


「ほんとはグローブとミットも見たんだけど……」


湊が少し照れくさそうに、両手を擦り合わせながら言う。


「高かったのか?」


あたしが尋ねると、湊は苦笑いを浮かべた。


「二つで一万円くらいして……」

「うわ、無理無理。クリスマス直後だよ?」


光莉が自分の財布を思い出したのか、げんなりした顔で両手を振る。

冬休みのこの時期は、学生にとっては一番懐が寂しい季節だ。


「お年玉前が一番金ねーんだよなー」


あたしの言葉に、全員が一斉に深くうなずき合った。


「ほう。手に布を巻いてきおったか。感心じゃ」


背後から、いつの間にか近づいていた御珠がひょっこりと顔を出した。


御珠は湊の手を両手で包むようにして取り、しげしげと眺め始める。

顔の位置が近すぎて、湊の耳が少し赤くなっているのが見えた。


(また距離が近い!)


ドキドキしている湊には悪いけど、あたしは心の中で念仏のように繰り返す。


(これは点検……これは点検……)


「じゃが巻きが甘いのう。これでは拳より先に手首をやられるぞ」


御珠が湊の手首を軽くひねるようにして指摘する。


「え、動画の通りにやったんだけど……」

「妾に任せるのじゃ。昔は晒しを巻いたものでの」


御珠はそう言うと、湊の手に巻かれていたバンテージを器用にほどき始めた。

そして自信満々な顔で、再び湊の手に布を巻き直していく。


手首にぐるぐる。ぐるぐる。ひたすら手首ばかりに布が重なっていく。


「あ、あの、御珠さん……?」


湊が不安そうに声を漏らすが、御珠の手は止まらない。

できあがった湊の右腕を見て、あたしは思わず吹き出しそうになった。


「籠手かよ」


手首のあたりだけが異様に分厚く、真っ白な塊になっている。


「きゃはは!なんか時代劇っぽーい!」


光莉がお腹を抱えて笑い転げる。


「うむ。手首さえ固めれば拳は折れぬ。昔からそういうものじゃ」


ふんぞり返る御珠に、あたしは呆れてツッコミを入れた。


「いや守るとこ半分素通しだろ」

「た、たしかに……殴ったら拳の皮、剥けそう……」


湊が自分の剥き出しの拳を見つめて、引き気味に呟く。


「なぬ?拳は打って鍛えるものじゃぞ」

「脳筋か」


あたしがすかさず言い放つと、光莉が救いの手を差し伸べるようにスマホを掲げた。


「はいはーい、動画動画」


光莉が画面をタップして、正しいバンテージの巻き方動画を再生した。

全員でその小さな画面を覗き込みながら、湊の手を包む布をもう一度ほどく。


「ほら、指の付け根に何周かさせるんだって」


光莉の指示に従って、あたしたちも手伝いながら湊の手に布を這わせていく。


「あ、なるほど……」


湊も納得したように頷いた。

手首と拳、両方に均等に布が巻かれていき、今度はしっかりと様になった形が出来上がる。

湊が何度も拳を握ったり開いたりして、感触を確かめた。


「すごい、ちゃんと拳が守られてる感じがする」


その様子を横から見ていた御珠が、どこか遠い目をして呟く。


「……ふむ。拳まで布で守る時代かえ」


心底不思議そうに自分の小さな手を見つめる御珠を見て、あたしはため息をついた。


(こいつはいつの時代を生きてるんだよ)

(江戸時代からタイムスリップでもしてきたのか?)


忍者の末裔からタイムリーパーに格上げになった瞬間だった。

現代のスポーツ科学を舐めないでほしい。


(ま、手首の理屈は合ってたけどな)


「そういや御珠、お前も『何か用意する』って言ってたよな」


昨日の別れ際に御珠が自信たっぷりに言っていた言葉を思い出し、あたしは話を振ってみた。


「うむ!よくぞ聞いてくれたのじゃ」


一瞬で落ち込みから復活した御珠が、小さな胸を張りながら堂々と言い放つ。


「鉄砲柱じゃ」

「……は?」


あまりにも突飛な単語に、あたしの思考が一瞬停止した。


「相撲の稽古で使う柱じゃ。突きを鍛えるにはあれが一番での」


御珠は身振り手振りを交えながら、楽しそうに話を続ける。


「朝方、体育館の裏に立てようとしたのじゃが」

「おい待て。柱ってお前、どっから持ってきた」


あたしは慌てて御珠の言葉を遮った。嫌な予感しかしない。


「河原に良い流木があっての」

「拾ってきたのかよ!」


「職員に見つかって没収されたのじゃ。解せぬ」


御珠は本気で不満そうに口を尖らせる。


「きゃはは!だから受付の人あんな顔してたんだ!」


光莉が手を叩いて大爆笑し、あたしは額を押さえた。


「お前のせいかよ!」


(そりゃため息もつかれるわ)


あの職員の冷たい視線の理由がようやく分かった。

完全にこいつの自業自得だ。


「鉄砲柱って、おめ、力士さでもするつもりだんずが(なのか)」


棟方が呆れたように津軽弁で尋ねると、御珠は真面目な顔で頷く。


「相撲は良いぞ。あれは完成された稽古じゃ」


御珠はその場でどっしりと腰を下ろして四股を踏み始めた。

ドスン、と体育館の床が大きく鳴り響く。


「四股は足腰、鉄砲は突きと押し。ぬしらもまずは四股から――」

「力士もいいけど、いまはパンチの練習なんだろ」


あたしが現実的なツッコミを入れると、御珠は四股の姿勢のままピタリと動きを止めた。

少しだけ気まずそうな顔をして、ゆっくりと腰を上げる。


「さて、どうしたものかの」


柱が没収されてしまった以上、的になるものが何もない。


「じゃ、じゃあ今日もムナに素手で受けてもらうしか……」


湊が申し訳なさそうに棟方を見ると、


「うぐ……」


棟方は顔を引き攣らせて、昨日湊に何度も殴られた自分の掌をそっとさすった。

さすがの筋肉モリモリ男でも、限界はあるらしい。


「そうだ」


湊が何かに気づいたように、床に置いてあった自分のリュックをぐいと引き寄せた。


「これにタオル詰めてミットの代わりにしようよ」


「おー」

「頭いい!」


光莉が嬉そうに声を上げ、あたしたちはそれぞれ持ってきたタオルや着替えを、湊のリュックの中に次々と詰め込んでいった。


「あ、これ……」


リュックのチャックを閉める直前、湊が何かを思い出したように手を止めた。

リュックの紐についていた、お気に入りのふわっとした丸っこいチャームをそっと外す。

それを壊れないように優しくポケットにしまい込む姿を、あたしは静かに見つめていた。


(……ふふ。かわいい物、大事にしないとな)


パンパンに膨らみ、即席のクッションのようになったリュックを、棟方が頑丈な胸の前にしっかりと抱え込む。


「どんだ!即席ミットだべ!」

「ふむ。悪くないのじゃ」


御珠も合格点を出したようで、満足そうに頷いた。


「では湊、打ってみるがよい」

「う、うん。いくよ。ムナ」


湊がバンテージの巻かれた拳を構え、力強く左のパンチを打ち込んだ。

ボスッという、厚みのある鈍い音が体育館に響く。


「お!ぜんぜん痛でぐね!」

「僕も!拳が痛くない!」


二人は顔を見合わせると、嬉しそうにパチンとハイタッチを交わした。


(男子ってこういうのですぐ仲良くなるよな)


さっきまでの緊張感が嘘のように、二人の距離が縮まった気がする。


「では今日の稽古を始めるのじゃ」


御珠の号令とともに、あたしたちの組手二日目が本格的に幕を開けた。


―――


体育館に敷かれたマットの中央で、御珠が偉そうに腕を組んで見回した。


「今日はこう分ける」

「湊は棟方のミットに打ち込み。妾が時折見る」


短い指で奥のスペースを指し示してから、今度はあたしたちの方へ視線を向ける。


「華蓮と光莉は昨日の続き。受け身と足払いじゃ」

「えー、また転がるのー?」


「転がるのが仕事じゃ」

「ひどい!」


光莉がぷくっと頬を膨らませて抗議する。


「妾は棟方と組手をやりつつ、全体を見るのじゃ」

「わ、ミット持ぢながら組手もやるのが!?」


棟方が目を丸くして身を乗り出した。


「交互じゃ交互。ぬしは体力だけはあるでの」


(「だけ」って言った)


あたしは口元を引きつらせて、筋肉だるまの横顔を盗み見た。


「んだか……まぁいいべ」


棟方はあっさりと受け入れた。


(本当に体力おばけだな、こいつは)


あたしたちは二組に分かれることになった。

湊と棟方は奥のマットへ向かい、あたしと光莉は手前のマットに陣取る。


「ほら光莉、やるぞ」

「はーい」


光莉が気の抜けた返事をし、あたしたちは受け身の練習から始めた。

パン、パンとマットを叩く音が体育館の天井に吸い込まれていく。


背後からは、湊が即席ミットに打ち込む音が響いてきた。

ボス、ボスと規則正しいリズムが続く。


(昨日よりいい音してんな)

(型がサマになってきたっつーか)


肩越しに振り返ると、真剣な顔で拳を打ち込む湊の姿があった。


「湊っち、なんか強そうになってきたよねー」

「まーな」


光莉の言葉に同意しつつ、あたしは少しだけ眉をひそめる。


(……こっから筋トレにはまってムキムキになったりしないよな?)


細くて可愛い湊が、棟方みたいにゴツくなる姿を想像してしまい、慌てて首を振った。


―――


しばらくして、マットの空いているスペースで御珠と棟方の組手が始まった。

マットの隅では、湊が御珠に言われた型をひたすら反復してシャドーボクシングを続けている。


「ほら光莉、次はあたしが掴むから、外してみろって」

「うーん、どうやるんだっけ……」


あたしは光莉の練習を見つつ、視界の端で二人の組手を追っていた。


(ん?)


棟方のパンチの振りが、昨日よりも明らかに小さい。

あの大振りを捨てて、隙を作らないように小刻みにリズムを刻んでいる。


(あれ、昨日と違くね?)


「ほう」


感心したような御珠の声が聞こえたかと思うと、ひらりと拳を躱した御珠がすかさず足を払いにいった。


昨日、棟方の巨体をいとも簡単に転がしたあの足払いだ。

しかし、棟方は慌てることなく半歩下がってそれを躱した。


「二度も食らわねーべ!」

「一晩で直してきおったか。良いぞ、棟方!」


(すげ。あいつ、昨日手も足も出なかったのに)


一晩で弱点を修正してくるなんて、見かけによらず器用なやつだ。


(悔しかったんだろーな。分かるわ)


「ムナっち、カッコいい……」


目の前の光莉が、ポッと頬を染めながら熱い視線を送っていた。

完全に練習の手が止まっている。


「……まーな」


(結局強いヤツがモテるのか)

(つーか、覚えんの早すぎねーか?)

(なんだかんだ場数踏んでそうだもんな)


キュッ、と踏み込む音がマットに擦れる。


昨日よりもずっと速い攻防が続く中、不意に二人がガシッと四つに組み合った。

両者の動きがピタリと止まる。


(お、力比べか?)


いや、違う。

二人の顔が異様に近い。


口元がかすかに動いているのが見えたが、激しい動きと衣擦れのせいで声までは届かない。

その直後、棟方の表情が一瞬だけ強張ったように見えた。


「さかもっちー、手、どっち掴むのー?」

「あ、わりぃ。右な」


光莉の声にハッとして振り返り、右手を差し出す。

すぐさま視線をマットの中央へ戻すと、ちょうど御珠がすっと距離を取って離れるところだった。

組手が再開されたものの、棟方の動きは心なしかさっきよりも硬くなっている。


(……なんか話してたよな、いま)


周囲の空気が少し変わったのを感じて、あたしはぐるりと視線を巡らせた。

いつの間にか、通りがかりの体育館の利用者が二、三人ほど足を止めて、御珠たちの組手を眺めている。


「うまいなぁ、あの子ら」

「部活か何かかね」


ヒソヒソと感心するような声が聞こえてきて、あたしは嫌な汗をかいた。


(あー……なんかよくない兆しが)


「えい!」


不意に足元を払われそうになり、あたしは咄嗟に踏ん張った。

光莉が見よう見まねで足払いを仕掛けてきたのだ。

しかしまったく体重が乗っておらず、スカッと空を切る。


「惜しい。もっと手前だ」


あたしはため息を飲み込んで、光莉との練習に戻った。


―――


組手が終わり、棟方が再び湊のミット役に戻った。


「ほれ、湊!どんどん来い!」


バンテージを巻いた拳が、タオルを詰めたリュックに勢いよく打ち込まれる。

ボスッ、ボスッとリズミカルな打撃音が体育館の隅に響き渡った。


「声出せ声ぇ!」

「え、えい!」


ためらいがちな湊の声が上がる。


「ちっちぇ!腹がら出せ!」

「えいっ!!」


湊が思い切り踏み込み、今日一番のいい音を鳴らした。


「んだ!その調子だべ!」


(……声、でかくね?)


やけに響き渡る野太い声に、あたしは思わず動きを止めた。


「ムナっち、テンション高いねー。

 組手うまくいってテンション上がってるのかな」


横で見ていた光莉がのんきな声で言うのに、あたしは曖昧にうなずいた。


「あー……そうかもな」


(さっき何か言われたからだろ)

(空元気っつーか……無理してるっつーか)


明らかに様子がおかしい。

あんな大声を出して、何かをごまかしているようにしか見えない。


視線をそらして隣を見ると、御珠は素知らぬ顔であたしたちの指導に戻ってきていた。


「ほれ、華蓮。足の位置が違うのじゃ」

「お、おう」


(お前、さっき何話してたんだよ)


じっと見つめてみたものの、御珠の涼しい顔からは何も読み取れなかった。


―――


昼前の冷たい空気が漂う体育館。


「今日はここまでじゃ」

「「ありがとうございました」」


「おなかすいたー。ねぇ今日もどっか食べ行こ?」

「お!行ぐべ行ぐべ!腹減ったど!」


響き渡る野太い声に、あたしはこっそり息を吐いた。


(……やっぱテンションおかしいな)


「あ、僕も行く」


「御珠っちは今日もあっち側?」

「うむ。昼から合流じゃ」


帰り支度を始めようとした御珠が、荷物をまとめかけてふと手を止めた。


「華蓮よ。少し耳を貸すのじゃ」

「お?」


訳も分からず頷くと、御珠にあたしの腕がぐいと引かれた。

みんなから距離を取り、更衣室の入り口付近まで引っ張られる。


「なんだよ」

「先ほどの組手での。妾、棟方に聞いてみたのじゃ」


「聞いたって、何を」

「『何故、光莉の好意を無下にするのじゃ』と」


あまりの爆弾発言に、あたしは目を見開いた。


「……は?はぁ!?」


(おめーも気づいてたのかよ!)

(つーか、咲良の仕込みか?)


動揺するあたしをよそに、御珠は淡々と口を動かす。


「したら棟方め、『お前にそんなことを聞かれるとは思わなかった』と言いおっての。

 はぐらかすでないと問うたが、黙りおった」


「……黙った?」

「うむ。あれの口は固い」


あたしは腕を組み、壁に寄りかかった。


(そっか、そう簡単には口を割らないか……)


「踏み込みすぎてもいかんと思うたので引いたのじゃ」

「引いたのかよ」

「言いたくないことを無理に言わせるものではないでの」


盛大にズッコケそうになるのを堪え、あたしは頭を掻いた。


(聞いといてそれかよ。……いや、こいつなりの筋なのか)


「じゃがな、華蓮よ」


不意に、御珠が一歩近づいて声を落とした。


「あやつ、誤魔化すことはしなかったのじゃ」

「……どういう意味だ」


「『なんのことだ』と笑い飛ばすこともできたじゃろ。

 それをせなんだ」


見上げる翠の瞳が、静かに光を帯びていた。


「隠したい理由が、腹の底に確かにあるということじゃ」


(……こいつ、たまに鋭いんだよな)


「なぁ。なんでそれ、あたしに話すんだよ」

「そなたと光莉、こそこそやっておるじゃろ」


肩がビクッと跳ねた。


「げ」

「妾とて役に立ちたいのじゃ」


御珠は口を尖らせて、ほんの少しだけ拗ねたような顔を見せた。


(……お前なぁ)

(口が軽いのは言った通りだけど)

(悪気どころか、善意しかねーんだよな)


「……わかった。サンキュな」


あたしの言葉に、御珠の表情がパァッと明るくなる。


「うむ!では、の!」


ひらひらと手を振りながら、足取り軽くみんなの元へ駆け戻っていく。


(軽っ)

(……にしても、棟方が黙る、か)


静かになった更衣室の前で、あたしはもう一度小さく息を吐いた。


―――


夜の自室。あたしはベッドに寝転がりながら、スマホを耳に当てていた。


「――ってことがあってさ。

 あれ、お前が頼んだんじゃねーのか?」


通話の向こう側から、咲良の慌てたような声が響いてきた。


『頼んでないよ!御珠ちゃんは最終兵器だから、最後に取っておこうと思ったのに!

 てか御珠ちゃん、直球すぎ!』


スマホのスピーカーから漏れる声が大きくて、あたしは少しだけ画面を耳から遠ざける。


『搦め手とか根回しとか、全部すっ飛ばしてる!』

「あれ最終兵器なのか?物理で殴るのか?」

『そんな物騒なことしないよ。御珠ちゃんと対峙するとみんな心が丸裸にされちゃうの』


(……あたしも最初、丸裸にされたな)


三年前の夏休み明けの記憶がふいに蘇り、あたしは苦く笑った。

あの時も御珠の直球にやられたっけ。


『でもお手柄だなー。おかげで一つ確定した』

「理由がある、ってことか」


『そ。「なんとなく」でも「興味ない」でもない。

 言えない理由が、ちゃんとある』


電話の向こうで、咲良が真剣に考え込んでいる気配が伝わってくる。

微かに、机を指で叩くような音が聞こえた。


『しかもムナっちくん、黙っちゃうタイプかー。

 こっちから聞き出すのは無理そうだね』


「じゃあどうすんだよ」

『だから、言わせるの』


「言わせる?」

『本人が「自分から言おう」って思う状況を作るってこと』


(言ってることは分かるけど、想像がつかねぇ)


天井の模様をぼんやりと見つめながら、あたしは首を傾げた。


「そんなんできんのか?」

『さぁ?でも、やるっきゃないでしょ』


少しの沈黙が降りた後、咲良の声のトーンが変わった。


『……ねぇ華蓮ちゃん。一個聞いていい?』

「ん?」

『ムナっちくんって、寮生だよね。年末年始って寮どうなるんだろ』


「え?……あー、どうなんだろな。閉まるのか?」

『ふーん……』


電話の向こうで、咲良がにやりと悪い笑みを浮かべたような気がした。

背筋が少しだけ冷たくなる。


『ちょっと思いついたかも』

「おい、何をだよ」


『まだナイショ。固まったら連絡するね!』

「お、おい――」


“でろろん”という電子音が耳に響き、通話が強制的に終了した。


(切りやがった)

(……なんか、嫌な予感しかしねぇ)


あたしは画面の消えたスマホを枕元に放り投げ、深くため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。