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神愛 ― それいけ華蓮ちゃん ―  作者: 神愛
第2章 臆病者たちの一歩
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第21話 二者の二者面談

最後のチャイムが鳴り終わると同時に、あたしは机の上に力なく突っ伏した。


「ふぅ。終わった……」

「お疲れさま」


隣の席から聞こえた控えめな声に、首だけ動かして視線を向ける。

湊が机の上の参考書を、手際よくリュックにしまっているところだった。


「湊、数学どうだった?」

「うーん、まあまあかな」


(こいつ絶対できてるやつだ)


顔にはっきりそう書いてある。

口元が少しだけ緩んでいるのを見逃すあたしじゃない。


「……絶対できてるやつの顔だぞそれ」

「そ、そんなことないよ」


湊が慌てたように視線を逸らした。耳の裏がほんのりと赤い。


(分かりやすいんだよなあ、湊は)


あたしは小さく笑って、体を起こした。


しばらくして、帰りのHRが始まる。

教壇に立った工藤先生が、いつも通りの無駄のない声で告げた。


「来週、結果を返すのと一緒に、二者面談を行う」


「「えぇー」」


クラス中から、めんどくさそうな不満の声があがる。

あたしは小さく息を吐き出して、机の木目をじっと見つめた。


(……ある程度決めておけって言ってたな)


横を見ると、湊もリュックの紐を握ったまま、手を止めている。

どこか強張った横顔に、あたしはそっと声をかけた。


「湊、面談いつ?」

「……水曜日、6限」

「同じだな」


教室がざわめく中、あたしたちの周りだけ少しだけ空気が重くなる。

リュックの紐をきつく握り直して、湊がこちらを見上げた。


「華蓮は……農大のこと、話すの?」

「わかんね。とりあえず悩んでるって相談かな……」


重苦しい空気を振り払うように、あたしはリュックを肩に引っ提げて立ち上がった。


「まあ、なるようになるだろ」

「うん……」


頷く湊の声は、どこか上の空で、いつものような元気はなかった。


―――


翌週の水曜日、6限目。

あたしは空き教室の前に置かれた丸椅子に座って、自分の順番を待っていた。


(……緊張してきた)


膝の上で両手を組んだり解いたりしていると、前の生徒が出てきて、ガラリと扉が開く。


「坂本、入れ」


室内から聞こえた工藤先生の低い声に、あたしは弾かれたように立ち上がって入室した。


教室の中央にはパイプ椅子と机が一つだけポツンと置かれている。


「まず成績表を返す」


着席するなり、工藤先生がクリアファイルから抜き出した紙を机の上で滑らせてきた。


(また2位だ。何も勉強してないのに)


「クラス順位、2位だ。悪くない」

「……あ、はい」


(湊、たぶん1位だよな。湊も何もやってないのかなぁ)


差し出された成績表を受け取ると、先生は間髪入れずに次の用紙、進路調査票を取り出した。


「進路希望、未定・検討中。決めてきたか?」

「……その、まだ、考え中で」


工藤先生は書類から顔を上げ、じっとこちらを見据えた。


「何を考えている」


視線の圧に喉が鳴る。


「農大か、専門学校かで……」

「なるほど……農大……」


先生は顎に手を当て、何かを探るように目を細めた。


「確か天野と仲がよかったな」


「……」


「あいつも農大志望だった」


冷ややかな声が教室に響く。


「農大はそんなに甘くない。本気で農家になるやつが行くところだ。

 友達ごっこで行くならやめておけ」


(正論だな)


「……」


「他にも理由があるのか?」


(これは、言っていいんだろうか)


「黙っていちゃ分からんぞ?」


スカートの裾をぎゅっと握りしめる。


「湊と……」


「……」


乾いた唾を飲み込んで、意を決して口を開く。


「一緒に、花を育てたい……」


(あー恥ず。先生に何言ってんだ)


顔から火が出そうになりながら俯く。


「田中か……確か付き合ってるんだったな」


あたしは小さく頷いた。


「今はのぼせ上がってるだけだ。よく考えろ」


(う)


図星を突かれたような感覚に、息が詰まる。


「ひとまず簡単に入れるからと農業高校に通って、専門学校へいくやつも多い。

 お前もその口だと思っていたんだがな」


(農業高校の先生がそれを言うのかよ)


内心のツッコミも声には出せない。

先生は背もたれに寄りかかり、腕を組んだ。


「法人に雇われるか、個人経営かでもだいぶ違う。

 どっちになるつもりだ?」


(何も考えてなかった)


「何も……考えてませんでした……」

「そんな甘い気持ちだとやっていけないぞ。よく考えろ」


たたみかけるような正論に、言葉が出ない。


(さすが大人……言うことが違う)


「よく……考えます……」


先生は無表情のまま、手元の書類にペンを走らせた。


「今回の進路希望は検討中で受け取っておく。よく考えておけ」

「はい……」


―――


空き教室の扉を閉めると、足取りが鉛のように重くなった。


(……重かった)

(成績のことなんてもう頭に入ってこねぇ)


廊下を歩く間も、先生の言葉が頭の中でぐるぐると回っている。


自分の教室に戻り、引き戸を開けた。

自習時間のはずだが、先生がいないためか周囲はそこかしこで声が上がり、落ち着かない空気が漂っている。


自分の席にたどり着く前に、待機していた湊が不安そうに駆け寄ってきた。


「どうだった?」

「散々だった」

「そっか……」


湊が肩を落とし、伏し目がちになる。

あたしは自分の席にどさりと腰を下ろした。


「大人は言うことがちげーわ。何も考えてなかったって思い知らされた」

「……僕もなに言われるんだろ」


おどおどと視線を泳がせる湊に、あたしは努めて軽い声を出した。


「まあ、なるようにしかならないさ。頑張れ」

「うん」


力なく頷いた湊が、しょんぼりと自分の席に戻っていく。

その背中を見送ってから、あたしは小さく息を吐いた。


(御珠はどうだったんだろ)


横を向くと、隣の席で御珠が優雅に窓の外を眺めていた。


「御珠はどうだった?」


声をかけると、藍色の髪を揺らしてこちらを振り向く。


「妾は“分かった頑張れ”と言われたのじゃ」

「お前、諦められてないか?」

「雪杜と咲良と農業をやることを熱く語ってやったでの」


得意げにふんすっと胸を張る姿に、あたしは思わず目を丸くした。


(先生もびっくりだろうな)

(こいつほんとぶれないな)


そんなやり取りをしていると、湊が席を立つのが見えた。

自分の番が来たのだろう。

教室の出口へ向かう途中で、不意に湊と目が合った。


(頑張れ)


目でそう伝えると、湊は小さく頷き、教室を出ていった。


―――


しばらくして、教室のドアがガラリと開く。

戻ってきた湊の姿が見えた。


(あ)


その足取りは、先ほどのあたし以上に重そうだ。

浮かない顔のまま、ゆっくりと自分の席に座る。

あたしは身を乗り出して声をかけた。


(……浮かない顔してるな)


「どうだった?」


湊は机の上で両手を握り合わせ、ポツリとこぼした。


「……本気でやりたいなら、親を説得して支援取り付けろって言われた」


(うわ。重!)


思わず内心で声を上げてしまう。


「あの先生、まともなことしか言わねーな」


あたしの言葉に、湊は小さく笑った。

でも、その口角の上がり方は酷く力ない。


「あと2年あるんだ。ゆっくり考えようぜ」

「うん……」


慰めるように言うと、湊はまだ完全には晴れない顔で頷いた。

ぎゅっと結ばれたその手元を見て、あたしは口をつぐむ。


(……今日はこれ以上、聞かない方がいいかもな)


窓の外から、放課後を知らせるチャイムの音が長く響き渡った。

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