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神愛 ― それいけ華蓮ちゃん ―  作者: 神愛
第2章 臆病者たちの一歩
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第14話 完売御礼

園芸部のブースは、校舎前の特設エリアの一角にテントが設営されていた。

向かい側には御珠と光莉がおでんを販売している姿が見える。

ブースの前には相変わらずの行列ができていた。


(おでん、なくなりそうだな)

(まあ、後少しで終わりだし、ちょうどいいのか)


テントの下には長机が二列に並べられている。

片側が押し花ワークショップ、もう片側がフラワーアレンジメントの販売用だ。


あたしは色とりどりのアレンジメントの前に立ち、湊は押し花ワークショップのテーブルに着いた。


「じゃあ、よろしくね。田中くん、ワークショップは子供も来るから、丁寧に教えてあげてね」

「はい」


「坂本さんはアレンジメントの販売お願いします」

「了解です」


中村部長の指示に頷くと、ほどなくしてぽつぽつと客が訪れ始めた。


子供連れの母親が、湊のテーブルへと歩み寄る。

隣の小さな子供が元気よく声を上げた。


「おはなやる!」

「じゃあ、好きなお花を選んでみて」


「これ!これ!」

「かわいいの選んだね。じゃあ一緒に置いてみよう」


湊は小さな子供の手をそっと包み込むように添え、ピンセットで丁寧に花を並べていく。

その手つきはひどく優しく、子供のゆっくりとしたペースに完全に合わせられていた。


(……うまいな、あいつ)

(なんかこういうの、向いてんだよな)


湊の横顔を眺めていると、あたしのほうにも来客があった。


「このアレンジメント、おいくらですか」

「えっと、こちらが500円で、こっちが800円になります」


「じゃあこれをください」

「ありがとうございます」


手早くアレンジメントを透明なフィルムで包み、笑顔で商品を手渡した。


(接客、まぁなんとかなるな)

(花の知識は全然ないけど)


隣のテーブルから、嬉しそうな子供の甲高い声が響く。


「できたー!」

「上手にできたね。見て、こんなにきれいになったよ」


「わあ、すごい。ありがとうございます」

「楽しんでもらえてよかったです」


完成した押し花を手にした母親と子供が、満足げな足取りで帰っていく。

湊は次の来客を迎える準備をしながら、あたしのほうをちらっと見た。

あたしもその視線に気づき、ふいにバッチリと目が合う。


お互いに小さく笑い合った。


(明日……こいつと二人で……)

(掃除、ちゃんとしとかないとな)


並べられた花よりも少しだけ熱を持った自分の頬に気づかないふりをして、あたしは再び前を向いた。


―――


園芸部ブースのテントの下で、あたしはフラワーアレンジメントの販売を続けていた。

ふと、通路を挟んだ向かいのおでん売り場から、光莉の声が響いてくる。


「やったー!完売!」


(おでん、売り切れたのか)

(御珠と光莉が売り場に入ってから、けっこう早かったな)


おでん販売の立て看板に、太字で『完売』と書かれた紙が貼り出される。

やることがなくなってしまった御珠は、明らかにそわそわと落ち着きのない様子で、隣の野菜売り場の方へ視線を送っていた。


「御珠っち、どこ行くの?」

「ちょっと見てくるのじゃ」


引き止める間もなく、御珠がスタスタと野菜売り場へと向かっていく。


(あ、やばい顔してる)


野菜売り場の前には、まだ少し疲れた顔で接客をしているクラスメイトたちの姿があった。

御珠はその真ん中に堂々と歩み出る。


「妾も手伝おうかの」

「え?」


「大根じゃ!採れたてじゃ!今朝……いや、昨日引いたばかりぞ!」


通る声に惹きつけられ、散らばっていた客たちが一気に売り場へと集まり始めた。


「ちょ、ちょっと!」


「こっちに来るのじゃ!新鮮じゃぞ!」


あっという間に、ブースの前は人でごった返す。


「や、やめて!私たちの仕事なくなる!」


クラスメイトの悲鳴も虚しく、山積みになっていた野菜が飛ぶように売れていく。


(勝手に乱入してる……)

(止める人間がいない……)


光莉が腹を抱えて爆笑しているのが見える。


数分後、御珠はすっかり空になった籠を前に、満足げに腕を組んだ。


「売り切ったのじゃ」

「早すぎる……」


呆然とするクラスメイトをよそに、御珠は次に手伝える場所はないかときょろきょろと周囲を見渡し始めた。

その視線が、園芸部ブースのテントを捉える。

あたしと、バッチリ目が合った。


(来るな)

(来るな来るな来るな)


あたしの念も通じず、御珠はスタスタと迷いのない足取りでこっちへやってくる。


「華蓮よ。妾も手伝おう」

「来んな」

「つれないのじゃ」


唇を尖らせた御珠は、テーブルに並んだフラワーアレンジメントを興味深そうに眺め始めた。


「ほう……なかなかよい出来じゃ。

 これは雪杜に買って帰るのじゃ」


「お客さんとして来るのはいいぞ」


御珠が制服のポケットから財布を取り出す。


「では、これを」

「500円」

「うむ」


硬貨を受け取り、綺麗にラッピングされた花束を手渡した。

御珠はそれを受け取ると、ひどく嬉しそうに目を細める。


「雪杜が喜ぶのじゃ」


ワークショップの合間に、湊がこちらの様子をちらりと覗き込んできた。


「……御珠ちゃん、また暴れてたね」

「……毎度のことだ」


小声でやり取りをしていると、向かいの野菜売り場でも看板に『完売』と貼り紙がされた。

花束を抱えた御珠が、今度はテントの奥にいる先輩に狙いを定める。


「中村よ。花の販売も手伝おうかの?」

「え!?やめて!?」


「なに、遠慮することはない」

「やめてってばー!」


中村部長の悲鳴が秋空に響き渡り――結局、園芸部の花もあっという間に完売してしまった。


―――


暗幕で覆い尽くされた体育館は、まるで本物のライブ会場のような熱気に満ちていた。


ステージの上に、楽器を構えた三年生のバンドメンバーたちが姿を現す。

ぞろぞろと生徒たちが集まってくる中、あたしはステージを見上げた。


(後夜祭か。生バンドって初めて見るな)


ギター、ベース、ドラムの音が弾け、ビリビリとした振動が体育館の床から伝わってくる。


(音うるっさ!)

(カラオケよりでけーじゃねーか!)


スピーカーから放たれる爆音に、あたしは思わず耳を塞ぎそうになった。

ステージのすぐ下では、2年生や3年生たちが押し合いへし合いしながら拳を突き上げている。


「うおおお!」

「センパーイ!」


(先輩たち、異常に盛り上がってるな)

(引退前の最後の晴れ舞台か……)


熱狂する上級生たちとは対照的に、後ろの方に陣取った1年生エリアには少しばかり温度差があった。

隣に立つ湊が、目を丸くしてステージを見上げている。


「すごい音だね」

「だな」


「……悪くないのじゃ」


光莉が目を輝かせる。


「ね!いいよね!」


大音量の中でも、御珠はリズムに引っ張られるように体を揺らしていた。


(こいつ、歌は歌えないけど音感はよさそうだよな)


光莉がステップを踏みながら、御珠の腕をぐいっと引っ張る。


「御珠っち、前行こうよ!」

「む。まあ……よいか」


二人はあっという間に、熱狂する人波の中へと消えていった。


(前行くのかよ)


その様子をめざとく見つけた棟方が、大きな体を揺らして歩き出す。


「まだ、声かげられるど」


(すげー自然に守るよな。ムナっち)


護衛のように後を追っていく棟方の広い背中を見送る。


あたしと湊は、熱狂の渦から外れた場所で、並んで立ち尽くしていた。

演奏がさらに激しさを増し、重低音が胸の奥まで響いてくる。


「華蓮、楽しい?」

「まあな」


あたしはステージの照明を眩しそうに見つめながら、短く返した。


(……楽しいな)

(高校の文化祭って、こういうもんなのか)


激しい演奏に背中を押されるように、周りにいた1年生たちも徐々に体を揺らし始めていた。

気づけばあたし自身も、無意識のうちにつま先でリズムを刻んでいる。


「……華蓮、乗ってる」

「……乗ってない」


あたしの強がりに、湊がくすっと小さく吹き出した。


ステージ上では、いよいよアンコールの曲が始まり、体育館の熱気は最高潮に達する。

熱狂する生徒たちのシルエットが、色とりどりの照明に照らされて揺れていた。


(来年、あたしらもああなるのかな)

(……なんかいいな)


最後のコードが掻き鳴らされ、割れんばかりの拍手と歓声が爆発する。

あたしも、自然と両手を高く上げて力いっぱい手を叩いていた。


―――


体育館を揺らしていた拍手が波が引くようにだんだんと小さくなり、熱を帯びた空気が少しずつ落ち着きを取り戻していく。

頭上のスピーカーから、実行委員のアナウンスが響き渡った。


「これをもちまして、篠見農業高校文化祭を終了いたします。

 生徒の皆さんは各自、後片付けをお願いします」


祭りの終わりを告げるその言葉に、生徒たちがぞろぞろと動き始める。


(終わったな)


あたしたち五人も校舎前へと移動し、特設エリアの片付けに取り掛かった。

テントの骨組みを外し、貸し出し用の長机を次々と運んでいく。


「へば(じゃあ)わ(おれ)、こっち持ってぐな(いくから)」


棟方が一人で重い机を軽々と持ち上げ、スタスタと歩き出した。


「ムナっち、力持ちー」

「当だり前だべ」


夕闇が迫る中、あたしたちは手早く作業を終わらせ、教室へと戻った。


「みんなご苦労だった。明日、明後日は代休で休みだ。以上。解散!」


工藤先生の短い号令で、教室に解放感の入り混じった歓声が沸き起こる。

周りでは「打ち上げどうする?」と浮き足立った会話が飛び交い始めている。


(打ち上げか……面倒だからいいや)


クラスの連中が、荷物をまとめている御珠のところへも群がっていた。


「許嫁がおるでの」

「えー、いいじゃん。売上No.1の主役としてきてよー」


「はーい、御珠ちゃんファンクラブ会員規則第1条。御珠ちゃんに懸想しない、だよー」

「っちぇ」


光莉が御珠の前に立ち塞がり、男子たちを笑顔で追い払う。


「じゃあ桃瀬さんは……」

「ウチは御珠っちと一心同体なんで、遠慮しまーす」

「ちぇー」


ため息をつく男子たちをよそに、あたしはリュックを肩にかける。


湊がそっと声をかけてきた。


「帰ろっか」

「ああ」


「華蓮よ。妾を置いて行くでない」

「あー御珠っち待ってー」


こそこそと教室を抜け出そうとしたあたしたちの背中を、御珠と光莉が追いかけてくる。


「外暗いば危ねべ」


さらにその後ろから、棟方が大きな体を揺らしてついてきた。

結局いつもの五人で揃って、夕闇の迫る昇降口へと向かう。


「大根もおでんも花も、全部売り切ったのじゃ」

「お前がやりすぎただけだろ」


「余るよりはましじゃろ」

「えへへー。楽しかったね」


光莉が無邪気な声で笑う。


「ん(そう)だな」


あたしは吹き抜ける冷たい秋風を頬に受けながら、ぽつりとこぼした。


「……楽しかったな」


自分で言っておきながら、少し照れくさくなって視線を逸らす。


「……うむ」


御珠がしんみりとした顔で暮れなずむ空を見上げる。


「来年も文化祭やるんだよね」


光莉が弾んだ声を出した。


「まあ、やるんでね?」


棟方が、そっけない感じで答えると、光莉が嬉しそうに声を上げた。


「じゃあまた五人でやろうよ」

「ん(そう)だな」


湊が歩きながら、隣のあたしをちらっと見上げてくる。


「……来年も」

「……ああ」


昇降口を抜け、校門へ向かう途中で自然と解散の流れになった。


「では、の」

「またね!」

「へば、気つけで!」


三人がそれぞれ手を振り、別々の方向へと歩いていく。

残されたあたしと湊は、薄暗くなった道を二人で並んで歩き始めた。


「……明日、何時にくる?」

「……10時とかでいい?」

「分かった」


(これ、ゴムとか用意した方いいのかな……)


歩幅を合わせながら、頭の中をぐるぐると不純な思考が駆け巡る。


(念のためだ。念のため)


駐輪場の前に着き、あたしたちは立ち止まった。


「じゃあ、また明日」

「……ああ」


手を振って歩き出す湊の背中を、見えなくなるまでじっと見送る。


(明日……)


あたしは自分の自転車にまたがり、ペダルを強く踏み込んだ。


(……そろそろ自転車も終わりか)


頬を撫でる夜風は、少しずつ冷たさが身に染みるようになってきていた。

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