第13話 パンツはサービス
文化祭2日目。
午前9時から11時までの2時間はあたしたちにも自由時間が与えられていた。
朝の冷気が残る校内を、湊と二人でぶらぶらと歩く。
「どこ行く?」
「喫茶店行ってみるか」
校舎内の一角にある、食品科学科の教室へと足を踏み入れた。
学生が運営している手作り感はあるものの、それなりに凝った内装になっている。
(うちの科は農産物の直販だしな)
(こういう、文化祭っぽいのもいいな)
入り口で立ち止まって見回していると、湊が顔を覗き込んできた。
「なに注文しよっか」
「珈琲とケーキでいいんじゃないか」
二人で、窓際の小さなテーブル席に腰を下ろす。
湊が静かに辺りを見回した。
「ここ、雰囲気いいね」
「だな」
珈琲の香りがふわりと漂う中、会話が途切れた。
グラスの氷がカランと鳴る音だけが耳に届く。
(……校内でイチャついてると、チラチラ見られるな)
周囲の視線に居心地の悪さを覚えつつ向かいの席を見ると、湊が俯いて耳まで赤くしていた。
(こいつもなんか照れてるし)
そこへ、エプロン姿の先輩がケーキと珈琲を運んできた。
テーブルに皿を置きながら、どうにも微笑ましいものを見るような視線を向けてくる。
(っく、恥ずかしい)
あたしは誤魔化すようにフォークを手に取り、ケーキを一口かじった。
「あ、おいしい」
「ほんとだ」
甘さが口に広がると、二人の間に漂っていた固い空気が少しだけほぐれた。
(いつぞやの抹茶ケーキほどじゃないけど、こういうのでいいんだよ)
―――
喫茶店を出たあたしたちは、校内の展示をさらにめぐった。
ふと、グラウンドの一角にあるブースの前を通りかかる。
立て看板には『測量士体験してみよう!』と書かれていた。
「あれ、なんだ」
「測量体験みたい。やってみる?」
「やってみるか」
スタッフの先輩に促されるまま、あたしは三脚の上に据えられた見慣れない機材を覗き込んだ。
レンズの向こうの景色がぐにゃりと歪む。
(これ、校舎が傾いて見えるな)
(原理はよく分からんが)
隣に立つ湊のほうへ視線を移すと、真剣な顔で別の機材を覗き込んでいるところだった。
「へえ、こうやって角度を測るんだ」
レンズ越しに何かを見つけたのか、湊が感嘆の声を漏らす。
その横顔を、あたしはぼんやりと見つめていた。
(集中してる顔、ちょっとかっこいいな)
(声に出すな)
湧き上がった感情に慌てて蓋をして、機材から顔を離した。
―――
次に足を止めたのは、ツリークライミング体験コーナーだった。
大きな木に何本ものロープが設置されており、ハーネスとヘルメットをつけた来場者たちが次々と登っていく。
「ツリークライミング?農業高校らしいな」
「やってみる?」
木の上を指差す湊に、あたしは自分の服装を見下ろした。
「スカートじゃハーネスつけるのきつくないか?」
「僕も制服汚れそうだしいいや」
結局、あたしたちは安全な場所からの見学に留めることにした。
見上げれば、楽しそうに笑いながら木を登る子供たちの姿がある。
(なるほど。子供向けだったのか。楽しそうだな)
(外で野菜売ったり、体験学習だったりが多いな)
(雨降ったらどうすんだろ、これ)
秋晴れの空を見上げながら、どうでもいい心配をしてしまう。
―――
歩き疲れて、あたしたちは体育館へとたどり着いた。
ステージ上では、3年生の研究発表が粛々と行われている。
あたしたちは最後列のパイプ椅子に腰を下ろして、その様子をぼんやりと眺めていた。
(あんま面白くねーな)
スライドの文字を追うのをやめて隣を見ると、湊も全く同じような顔をしてステージを見つめていた。
(音楽部の合唱とかの方が良かったな)
マイク越しの単調な声が体育館に響く中、湊が顔を寄せてくる。
「……あんまり面白くないね」
「だな。行くか」
あたしたちは足音を忍ばせ、こそこそと体育館を後にした。
―――
屋外の屋台エリアへとやってくると、食欲をそそる匂いがあちこちから漂ってきた。
「午後、園芸部の当番だな。いまのうちに飯食っとく?」
「そうだね。唐揚げ食べよう」
「だな」
あたしたちは唐揚げを売っているテントの前に並んだ。
揚げたての唐揚げが入った紙コップを受け取ると、人波を避けて木陰にある縁石に腰を下ろす。
竹串で一つ刺し、口へと運んだ。
「……うまいな」
「うん。これ一番おいしいかも」
サクッとした衣の中から、熱々の肉汁が溢れ出す。
しかし、その美味しさを味わううちに、ある記憶が脳裏をよぎった。
(これ、来年うちらが自分で絞めるんだよな)
(……しばらく唐揚げ食えなくなるんじゃねーか?)
隣の湊を見ると、なんともいえない複雑な顔で紙コップの中の唐揚げを見つめていた。
(こいつも同じこと考えてるな)
あたしたちは無言のまま、黙々と唐揚げを口に運び続けた。
秋の涼しい風が、頭上の木の葉を揺らしていく。
「……華蓮」
「なんだ」
「これ、来年食べられると思う?」
「思わない」
ぽつりとこぼれた湊の問いに、あたしは即答した。
唐揚げを咀嚼する音が、やけに響いて聞こえる。
湊が静かに呟いた。
「……やだな」
「やだな」
再び言葉を失い、二人してもそもそと肉を噛み締め続けた。
―――
最後の一個を食べ終え、あたしたちは縁石に座ったまま、ぼんやりと空を眺めていた。
「……明日、代休だね」
「だな」
湊が足元の小石を靴のつま先で軽く転がす。
「……平日は両親が家にいないんだ。
凪姉も学校だし……」
あたしの思考が、一瞬だけぴたりと停止した。
(え……それって)
隣を見ると、湊は恥ずかしそうに視線を落としている。
(うちも、両親が働きに出てて、弟は学校で……)
(つまり誰もいない……)
あたしは湊の方を見ることができず、まっすぐ前を向いたまま口を開いた。
「……うちも、誰もいない」
「……そっか」
通り過ぎる生徒たちの足音だけが、やけに大きく聞こえてくる。
(これ、どっちかの家に行くってこと……?)
じわじわと、顔の真ん中から熱が広がっていくのを感じる。
「……どうする?
……2日あるから、1日ずつ行く?」
自分で口に出してから、さらに顔が熱を帯びていく。
(あたし、今めちゃくちゃさらっと言ったぞ)
「……うん。そうしよ」
視界の隅に映る湊の耳たぶも、真っ赤に染まっていた。
(こいつも赤いじゃねーか)
(……一人でいい気になってたわけじゃなかった)
あたしたちは、肩が触れそうな距離で並んで座ったまま、正面の景色を見つめ続けている。
しばらく迷って、あたしはそっと口を開いた。
「……どっちの家から行く?」
「じゃあ、華蓮の家からで……」
「……わかった」
(帰ったら掃除しなくちゃ)
それ以上は何も言葉にできず、あたしたちはただ静かに、赤くなった顔を隠すように並んで座っていた。
―――
校内の通路を湊と並んで歩いていると、向こうから見慣れた三人の姿が近づいてきた。
御珠、光莉、棟方だ。
「あ!さかもっちー!湊っちー!」
「おう。なんか三人で行動してんな」
棟方が端的に答えた。
「この二人のナンパ避げ」
「へー」
あたしは棟方の分厚い胸板をちらりと見上げる。
(こいつがいれば無敵だもんな)
「ふふーん。ムナっちめっちゃ便利なんだよ」
「わ、道具でねんだばって」
「妾に敵う者などおらぬのじゃがな。まぁ逐一撃退も面倒なのでの」
やれやれと首を振る御珠を横目に、あたしは思考を巡らせた。
(ムナっちはどっちかに惚れてないのかな)
(この二人と行動できるのってめっちゃ幸運じゃね?)
「なんか面白いものあった?」
「あったあった!ね、御珠っち」
光莉の問いかけに、御珠が自慢げに頷く。
「うむ。ツリークライミングが特によかったのじゃ」
「あー、うちらも見たぞ。やったのか?」
光莉が、くすくすと笑いをこらえながら口を開いた。
「やろうとしたんだけどね?」
「御珠、ロープつける前に木さ登るきがって、先輩さ止められでだ」
「あのような道具など不要じゃ」
御珠がふんと鼻を鳴らす。
「スカート思いっきりめくれてたよね!」
「パンツごとき、サービスじゃサービス」
「よく言えるな、それを」
「……」
隣を見ると、湊が「ちょっと見たかった」というような顔をして視線を泳がせている。
あたしは無言で、そいつの脇腹を小突いた。
「痛た!」
(こいつもしっかり男なんだよなぁ……)
(明日、家に呼んで大丈夫なのか?)
「わはしっかり目さ焼き付けだはんで」
光莉がニヤニヤしながら、棟方の脇腹をぐりぐりと突っついた。
「ムナっちのエッチー」
「っちょ、もちょこちぇって!」
(え?もしかしてもうできてる?)
「華蓮よ、そなたたちは文化祭、満喫できておるか?」
御珠の問いに、あたしは短く返す。
「まあな」
御珠が、にやりと意地悪な笑みを浮かべた。
「ふふ。顔に出ておるぞ」
「うるさい」
「いーなー。ウチも彼氏ほしー」
「わ……は、いいや……」
光莉が唇を尖らせる横で、棟方が困ったような顔をして頬を掻いた。
「ふーん」
(おい、いまの露骨なフラグだろ)
(こいつ自分でへし折ったぞ)
「……ムナ、彼女欲しくないのかな?」
湊の小さな囁きに、あたしも声を潜めて答える。
「……なんかあるんだろ、きっと」
立ち話もそこそこに、自然と解散の流れになった。
「では、また後での」
「またあとでー!」
「へばな!」
手を振って去っていく三人の背中を見送る。
(ムナっち……なんで……)
(ま、相手は光莉だしな)
(清純派がいいのかもしれない)




