第12話 甘酢っぺーと、言ってしまった
野菜炒めやラーメンなど、それぞれが好きなメニューの食券を買い、テーブルに戻ってきた。
改めて、四人での対面となる。
「……ごめんなさいね。いきなりで驚いちゃったかな」
「あ、はい」
「凪姉、焦り過ぎ」
向かいに座る凪さんが、申し訳なさそうに眉を下げた。
「湊のこと。いろいろ知った上で好きになってくれたみたいだから、嬉しくて」
「いや、あたしは別に……気が付いたら好きになってたっていうか……」
「……」
隣の湊が、うつむき加減で耳まで赤くしている。
(なんだこれ)
(なんか雪杜の家でもこんなだったな)
「はー、甘酢っぺー」
(こいつが茶化してくれて助かる)
横から飛んできた浜田さんの能天気な声に、内心で胸を撫で下ろす。
「凪姉のことも聞かせてよ」
湊が身を乗り出し、浜田さんの方へ顔を向けた。
「あの、凪姉といつから……」
「えー、なんか照れんな。
えっと、いつからだっけ?」
浜田さんが、わざとらしく視線を宙に泳がせてから凪さんを見る。
「もう。知らないふりして。
今年の春休みね。4月の始めからよ」
「そ、そうだったかな」
(はー、いちゃいちゃしてんな)
目の前で繰り広げられる甘ったるい空気に、口元が勝手に動いていた。
「甘酢っぺー」
あたしの言葉に、浜田さんがばっとこっちを向いた。
その顔は、見事に真っ赤に染まっている。
(やべ、思わず声に出しちまった)
気まずくなって、慌てて視線をテーブルの端へ逃がした。
「番号札18番のかたー。お待たせしましたー」
食堂のカウンターの方から、威勢のいい声が飛んでくる。
「あ、俺だ。取りに行ってくる」
浜田さんは逃げるように立ち上がると、そそくさとラーメンを取りに行ってしまった。
その大きな背中を見送りながら、凪さんが目を細める。
「ふふ。照れちゃって。かわいい」
(仲いいんだな)
「ねえねえ。浜田さんってどんな人?」
湊も身を乗り出した。
「それな。雪杜の従兄って聞いてるけど」
あたしたちの問いかけに、凪さんは嬉しそうに微笑んだ。
「そうねぇ。不器用だけど、優しい人よ」
(まあ、だいたいの人がそうだよな)
(つまり普通だな)
「なんだよ。俺の悪口か」
湯気を立てるラーメンのお盆を手に、浜田さんが戻ってきた。
「ううん。一樹が素敵だって」
「お、おう……」
浜田さんはそれ以上何も言えず、黙ってラーメンを啜りだした。
(めっちゃ好きじゃん。何を見せられてるんだ)
麺をすする音だけが、やけに響いて聞こえる。
「番号札19,20,21番。お待たせしましたー」
「私たちのも出来たみたいね」
「ああ」
「うん」
ほどなくして、全員分の食事がテーブルの上に勢揃いした。
―――
食事がひと段落し、空になった食器を前に一息ついていると、浜田さんが湊の顔をしげしげと覗き込んできた。
「しかし湊くん、ほんとにかわいいんだな」
湊は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いてしまう。
「……あ、ありがとうございます」
(うん。誇らしいな)
「そうだろ。湊はかわいいんだ。あげないからな」
あたしが胸を張って言い切ると、浜田さんが大げさに目を丸くした。
「なに言ってんだよ!男だろ!?」
「ふふ。湊、よかったわね」
凪さんがくすっと笑った。
「もう凪姉まで……」
「でも、ほんとかわいい」
凪さんがテーブル越しにぐっと身を乗り出し、向かいに座る湊の頭を優しく撫でた。
「や、やめてよう……」
口ではそう言いながらも、湊はまんざらでもない様子で目を細めている。
(む)
「こんな湊だから……華蓮さんも好きになってくれたのかな……」
(お姉さん……)
凪さんの穏やかな視線を受け止め、あたしはまっすぐに言葉を返す。
「切っ掛けは確かにかわいいから、だったけど、いまはちゃんと男としても好きですよ?」
「え?男としても??」
浜田さんが目を丸くした。
(あ、やべ。女として見てたみたいな言い方になっちまった)
「あー、その話はまた今度ね。一樹」
戸惑う浜田さんを遮るように、凪さんが口を挟む。
「お?おう?」
「もうこんな時間。そろそろお暇しようかな」
凪さんが食堂の壁にある時計を見上げ、小さく息をついた。
「だなー。そろそろ行くか。この後も頑張れよー」
「は、はい」
立ち上がった凪さんが、こっちに視線を向けて微笑んだ。
「きょうは会えてよかったわ。
今度、うちにも遊びにきてね」
「あ……はい」
二人は軽く手を振り、食堂の人混みの中へと去っていった。
遠ざかる背中を見送りながら、あたしの心臓がどくどくと早鐘を打ち始める。
(湊の、家に……)
(いや、今のは普通に社交辞令だろ)
(何考えてんだ、あたし)
「……華蓮、顔赤い」
横から覗き込んできた湊の指摘に、思わず声が裏返った。
「赤くねーよ!」
―――
教室。
次の収穫体験案内まで、少しだけ空き時間ができていた。
あたしと湊は机を挟んで向かい合い、一息ついている。
「これ、押し花のワークショップで使う見本」
「お、結構かわいいじゃん」
「明日の準備、まだ終わってないんだ」
湊が自分のスマホをこちらに向けてきた。
画面には、色とりどりの小さな花が綺麗に配置された写真が並んでいる。
「手伝おうか?」
「ううん、大丈夫。一人でできるから」
湊が遠慮がちにスマホを引っ込めた。
そこへ、ガラガラと勢いよく教室のドアが開く。
土で少し汚れた作業服姿の御珠と光莉が、連れ立って入ってきた。
「お疲れー」
あたしは労を労うように声をかけた。
光莉が声を上げる。
「さかもっちー!湊っちもいるじゃーん!」
「おう。畑どうだった?」
御珠が答えた。
「無事に掘り終えたのじゃ」
「もう!売り過ぎてもダメってどういうことよ!」
「ご苦労さん」
光莉が頬を膨らませるのを横目に、御珠があたしの隣の席にどっこいしょと腰を下ろす。
「そういや、さっき雪杜来てたぞ」
「会ったのじゃ。
咲良と陽向も一緒での」
御珠が満足そうにふんと鼻を鳴らす。
「他にもなんかいっぱい来てたぞ。
澄香に、莉子に、のだとか、お嬢とか」
「妾、人気者じゃからの」
「自分で言うかそれ」
あたしが呆れたようにツッコミを入れると、光莉が机に突っ伏して残念そうな声を上げた。
「えー、ウチも会いたかったー」
「光莉、そなたも十分人気者じゃろう」
「えへへー、そうかなぁ」
御珠の言葉に、光莉がすぐに顔を上げてにへっと笑った。
ふと、あたしの頭にひとつの疑問がよぎる。
「そういえば、雪杜と咲良を家に二人だけにしていいのか?
こないだは学校休んでまで監視してただろ」
「きょうは陽向の子守を押し付けたのじゃ」
「あれ、そういうことだったのかよ」
御珠が口角をにやりと上げる。
「明日も子守か?」
「ふふ。明日は明日で別の用を押し付けたのじゃ」
「ひでーことすんな」
「あやつらを二人だけにしてなるものか!」
突然荒げられた声に、教室の空気がびりっと震えた。
「怒んなよ。びっくりするだろ」
「まったく。あやつらときたら油断も隙もないのじゃ。
この間も――」
御珠がぶつぶつと文句を垂れ始めた。
(もう早くヤらせてやれよ)
終わりの見えない愚痴に、あたしはこっそりとため息をつく。
「ウチも混ざるっしょ!」
「貴様!天誅を喰らわすぞ!」
光莉の茶化すような発言に、御珠がさらにヒートアップする。
あたしは呆れて口を挟んだ。
「もう、めんどくせーから黙ってろ」
そんな三人の姦しいやり取りを見て、湊がくすっと微笑んだ。
「賑やかだね」
「まぁな」
(1時から収穫体験か)
(もうちょい休んどくか)
あたしは背もたれに深く体重を預けた。
―――
午後1時。
あたしたちは畑の前に設営された収穫体験コーナーの受付テーブルに立っていた。
手書きの案内看板の横で、湊と棟方が声を張り上げる。
「いらっしゃいませー。大根の収穫体験いかがですかー」
「うめーだいごん、持って帰れるどー」
「あ、お願いします」
「あ、へば、わ、案内する」
家族連れの客がやってきて、棟方が先頭に立って畑の方へと歩き出した。
「土で靴、汚れるんで。板の上ば歩いで」
「あ、はい」
(訛に若干引いてないか?)
戸惑う客の背中を見送りながら、あたしは小さく首を傾げる。
すると、すぐにもう一組の客が受付にやってきた。
「あ、こっちもお願い」
「あ、じゃあ僕が案内します。
土で靴が汚れないように、板の上を歩いてくださいね」
「はい」
丁寧に案内する湊の背中も、板張りの通路の奥へと消えていく。
(湊、寂しい……まぁ、すぐ戻ってくるだろうけど)
受付テーブルには、あたしと同じシフトに入っているクラスの男子が一人だけ残された。
さっきから、そいつがやけにこっちをちらちらと見てくるのが視界の端に映る。
(こいつ、なんか目つきがヤらしいんだよな)
そいつが口を開いた。
「なー坂本ってさ、田中と付き合ってんだろ?」
「あ?」
「あんなちんちくりんのどこがいいんだよ」
男子がにやにやと下卑た笑みを浮かべながら、じりじりと距離を詰めてきた。
(うわ、来た)
「あんなのより、俺と付き合えって」
「は?なんでお前なんかと」
(いつかこうなるんじゃと、不安だったけどやっぱりか……)
うっとおしそうに突き放しても、そいつはへらへらと笑い続けている。
「最近、マスクしてねーし、前からかわいいと思ってたんだよ」
(めんどくせー)
「先生に言いつけるぞ」
「は、小学生かよ」
あたしは苛立ちを隠せず、テーブルの下でぎゅっと拳を握りしめた。
(くそ、もうぶん殴ろうかな)
(見た目弱そうな彼氏だと、こういう可能性もあると思ってたけど)
(……でも、そんな弱い湊だから好きになったんだし)
ここで騒ぎを起こせば、湊に心配をかけるかもしれない。
ぐっと堪えていると、畑の奥から大きな影が近づいてきた。
「お、なんの話しちゅんず?わも入れで」
棟方が何気ない顔で、あたしと男子の間にぬっと割って入る。
その分厚い胸板を間近で見上げ、男子の顔が引きつった。
「べ、別に……ただ世間話を」
「ほーん。そういえば昨日のテレビおもへがったな」
「あ、ああ……。あ、客が来たから俺接客するわ」
男子はそそくさと視線を外し、逃げるように受付の反対側へと離れていった。
あたしは小さく息を吐き、隣に立つ分厚い背中に声をかける。
「……ありがとな。助かった」
「なもなも」
棟方がにっと白い歯を見せて笑い、受付のパイプ椅子にどっかりと腰を下ろした。
(はあ……やっぱ力が正義なのかな)
(湊、筋トレしないかな)
(でもムキムキの湊はなんかヤだな)
(そうだ。あたしが強くなればいいじゃないか)
ふと、あたしの脳内に電流のような天啓が走った。
(そういえば、忍者みたいなのが近くにいるんだった)
(あいつに忍法を教わろう)
秋の空を見上げながら密かな決意を固めたところで、ドタバタだった文化祭の初日はなんとか幕を下ろした。




