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神愛 ― それいけ華蓮ちゃん ―  作者: 神愛
第2章 臆病者たちの一歩
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第11話 開幕から左遷

文化祭1日目、朝。校舎前の特設エリアは、冷たい空気を切り裂くような熱気に包まれていた。

野菜直売のブースには、すでに折り返すほどの長い列ができている。


光莉の元気な声が朝の空気を突き抜けた。


「いらっしゃいませー!大根あるよー!」

「採れたてじゃ。今朝引いたばかりぞ」


(一昨日のやつも混じってるけどな)

(ま、どうせ分からんだろ)


あたしは、おでん販売の巨大な寸胴鍋の前から、その様子をのんびりと眺めていた。

湯気が立ち上る出汁の匂いが鼻をくすぐる。


(にしても、朝イチからあの行列はやばいだろ)


「すごい人だね、あっち」

「だな。御珠と光莉、目立つから余計に」


隣に立つ湊が、感心したように目を丸くしている。

学校指定の無骨な作業服姿なのに、湊が着るとどこか小動物みたいで……隣に並んでいると、なんだかこっちのペースが狂いそうになる。


列の客が次々と財布の紐を緩め、立派な大根を買っていく。

籠の中の白い山が、目に見えて減っていった。


「ぬ……ちと売れすぎではないか」

「いいことじゃん!どんどん行こ!」


そこへ、しかめっ面をした工藤先生が歩み寄り、空になりかけの籠を覗き込んだ。


「……おい」

「なんじゃ」


「このペースだと午前で売り切れる」

「望むところじゃ」


工藤先生の眉間にあるシワが、さらに深く刻まれる。


「2日間もたせる予定だったんだが」


御珠と光莉が、ピタリと動きを止めて顔を見合わせた。

吹き抜ける秋風が、積まれた大根の葉をカサカサと揺らす。


御珠が、ふんと誇らしげに胸を張った。


「……追加で補充すればよかろう」

「あ……」


その言葉の持つ意味に気づいたのか、光莉が引きつったような声を漏らす。


工藤先生が、やれやれといったふうに長いため息をついた。


「じゃあそうしろ。お前ら二人は2日目の最終パートと交代だ。追加で大根を掘ってこい」


「なぬ!?」

「ええーっ!?朝も掘ったんだけど!」


あたしは手元の大きなお玉で、鍋の中の大根と玉子をゆっくりとかき混ぜた。


(あー、売り切って楽しようと思ったんだけどな)

(収穫体験用の大根なくなるかもな)


味が染み込んだおでん種を見つめながら、これから始まる長い二日間に思いを馳せた。


―――


おでん売り場。

出汁の香りが漂う鍋の前に、あたしと湊が並んで立っていた。


人ごみをかき分けて現れたのは、雪杜と咲良だった。


「あ、いたいた!華蓮ちゃーん!」

「おう」


「御珠が野菜売ってるって聞いたんだけど、いないんだよね。

 時間、間違えたかな」


咲良の手には、小さな男の子の手がしっかりと握られている。

咲良の横で、陽向がきょろきょろと辺りを見回した。


「……みたま。いない」


(陽向ちゃんか。合格発表の時に一緒にはしゃいだな)

(しゅんとしてるのかわいい……)


小さな肩を落とす姿に、思わず頬が緩む。


「御珠はクビになった」

「は?」


咲良が目を丸くして、身を乗り出してきた。


「クビ!?何したの!?」


「売れすぎて午前で完売しそうになったから、先生に止められた。

 ついでに大根掘ってこいって追加任務食らって、今頃畑だ」


雪杜が呆れたように額に手を当てた。


「……相変わらずだね、御珠」


「さすが御珠ちゃん!

 喫茶店でも大人気だったもんね!」


無邪気に笑う咲良の足の後ろから、陽向がじっと視線を送っている。

その先には、初めて見る湊の姿があった。


「……だれ」


「あ、湊くんだよ。華蓮ちゃんの彼氏さんだよ」


陽向は無言のまま、湊の作業服姿をまじまじと見つめ続けている。


「あ、えっと……はじめまして」


湊が少し屈んで愛想笑いを浮かべたものの、陽向は答えることなく咲良の足の裏にさらに深く隠れてしまった。


「人見知りなの。ごめんね」

「ううん、大丈夫」


(子供にビビられるとか、地味にダメージあるよな)


苦笑いする湊の背中を、軽くポンと叩いてやる。


「とりあえず、おでんちょうだい」

「私も。大根とたまご」


「あいよ。300円」


発泡容器の椀に、熱々の大根と玉子、それにたっぷりの出汁をよそって手渡した。


「陽向は熱いから、ふーふーしてからね」


咲良が陽向の分を小さく取り分けてやっている。

湯気越しに見るその光景は、なんだかとても微笑ましい。


「御珠、どこ探せばいいかな」


「まずは畑かな。靴汚れるから、あんま近づかないほういいぞ。

 あたしらも仕事中だし、抜けらんねーから」


「うん。ありがとう」


三人は熱々のおでんを手に、賑わう売り場から離れていく。


その背中を見送っていると、陽向が最後にもう一度振り返った。

あたしが小さく手を振ると、陽向はびくっとして咲良の足にぴたりとひっつく。


(かわいいなぁ……)

(湊との、子供……)


ふいに脳裏をよぎった想像に、ボッと顔が熱くなる。


(なに考えてんだ!あたし!)


慌ててお玉を手に取り、無意味に鍋の中をかき混ぜて誤魔化した。


―――


おでんの売れ行きは順調で、あたしと湊はひたすら接客をこなしていた。

そこへ、見慣れた二人が連れ立って現れた。

澄香と透だ。


「華蓮。精が出るわね」

「よーっす」


あたしは鍋をかき混ぜながら答えた。


「御珠ちゃんが隣で野菜売ってるって聞いたんだけど」


澄香が隣のブースに視線を向ける。


「御珠はクビになった」

「は?」


澄香が呆れたように顔をしかめた。


「クビって、何やったのよまったく……」

「さすが御珠さんだ」


透が感心したようにポンと手を叩く。


「とりあえずおでんちょうだい」

「あいよ。300円」


代金を受け取り、発泡容器に熱々のおでんをよそって渡した。


「畑に行けばいるかもしれねーぞ」

「ありがとう。行ってみる」


二人は湯気の立つ容器を手に去っていく。

その後ろ姿を見送りながら、湊が首を傾げた。


「中学時代の友達?」

「そんなとこ」


澄香たちと入れ替わるように、今度は莉子と颯太がやってきた。


「あ、華蓮ちゃん」


颯太が続けて手を上げる。


「よー!」

「あの、御珠ちゃんは……?隣で野菜売ってるって聞いて来たんだけど」


莉子があたりをキョロキョロと見回している。


「御珠はクビになった」

「え!?」


莉子が目を丸くした。


「えっ、なんかやらかしたのか?」

「野菜が売れすぎてストップがかかった」


あたしの説明に、颯太が腹を抱えて笑い出す。


「ぎゃはは!さすが御珠!」


「はあ……とりあえずおでん、ちょうだい」

「あいよ。300円」


おでんを受け取った二人も、笑いながら人波に消えていく。


(あの二人、経験済みなんだよなぁ……)

(莉子に感想聞いてみたいなぁ……)


遠ざかる背中を見つめながら、下世話な考えが頭をよぎる。


「中学時代の友達?」

「そんなとこ」


次に来たのは、まったく見覚えのないショートボブの女子だった。

酷く落ち着き払った様子で、隣には母親らしき人が付き添っている。


「御珠さんがいないのだ。

 ここにいると聞いたのだ」


(のだ……なんか変なの来た)

(まあ、御珠自体が変な奴だから、変な友達もいるんだろうな)


あたしはお玉を握り直して答えた。


「クビになった」

「そうなのか」


彼女は表情ひとつ変えない。


「とりあえず、おでんをもらうのだ」

「……あいよ。300円」


ショートボブの女子は椀を受け取り、静かに背を向ける。

母親らしき人が丁寧にお辞儀をして、二人は去っていった。


「……いまの、語尾」

「聞くな。あたしも分からん」


息つく暇もなく、今度は洗練された服装の女子がやってきた。

その後ろには、なんと黒スーツのお付きの者が控えている。


「あら。御珠さんはいらっしゃらないの?」


(お嬢様きた)

(こいつ、あっちの文化祭で御珠にガン飛ばしてたヤツじゃねーか)


あたしは一瞬たじろぎながらも、同じセリフを繰り返した。


「クビになった」

「あらそう」


お嬢様は特に驚いた様子もなく、優雅にこくりと頷いた。


「とりあえず、おでんをいただこうかしら」

「……あいよ。300円」


お付きの者が代金を支払い、二人は人混みの中へ消えていった。


「御珠ちゃん、大人気だね」

「篠見高校でも握手会してたからな。あいつ」


あたしは鍋の底から大根をすくい上げ、小さく息を吐いた。


(御珠は畑って案内ボードでも置いとくかな)


「……あんな友達もいるんだね」

「あいつ顔広すぎだろ」


(てか野菜売り場のやつに聞けっての)


よく見ると、野菜売り場の当番が、御珠を探す客をこっちへ顎でしゃくって回していた。


―――


おでん売り場で途切れることのない客の波をさばき続けていると、不意に見覚えのある女性と、その隣にやや背の高い男性が目の前に現れた。

顔を上げた湊が、ピタリと動きを止める。


「な、凪姉……!」

「あ、いた。湊」


お姉さんが、ひらひらと手を振る。

隣の男性は人懐っこい笑みを浮かべて、湯気の立つ鍋の中を覗き込んだ。


「お、うまそうなおでん売ってるじゃん。腹減ってたんだよな」


(湊のお姉さんと、雪杜の従兄)


あたしはお玉を握る手にぐっと力を込め、内心で身構えた。


(従兄の方は、こないだ御珠と親しげに話してたなぁ)


凪さんが、あたしに視線を向けた。


「華蓮さん、ですよね。湊から聞いてます」

「あ、ども。坂本 華蓮です」


校舎の壁に掛かっている時計へ視線を向ける。

針はもうすぐ11時を指そうとしていた。


「あの、11時で交代なんで、もうちょっと待っててもらえますか?」

「もちろん。ゆっくりお話ししたいから」


数歩引いた位置から、あたしたちの働きぶりを凪さんと彼氏さんが眺めている。

やがて交代の生徒がやってきて、あたしたちはようやく持ち場を離れることができた。


「お待たせしました」

「あの、あの」


彼氏さんを前にして、湊がパニックを起こしたようにしどろもどろになっている。


「君が湊くんだね。お姉さんや雪杜から話は聞いてるよ。

 浜田 一樹だ。お姉さんとお付き合いさせてもらってるよ。よろしくね」


「田中 湊です。よ、よろしくお願いします」


あたしは少し考えてから口を開いた。


「えっと食堂でも行きます?」

「いいね!行こう行こう!」


人波を縫って食堂へと移動する。


途中、雪杜と咲良があわてた様子で向かいからやってきた。

浜田さんが、雪杜にしがみつく陽向を見て「隠し子か!?」とアホな突っ込みを入れてるのが目に入った。


(陽向ちゃん、雪杜とは距離あるように見えたんだけどな)


雪杜とすれ違う。


「帰るのか?」

「うん。ちょっと」


(陽向ちゃん、なんかあった?)


「……陽向ちゃん、どうかしたか?」

「うん。まぁ……。御珠によろしく」


よく見ると、ズボンが少し濡れているようだった。


(粗相でもしちゃったか)


「わかった」


三人は昇降口へ向かって行ってしまった。


気を取り直して食堂へ。

運よく空いていたテーブルを見つけて、四人で腰を下ろした。


「えっと、せっかくだから、何か食べますか?

 野菜炒めがお勧めで……」


「……そうね。でもその前に」


凪さんが突然立ち上がり、周りの目も気にせずばっと深く頭を下げた。


「湊を救ってくれてありがとう!」


「え!?え!?ちょ、ちょっとお姉さん!」

「凪姉!?」


周囲の生徒たちが何事かと振り返る中、凪さんがゆっくりと頭を上げる。


「ずっとお礼を言いたかったの。湊の、彼女になってくれてありがとう。

 この子、毎日うれしそうで。こんなこと、いままでなかったから。

 本当に、本当にありがとう」


凪さんがテーブル越しにあたしの手を取り、優しく握りしめてきた。

その目には、かすかに涙が滲んでいる。


隣に座る浜田さんが、若干引き気味な顔でその様子を見つめていた。


「えっと、湊がかわいかったから、その……」

「……」


あたしの言葉を聞いて、湊の耳まで真っ赤に染まる。


「なんだこれ」


いまいち状況が飲み込めていない浜田さんの声が、食堂のざわめきの中に溶けていった。



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