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神愛 ― それいけ華蓮ちゃん ―  作者: 神愛
第2章 臆病者たちの一歩
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第5話 初デートはカラオケで2

しばらく歌い続けていると、ふいに予約していた曲のストックが尽きた。

防音の効いた室内が、急に静まり返る。


(……あれ、曲なくなった)

(次何入れよう)


リモコンを手に取ろうとして、なぜか動きが止まった。

隣に座る湊の気配が、やけに近い。

そちらに目を向けると、湊がじっとこちらを見つめていた。


(……なんで見てんだ)

(なんか、変な空気)


交わった視線が外せない。

湊の顔が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


(……)

(あ、これキスする流れだ……)


反射的に、ぎゅっと目をつむった。

室内の空気の流れる音だけが耳に届く。

そして、柔らかいものが唇に触れた。


(湊の……唇……)


熱を帯びた感触が、数秒だけ留まる。

やがて、その熱がそっと離れていった。


(……した)

(キスした)

(初めての……)


息をのんだまま、まだ動けずにいた。


目を開けようとした瞬間、突然、肩を強く押されてソファに背中を預ける形になった。

湊の体が、上から覆いかぶさってくる。


(え!?っちょ!)


見開いた視界いっぱいに、息を荒らげ、普段の大人しさからは想像もつかないほど興奮した湊の顔があった。


(なんて顔してんだよ!)


驚く間もなく、湊の手が服の上からあたしの胸を揉みしだいた。


(えっえっ!?)


「なにしてんだよ!」


パニックになり、跳ね除けようとした足が、勢いよく湊の股間を捉える。

鈍い感触のあと、湊がくの字に折れ曲がった。


「っ……!」


「おま!いきなりすぎんだろ!」


ソファの上に転がり、両手で股間を押さえて悶絶する湊を見下ろす。


(やばかった!やっぱ湊も男だった!)


乱れた呼吸を整えるように、ふーふーと大きく息を吐き出した。

しばらくして、痛みに耐えるような震えた声が聞こえてくる。


「ごっ……ごめん……」

「ごめんってお前……」

「なんか我慢できなくなって……」


苦しげな湊の言葉に、少しだけ冷静さを取り戻す。


(男はみんな狼は本当だった)

(でも、あたしに興奮してくれたってことなんだよな……)


痛みが少し引いたのか、湊が涙目でこちらを見上げた。


耳まで真っ赤にして、捨てられた子犬のようにしょんぼりとしている。

その姿を見て、ふと罪悪感が顔を覗かせた。


(もうちょっとくらい触らせればよかったかな……)

(いや、ダメだ!こういうのはなし崩し的に最後までいっちまうんだよ!まだ早えーだろ!)


首をブンブンと振って、己の中の甘い考えを打ち消す。


「そ、そういうのはもうちょっと付き合ってからな……」

「もう……しないから……。嫌いに……ならないで……」


消え入りそうな声で懇願され、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

呼吸を落ち着かせ、ゆっくりと口を開く。


「……嫌いになるわけないだろ。

 ちょっとビックリしただけだ……」


自分でも驚くほど、小さい声しか出なかった。

湊の耳に届いたかどうかはわからない。

それでも、目の前でうずくまる彼を放っておけなくて、少しだけ身を乗り出す。


「それよりチンコ大丈夫か?」


(あれが、男の……)


膝にうっすらと残る生々しい感触を思い出し、再び顔が熱くなる。


「うん……なんとか……」


(不能になったらどうしよう……)


湊の弱々しい返事を聞きながら、どうやってこの場を収めればいいのか、完全に頭がショートしていた。


―――


そのままカラオケを続ける気にはなれず、そそくさと店を出た。

外はすでに夕方の空気に包まれ、街の輪郭が橙色に染まり始めている。


(いろいろあったけど……)

(楽しかった……のか?)


隣を歩く湊の様子を盗み見る。

二人とも口数を減らしたまま、駅までの道を並んで歩いた。


「最後は、ごめん……」

「もういいって。チンコ痛かったろ」

「もう……チンコ連呼しないでよ……」


湊が恥ずかしそうに顔を伏せる。

駅前の通りを、行き交う人々の足音だけが通り過ぎていった。


(言わなきゃいけないことがある気がする)

(でも言いにくい)

(……いや、言う)


足を止めず、あえて視線を前に向けたまま口を開いた。


「……キス自体は、嫌じゃなかったから」

「……っ」


隣で、じゃりっと靴底がアスファルトを擦る音がして、湊の足が止まった。

振り返らず、さらに言葉を絞り出す。


「けど、おっぱいはまだ早えーから……また……今度な……」


顔に血が集まるのがわかる。絶対に耳まで真っ赤になっているはずだ。


「う、うん」


背後から、ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

風が通り抜け、二人の間に静けさが降りる。

やがて、湊が追いついてきて、再び二人並んで歩き出した。


(言った)

(「また今度」って言った)

(……あたし、何約束してんだ)

(でも……まあ……いつかは……)


夕焼けに照らされたアスファルトに、二人の影が長く伸びていた。


―――


夜。

自室のベッドに寝転がり、ぼんやりと虚空を見つめる。


(きょう、湊と……初めて……)


無意識に、唇に指先を当てる。


(待てよ?付き合って一週間でキスってどうなんだ?)

(しかもおっぱい触られて、チンコ蹴った)

(……我ながらすごいデートだったな)


蛍光灯の眩しさに目を細める。


(誰かに聞いてみるか……)

(光莉……はなんか嫌だから)

(咲良……もあんま参考にならなそうだから)


ベッドで寝返りを打ち、スマホを手に取る。


(莉子に聞いてみよ)


メッセージアプリを開いて、文字を打ち込む。


華蓮:昨日の雪杜みた?


すぐに既読がつき、返信が跳ねる。


莉子:見た見た!華蓮もいたんだ!

華蓮:おう

華蓮:面白かったな


画面にポップなキャラクターのスタンプが表示される。


(掴みはOKだな)


指先を滑らせて、本題を投下する。


華蓮:ところで颯太とどんくらいでキスした?


送信ボタンを押してから、少し後悔した。


(唐突過ぎたかな)


画面の向こうの莉子の反応を待つ。


莉子:え!?彼氏でもできた!?


文字を見た瞬間、ベッドの上で頭を抱えた。


(くそ!なんでこいつらすぐ気づくんだよ!)


やけくそでフリック入力する。


華蓮:まぁな

華蓮:で、颯太とどんくらいでキスした?


通知音が連続して鳴り響く。


莉子:わーおめでとー!

莉子:どんな人!?


スマホの画面を睨みつける。


(くそ!早く教えろよ!)


メッセージを打つのが面倒になり、そのまま通話ボタンをタップした。

数回のコールの後、聞き慣れた声が響く。


『おめでとー』


にやにやとにやけている顔が、電話越しにも伝わってきた。


「早く教えろよ!」

『えー、そっちが先に教えてよー。相手誰なの?』


舌打ちをこらえてスマホを握りしめる。


(くそー)


「同じクラスの子……」

『きゃー』


耳をつんざくような黄色い声がスピーカーから飛び出す。


『いつからいつから?』

「先週から……」

『きゃー』


またしても高い歓声が響き、スマホを少し耳から離す。


「もういいだろ!教えろよ!」

『うーん、いつだったかなー。いっぱいしてるから忘れちゃったー』


のらりくらりとかわす言葉に、思わず声が大きくなる。


「初キス忘れるわけないだろ!」

『えへへ。ごめんごめん。初キッスね……半年くらい経ってからだよ』

「は・ん・と・し!?」


ベッドからガバッと身を起こす。


(一週間ってかなり早い!?)


『えー、なになにー?もうキスしちゃった感じー?』


からかうような声に、顔がカッと熱くなった。


「う、うん……」

『きゃー(三回目)』


『いいと思うよ。私たちはまだ中学1年だったし、高校生なら普通じゃない?』

「そ、そうだよな!うんうん!」


ホッと胸を撫で下ろして、頷きを返す。


「相談のってくれてありがとうな。

 ところで颯太とはもうヤった?」


プツッという無機質な電子音が鼓膜を打った。


(っち。ノリで教えてくれると思ったのに)


画面を見つめながら、再度メッセージアプリを開く。


華蓮:なんだよ!いいだろ!教えろよ!


すぐに既読がつき、返信が来た。


莉子:もう!デリカシーないのは相変わらずね!


続けて、激しく怒っているスタンプが画面に表示された。


(これはもうヤったな)

(3年も付き合ってるし、高校生なら当然だよな)


スマホの画面を暗くして、ベッドの脇に放り投げる。

再び仰向けになり、天井の模様をぼんやりと見つめた。


(いつか……湊とする日が来るんだろうか)


胸の奥がドクンと跳ねて、ぎゅっと目を閉じる。


(……まだ早えーけど)

(……いつかは)


じわりと体が熱を持つのがわかった。

シーツの上で右手がゆっくりと下へ滑り落ちる。


(湊も……いま頃……おっぱいの感触思い出して……もしかしたら……)


熱を帯びた吐息が部屋に溶けていく。

妄想はもう止まらなかった。

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