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神愛 ― それいけ華蓮ちゃん ―  作者: 神愛
第2章 臆病者たちの一歩
30/63

第4話 初デートはカラオケで1

夜。

自室のベッドに寝転がっていると、スマホが短く震えた。


画面には湊の名前が光っている。


(明日の相談かな)


通話ボタンをスライドして、スマホを耳に当てた。


「もしもし」

『こんばんわ』


「こんばんわ。今日楽しかったな」

『うん。雪杜の漫才、すごかったね』


スピーカー越しに聞こえる声は、昼間の熱気をまだ少し引きずっているようだった。


「あいつ、なんでもこなすな」

『中学でもいろいろやってたの?』


「ああ。ダンスのMCしたり、生徒会長やったり、文化祭で司会やったり、他にも御珠と咲良と三人でいろいろすごかった」

『御珠さんも春原さんもか……なんとなく分かる』


湊の言葉に、中学時代のあいつらの無双っぷりが脳裏をかすめる。


「だな」


電話の向こうで、ふっと吐息が漏れるような、小さく笑う気配がした。


(笑い声、好きだな)

(……って何考えてんだあたし)


不意に頬が熱くなって、言葉が途切れる。

静まり返った部屋に、時計の針の音だけがカチカチと響いた。


「……なあ、明日。どうする?」


問いかけてから、返事が来るまでの数秒がやけに長く感じる。


『……明日も、デートしたい』


その一言に、息が止まった。


(……く)

(心臓うるさい)


胸の奥で早鐘を打つ音を必死に抑え込む。


「……わかった」


少しだけ声が震えてしまった気がする。


『あの、カラオケ……行ってみたい。行ったことある?』


「何度か。

 じゃあ昼一緒に食ってからカラオケ行くか?」


『うん!』


弾んだ声が耳に飛び込んでくる。


(テンション上がった)

(……かわいいな)


にやけそうになる口元を、空いている片手で慌てて覆った。


「駅前で待ち合わせでいいか。11時」

『うん。じゃあまた明日』

「おう。また明日」


通話終了の短い電子音が鳴り、画面が暗くなる。

熱を持ったスマホを、胸の上にそっと置いた。


(『明日もデートしたい』、か……)

(明日が本当の初デートだ)

(きょうのは練習だ練習。ノーカンだ)


蛍光灯の光を放つ天井をぼんやりと見つめたまま、心臓の鼓動が落ち着くまで、しばらく身動きがとれなかった。


―――


日曜日の駅前。


約束の11時より少し前に着いてしまった。

行き交う人々の波を眺めながら、スマホで時間を確認する。


(早く来すぎた)

(……でも遅刻するよりいっか)


顔を上げて、人の流れに視線を滑らせる。

その中に、見慣れた小柄なシルエットを見つけた。


(……来た)


湊がこちらに向かって歩いてくる。

昨日の文化祭より、さらに気合いの入った女装姿だった。


きれいにまとめられた髪が、歩くたびにふわりと揺れている。


(……)

(また固まってる、あたし)

(なんで毎回こうなるんだ)


無意識に呼吸が浅くなるのをどうにかごまかす。

湊が目の前で立ち止まり、上目遣いでこちらを見た。


「……おはよう」

「お、おう。おはよう」


声が裏返りそうになるのを、咳払いでなんとか飲み込んだ。

湊が、少し不安そうに自分の服の裾を摘む。


「……変じゃない?」

「変じゃない」


食い気味に即答してしまった。


(早すぎた)

(でも変じゃないから仕方ない)


視線を逸らそうとして、湊の髪元で小さく光るものに気づいた。


(あ、このヘアピン……)


「先週あたしが選んだやつだ……」

「えへへ……せっかく選んでくれたから」


湊が柔らかくはにかむ。

その笑顔の破壊力に、目の前が真っ白になった。


(なんだこれ!なんだこれ!やばすぎる!)

(心臓止まれ!)

(……ダメだ!止まったら死ぬ!)


胸の奥で暴れ回る心臓を必死に宥めすかし、無理やり足を踏み出す。


「……い、行くか。飯食ってからカラオケだ」

「うん」


歩き出したあたしの隣に、湊が嬉しそうに並んだ。


―――


駅前にひっそりと佇む和風カフェ。

格子戸をくぐると、店内には落ち着いた木の香りが漂っていた。


(御珠が言ってたとこ、ここか)

(確かに雰囲気いいな)


店の外観を眺めながら感心していると、隣で湊が目を輝かせた。


「……おしゃれなお店だね」

「御珠に教えてもらったんだ。抹茶ケーキが美味いって」

「抹茶ケーキ……食べてみたい」


「いらっしゃいませー。2名様ですね。こちらにどうぞ」


店員に案内され、窓際の日当たりのいい席に腰を下ろす。

柔らかな光が差し込むテーブルに、ほっと息をついた。


(いい感じだ)


テーブルに置かれたメニューを開く。


「何にする?」

「うーん」


視線を落として、色鮮やかな料理の写真を眺める。


(抹茶ケーキだけじゃ足りないよな?)


「あたしは……このパスタと……デザートに抹茶ケーキで」


だしバターきのこパスタ。


「じゃあ、私は……これにしよっと」


しめじとサーモンの和風スパゲッティ。


「パスタでいいのか?他にもあるぞ?」

「一口交換会してみたくて……」

「お、おう」


上目遣いで放たれた言葉に、不意を突かれて喉が鳴る。


(こいつほんと女子っぽいこと好きだよなー)

(あたしより女子っぽいの、なんかむかつく)


店員を呼んで注文を済ませると、テーブルを挟んで向かい合った湊が口を開いた。


「昨日……楽しかったね」

「ああ。雪杜の漫才、ちゃんと面白かったな」


「うん。あと御珠さんの握手会とか……」

「あれはもう諦めてる。あいつどこ行っても御珠だから」


呆れ半分で答えると、湊が肩を揺らして小さく笑った。


「渡り廊下も……悪くなかったな」


口に出してから、自分の不用意な発言に背筋が跳ねる。


(急に何言ってんだあたし)


「……うん。悪くなかった」


湊がこちらを見て、少しだけはにかむように笑った。


(笑うなって)

(心臓うるさい)


胸の奥の鼓動を必死に宥めていると、湯気を立てる二つのパスタが運ばれてきた。


「わあ……美味しそう」

「うまそう」


フォークを手に取り、二人で食べ始める。


「……はい。あーん」

「あ、あーん!?」


いきなり、パスタが巻きつけられたフォークが目の前に差し出された。


(だ、大丈夫だ)

(昨日もクレープ食べたし)

(傍から見れば女子同士が、ノリで交換しているようにしか見えないはずだ)


差し出されたフォークから、思い切ってパクリといただく。

もぐもぐと咀嚼する間も、顔に熱が集まっていくのがわかった。


「……どう?」

「う、うん。美味しいよ」


(味なんかわかんねーよ!)


「こっちも……食べるか?」

「……うん」


自分のフォークにパスタを巻きつけて、そっと差し出す。

湊が少し身を乗り出し、パクリとそれを口に入れた。


顔を赤くしながら、もぐもぐと口を動かしている。


「……お、美味しいよ」


(そっちも照れてんじゃねーか!)


お互い、それ以上は言葉を出せず、無言で残りのパスタを食べ進めた。


「えっと……カラオケ、楽しみだね」

「あ、ああ。そうだな」


空になった皿が下げられ、ぽつりと湊がつぶやいた。


「カラオケって初めて……」

「緊張してんのか?」


グラスの水を飲みながら尋ねる。


「歌えなくてもいいから。まあ行けばわかるって」

「うん」


言い終わると同時に、デザートの抹茶ケーキが運ばれてきた。


「わあ……!」

「写真、撮るのか?」

「うん!」


湊はスマホを取り出し、ケーキの写真を何枚か撮り始めた。


「せっかくだから華蓮も」

「え!?あたしは別にいいよ」


急にレンズを向けられ、両手を振って拒否する。


「いいからいいから。ほらケーキ持って」

「仕方ねーな」


照れ隠しでしかめっ面をしながら、ケーキの皿を持ってカメラ目線を作った。


「えへへ。待ち受けにしちゃおっと」

「っちょ!やめろって!恥ずかしいだろ!」


テーブル越しにスマホを奪おうと手を伸ばし、どたばたといちゃつく。


(やべ。めっちゃ楽しい!)


ようやく落ち着いて、湊がフォークでひと口ケーキを頬張った。

途端に、その目が真ん丸になる。


「……っ、おいしい」

「マジか」


あたしも自分のケーキを切り分け、口に運んだ。


(……んま!)

(御珠め、いい店知ってんじゃねーか)


二人でケーキを味わう、穏やかで悪くない時間。


(二人きりで外で飯食ってる)

(……普通なのに、なんかドキドキする)

(これが……本物の……デート……)


―――


受付を済ませて、案内された個室へ入る。

防音扉が重たい音を立てて閉まり、通路のBGMが遮断された。


(……二人きり)

(密室じゃないか)

(当たり前だろカラオケなんだから!)


ソファに腰を下ろしながら、一人で勝手にテンパる頭にツッコミを入れる。


「広いね」

「まあ普通だな。ドリンク頼むか」


湊はテーブルの上の電子リモコンを手に取り、まじまじと画面を見つめていた。


「これで曲入れるの?」

「ああ。ここで検索して、入れる」

「……へえ」


湊は真剣な顔つきで、不慣れな手つきでリモコンを操作し始めた。


(なんか楽しそうだな)


「……入れた」

「何入れたんだ?」


ピッと短い音が鳴った直後、スピーカーからアップテンポで刻むようなイントロが流れ出す。


(あ、これちょっと前に流行った難しい曲)


ハイトーンのボカロ曲だ。


湊が両手でマイクを握り締め、画面のテロップに合わせて口を開いた。

しかし、出だしの高音に喉がついていかず、かすれたような音しか出ない。


「……あれ」


もう一度、次のフレーズで挑戦するが、やはり声がひっくり返ってしまった。


「……」


湊がしょんぼりと肩を落とし、マイクを下ろす。


「僕、声高いからいけると思ったんだけどな……」

「はは」

「笑わないで……」


むくれたように唇を尖らせる湊を見て、あたしは慌てて手を振った。


「いや悪い悪い。雪杜もおんなじようなことしてたなーって。

 めっちゃ早口な曲入れて、全然ついていけてねーの」


あたしが思い出し笑いをしながら言うと、湊も少しだけ表情を緩めた。


「雪杜らしい」

「ああ。あいつも最初は撃沈してた。練習すればいけるって」

「……うん。頑張る」


湊は気を取り直したように、再びリモコンに向かった。

今度選んだのは、無理な高音のない、音域の合ったしっとりとした曲調のものだった。


イントロが終わり、湊がマイクに口を寄せる。

響き渡ったのは、ボイスチェンジャーを通していない、穏やかで澄んだ湊の地声だった。


(……あ)

(この声……)

(普段と全然違う)

(なんか……すごい)


すっと耳の奥まで染み込んでくるような歌声に、気づけば瞬きも忘れて聴き入っていた。


(心臓、またうるさい)

(なんでカラオケで死にそうになってんだあたし)


薄暗い部屋の中で、モニターの光に照らされる湊の横顔から、どうしても目が離せなかった。


―――


最後のフレーズが部屋に溶けるように消え、採点画面のBGMが流れ始める。


「……うまいじゃないか」


マイクを下ろした湊に、思わず声が漏れた。


「え?本当に?」

「ああ。声がいい」


言ってから、しまった、と奥歯を噛む。


(素直に言いすぎた)


「……えへへ」


湊が照れくさそうに笑い、マイクを両手で握り直す。


(笑うな心臓が死ぬ)


「華蓮も歌ってよ」

「あたしは別に……」


湊が身を乗り出し、期待に満ちた目を向けてくる。


「いいからいいから。聴きたい」

「……しょうがないな」


ため息をつきながらリモコンを手に取り、適当な曲を入れた。


イントロが流れ始め、マイクを握る。

特別うまいわけでも、下手なわけでもない。ただの普通の歌声だ。

それでも、モニターの端に映る湊の姿が気になって仕方ない。


(見るな)

(真剣に聴くな)

(恥ずかしいだろ!!)


画面のテロップを目で追いながら、必死に平静を装って歌いきる。

曲が終わり、採点画面に切り替わると、隣から小さな拍手が聞こえた。


「……よかった」

「普通だろ」


マイクをテーブルに置きながら、ぶっきらぼうに返す。


「声が好き」

「……っ」


ストレートな言葉に、顔中の血が一気に沸騰したような感覚に襲われる。


(こいつ、何回あたしを殺す気だ!)


これ以上顔を見られてたまるか。

動揺を隠すように、すぐにリモコンの検索画面を立ち上げた。


そこからは、不思議と緊張も解け、交互に曲を入れ続けた。

高音が出なくて二人で笑い合ったり、古い曲を入れて突っ込みを入れたり。


(楽しい)

(……素直に、楽しい)


マイクを握ってノリノリで歌う湊の横顔を眺める。


(こいつ、だんだん楽しくなってきてる)

(……いい顔してんな)


個室の中には、二人の声だけが響き続けていた。

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