第23話 この日、あたしは
午前11時。
ショッピングモール内のイベントホール。
あたしはスマホの時計を睨みつけた。
(……まだ来ない)
(つーか、なんであたしが先に来てんだ)
(こーゆーの普通男だろ)
(……でもあいつ女の恰好してくるのか)
(わけが分からない)
のっけから頭の中が混乱しまくる。
しばらくすると、休日の行き交う人の流れの中から、見慣れない女の子がこちらへ歩いてきた。
(……え)
思わず体が固まる。
「……おはようございます」
(声で分かった)
(でも)
「……誰だお前」
「田中です」
(わかってる)
(わかってるけど)
「……完成度、たか」
「え?」
(ウィッグすご!マツエクすご!)
(化粧もばっちりじゃねーか)
「なんでもない。行くぞ」
「はい……」
あたしは踵を返して歩き出す。
隣に、少し縮こまった様子の湊が並んだ。
―――
モール内の落ち着いた喫茶店に入り、あたしたちは向かい合わせの席に座った。
(静かだ)
(なんか静かすぎる)
「……あの」
「なに」
「デートって……なにするものなんですかね」
(あたしに聞くな)
「知らん」
「坂本さんも初めてですか」
「……うるさい」
あたしは逃げるようにテーブルの上のメニューを開いた。
「僕……私も初めて」
「え?」
「初めてです」
(僕……私……)
(女の恰好なのに僕、中身男なのに私)
(どっちも違和感あって混乱する……)
「……とりあえず何か食おっか」
「はい」
適当に店員を呼んで、料理を頼んだ。
しばらくして運ばれてきた皿を見て、目の前のそいつはパッと顔を輝かせた。
「わー、美味しそうー」
湊の前に置かれたのは、生クリームやブルーベリー、野イチゴなんかで綺麗にデコレーションされた、いかにも可愛らしいパンケーキだった。
「写真撮っとこ」
スマホを構える姿を見て、あたしは内心で頭を抱えた。
(あたしより全然女の子っぽい……)
「なぁ。普段からそんな感じなのか?」
「えと……女装して友達と出かけるの初めてで……普段からではないです」
「とりあえず、敬語やめねーか?」
「え……敬語を……やめるんですか?」
(また使った)
「だから」
「……む、難しい」
「難しくない」
「……う」
湊は少し考えてから、おそるおそる口を開いた。
「……きょうは、よろしくね」
(急にタメ口になった)
「……そうだな」
返事をしたものの、湊はそれ以上言葉を続けない。
俯いたまま、テーブルの下でギュッと両手を握りしめているのが見えた。
(……なんだよ)
「……か、華蓮……さん」
「さん、いらない」
「……かれん」
ぽつりと呟いた湊の頬が、ほんのりと赤く染まる。
「なに」
(なんで赤くなってんだ)
(呼んだのそっちだろ)
「……今日、髪、かわいいね」
「……は?」
完全に不意打ちを食らって、あたしはピタリと固まった。
(急に褒めるなし!)
(照れるだろ!)
「……ありがと」
自分で言っておいて、なんだか変な空気になる。
(なんかこれ)
(デートっぽいな)
「……なんか、緊張するね」
「……そうだな」
あたしは誤魔化すように、窓の外へ視線を向けた。
「緊張してないとは言わない」
「……よかった」
「なにが」
「一人じゃないんだなって」
はにかむように笑うそいつを直視できず、あたしは無言で口元を覆った。
(っく、かわいいと思ってしまった)
「お待たせしました」
ちょうどそこへ、あたしが頼んだパスタも到着した。
「……食おうぜ。冷める」
「うん」
―――
目の前のパスタをフォークで巻き取りながら、ずっと気になっていたことを口にする。
「なぁ。もしかして雪杜もこのこと知ってんのか?」
「うん。VTuberデビューも雪杜くんが手伝ってくれて」
(それであいつ、たなこの話してる時ニヤついてたのか)
あの時の雪杜の含み笑いを思い出して、思わずため息が出た。
「なるほど。いろいろ合点がいった。デビューしたての個人勢に切り抜きとかおかしいと思ったんだわ」
「雪杜くんには感謝してるよ」
湊はパンケーキを切り分けながら、嬉しそうに微笑んだ。
「いつの間に繋がってたんだよ、お前ら」
「えへへ。GWにね。意気投合しちゃって、連絡先交換してたんだ」
(あの農場で井戸端会議してた時か)
「お前らなんか似てるもんな」
「うんうん。私もそう思う」
湊は心底同意するように、ぶんぶんと頷いた。
―――
あたしはフォークを動かしながら、次の疑問を口にした。
「なんで配信時間変えたんだ?」
「平日は学校だし、土日は……家に親がいて配信できなかったの」
(ああ、なるほど)
(親バレはマズイもんな)
「よくあの激戦区で配信しようと思ったな」
「自分でもちょっと無謀かなと思ったけど、土曜だったら昼にネタを考えて、夜更かしもできるなって思って」
湊は少し照れくさそうにはにかんで、小さく切ったパンケーキを口に運んだ。
「なるほどなぁ」
妙に納得してしまい、あたしは素直に相槌を打つ。
―――
あたしは勢いに乗って、次の疑問をぶつけた。
「家で配信だと、うるさくないか?」
「そこは、ダンボールで配信部屋を作ったんだ」
「防音シートとか貼って、作るの大変だったよ。写真見る?」
「え、見たい見たい」
あたしは思わず身を乗り出し、湊が操作したスマホの画面を覗き込む。
そこには、ガムテープと謎のシートで補強された、自作感満載の異様な箱が写っていた。
「え!?こんなの部屋にあったら親もビビるだろ!」
「……折りたためるようにしてあるんだ」
少し得意げに湊が言う。
「折りたためるのかこれ!?」
「使う時だけ組み立てて、終わったら押し入れに仕舞うの」
「毎回!?」
「毎回」
(くっそめんどくさそう……)
呆れを通り越して、なんだか感心してしまった。
「配信って大変なんだな……」
「……うん。すごく大変」
湊はスマホをしまいながら、ふと視線を落とした。
「でも夏休みに配信してる間は幸せだったよ」
「幸せかぁ……」
穏やかに微笑むその顔を見て、あたしも小さく呟いた。
―――
「なぁ、女装のことは親も知ってるのか?」
「親には……言ってない……」
湊は少し申し訳なさそうに視線を泳がせた。
「マジか。じゃぁ服隠すの大変じゃね?」
「うん……これはお姉ちゃんの服なんだ」
「え!?姉がいるのはほんとだったの!!?」
「うん。お姉ちゃんがいなかったら、私はとっくに壊れてたかもしれない……」
ぽつりとこぼれ落ちたその言葉の響きに、あたしはピクリと反応した。
(あ、これ重いやつだ)
御珠のせいで、そっちの気配には妙に敏感になっていた。
「そ、そっか。お姉ちゃんいい人だな」
あたしは慌てて相槌を打って、空気を軽くしようと努める。
「うん。自慢のお姉ちゃんだよ」
湊は少しだけ目を伏せて、愛おしそうに微笑んだ。
―――
「私だけじゃなく、華蓮のことも教えてよ!」
「あたし?なにもねーぞ」
パンケーキを美味しそうに頬張りながら、湊が急に話を振ってきた。
「天野さんのこと好きなんでしょ?」
「えっ!」
いきなりの直球に、あたしは思わずフォークを取り落としそうになる。
(昨日の電話で、勢いで言っちまったんだっけ……!)
完全に自分で墓穴を掘っていたことを思い出し、あたしは気まずく視線を泳がせた。
「ま、まあな……」
「天野さん、綺麗だもんね。同性でも好きになっちゃうの、なんか分かる気がする」
屈託なく笑う湊に、あたしは自嘲気味に息を吐く。
「こないだ振られたんだけどな……」
「え、そっか……なんかごめん……」
湊が慌てて身を縮こまらせた。
「いいよ……あいつの頭は雪杜と咲良でいっぱいだもの。あたしなんか元々入る隙がなかったんだ……」
パスタの残りを突っつきながら、少しだけ本音が漏れた。
(分かってたことだ。あたしは、あいつらの隣で笑っていられればそれでいいんだから)
テーブルの上に、ほんの少しだけしんみりとした空気が落ちた。
―――
あたしは一つ息を吐いて、さらに踏み込んだ質問を投げる。
「おま……」
いつもの癖で出かけた言葉を、慌てて飲み込む。
「湊は、ムナっちが好きなのか?」
「え!?ムナ!!?」
湊は目を丸くした後、どこかひどく困ったような、後ろめたそうな顔になった。
「私は……女性が好き……」
「えっ!」
(その見た目で普通に女が好きなのかよ!)
(まぁ、健全ではあるんだけど)
見た目と中身のギャップに、頭がバグりそうになる。
「なんかよくわかんねー性癖してんな」
「私は男だから普通なんだよ。華蓮の方こそ人のこと言えないでしょ」
「言うようになったじゃねーか」
「ひぃ!ごめん!」
あたしが少しドスを効かせて睨むと、湊はビクッと肩を揺らした。
その小動物みたいな反応がおかしくて、思わず少し笑ってしまう。
けれど、笑った直後、ふとある疑問が頭をもたげた。
「じゃ、じゃあさ。あたしのこと……」
「うん……かわいい……と思うよ」
ドクン、と。
大きく心臓が跳ねた。
(なんだこれ!?なんなんだこれ!?)
一気に顔へ熱が集まるのが自分でも分かる。
「そ、そっか……ありがと……」
動揺を誤魔化すように視線を彷徨わせ、あたしは強引に元の話題へ軌道修正を図った。
「じゃあムナっちといつも一緒にいるのって……」
「……仲のいい友達じゃダメ?」
「そ、そうだよな。男の友情ってやつだよな」
ぶんぶんと首を縦に振って同意する。
(見た目女だけど)
目の前の可愛い女の子を凝視しながら、あたしは心の中でツッコミを入れた。
―――
「華蓮は兄弟とかいないの?」
話題が一段落したところで、今度は湊から聞いてきた。
「兄と弟がいるぞ」
「そういえば、お兄さん、南高校出身って言ってたっけ」
「おう。高校卒業と同時に出ていっちまったけどな」
「へー、遠くの大学にでもいったの?」
「いいや。普通に就職。八戸のほうに」
「そっか。高卒で県内に就職って珍しいね」
「うち、あんま金ないからさ。大学は無理だって」
あたしは肩をすくめてパスタを飲み込む。
「奨学金とかあるよ?」
「あれ借金なんだぜ?借りてまで大学いくなら就職したほうがマシだっての」
「うーん、生涯年収が結構違うみたいだけど」
「青森なら、どこでも一緒だって」
あたしは笑い飛ばして、湊に話を振り直した。
「湊んとこのねーちゃんは?」
「家にいるよ。いまは篠見公立大に通ってる」
「へー大学いってんだ」
「うん」
「湊も将来大学に?」
「うーん、まだ分かんない」
湊はフォークの先でパンケーキを突っつきながら、少しだけ視線を上に向けた。
「農業大学とか行ってみたい気もするけど、フラワーショップがいいかなって……」
「花好きだもんな。いいと思うぞ」
(給料安そうだけど)
(美容師も安いのかな……)
そんな現実的な計算が頭をよぎるが、口には出さないでおく。
「華蓮は?」
「あたしは美容師志望。美容専門学校に行く予定」
「専門学校もお金かかるんじゃ……」
「それな。2年だけだから、4年大ほどじゃないと思うけど、どうしよっかな……」
あたしは少しだけため息を吐いた。
「専門学校出ないと美容師なれないみたいだし」
「専門学校って、私立が多いから下手すると4年大よりお金かかる可能性あるよ?」
「え!?マジか……」
「バイトでもする?」
「……考えとく」
(一度、ちゃんと学費計算しないといけないな)
思わぬ現実の重さに、あたしは小さくうめき声を漏らした。
―――
すっかり話が弾んで長居しているうちに、ふとトイレに行きたくなった。
(そういや、こいつトイレはどっちに入ってるんだ?)
気になったことは、そのまま口に出す。
「トイレってどうしてるんだ?」
「え!?トイレ!?」
湊は露骨にギョッとした顔をした。
「……バリアフリートイレ使ってる」
「へー、ない場合は?」
「……我慢する」
(……潔いな)
「へー、どうしても我慢できなくなったら?」
「……わかんない」
湊は少し視線を彷徨わせてから、困ったように答えた。
「たぶん男性用に入って、個室に逃げ込むと思う」
(大変そうだな)
(……それでも外出てんのか、こいつ)
そんな面倒なリスクを背負ってまで、こうして可愛い服を着て出かけてきたのだ。
なんだか妙に感心してしまった。
「……そっか」
あたしは立ち上がりながら告げた。
「じゃあちょっくらお花摘みに行ってくる」
「……うん」
なぜか湊がポッと頬を赤らめる。
(あれ、ここは恥じらう場面だったか)
(なんか普通に女友達と話してるノリだった……)
どうやらあたしの方がデリカシーを見失っていたらしい。
そのまま席を離れようとして、ふと悪戯心が湧いた。
(そうだ)
「連れションいく?」
「は!?ば、ばかじゃないの!?」
湊が顔を真っ赤にして、ひっくり返ったような声を出す。
「はは」
(からかうのおもしれー)
「そもそも二人で出て行ったら食い逃げだと思われるっての」
笑い飛ばして、あたしは一人でトイレへ向かった。
(昔、御珠にも断られたことあったっけ)
歩きながら、ふと、いつか見た光景が脳裏をよぎる。
(御珠……)
胸の奥が、ほんの少しだけチクリと痛んだ。
―――
トイレから戻った後も、あたしたちの話題は尽きなかった。
なんだかんだで一時間半、ひたすら喋り続けていたらしい。
「いやーVTuberの裏話おもしれーわ」
「ね。やってみて分かったけど、大変だよあれ」
笑い合う空気が少しだけ落ち着き、あたしはふと口を閉ざした。
「……やっぱ引退すんのか?」
「うん……私には無理だった……学校もあるし」
湊は少し寂しそうに笑った。
「長期の休みだけ再開とかさ」
「考えとく……」
(夏休み、御珠に会えない日)
(あの声に癒されたんだ)
(……いや待って)
(あの声聞きながら自分でシてたこと、あったよな)
(え!?え!?それって!!?)
一気に血の気が引き、次の瞬間、爆発的な熱が顔面へ集中した。
恐る恐る、目の前の湊の顔を見る。
(中の人がこれ……)
もう一度、マジマジと湊の顔を見た。
(やべぇ、もう顔見れない……)
限界を迎えたあたしは、真っ赤になった顔を隠すように俯いた。
「ど、どうしたの急に?具合悪い?」
「なんでもねー!」
勢いよく顔を上げて叫ぶ。
(落ち着けー、落ち着けー)
内心で必死に念仏のように唱えながら、あたしは強引に立ち上がった。
「そ、そろそろ次いこうぜ」
「そうだね。ゲーセンに行ってみたい!」
「おう。ゲーセンな」
あたしは逃げるように、伝票をひったくってレジへ向かった。
―――
日曜の昼間のゲームセンターは、中高生やカップルでそれなりに賑わっていた。
入り口の騒がしい音と人混みを前にして、隣を歩いていた湊が少し足を止める。
「わ……」
「日曜だしな。大丈夫か?」
「……うん、平気」
(平気じゃなさそうだけど)
少し強張った横顔を見てそう思ったが、あたしはあえて深く追求せず、人混みを縫うように歩き出した。
しばらく進むと、きらきらした景品の詰まったUFOキャッチャーの前で湊が足を止めた。
「これ、やってみたい」
「おう」
湊がコインを入れ、真剣な顔でボタンを操作する。
ウィーンという間の抜けた機械音と共に降りたアームは、景品を掠めもしないで見事に空振りした。
「あ……」
「ありゃ」
あたしも交代してやってみたが、結果は同じだった。
「……なんだこれ」
「難しいね」
「てか、これ取れるようになってんのか?」
「お店が儲かんないもんね……」
二人して、ケースの中のぬいぐるみたちを恨めしそうに眺める。
「……次行くか」
「うん」
どっと疲れが出たような顔を見合わせ、あたしたちは思わず吹き出しながらその場を離れた。
(すごくデートっぽいぞ)
自然と隣に並んで歩く距離感に、内心でまた少しだけ動揺してしまう。
次に立ち止まったのは、奥にあるプリクラコーナーの前だった。
「……撮ってみたいな、プリクラ」
「じゃあ撮るか」
促されるまま、狭いブースの中へ足を踏み入れる。
(せまい)
(近い)
肩が触れ合いそうな距離。湊から、ふわりと甘い匂いがした。
「ポーズってどうしたらいい?」
「普通でいいだろ。カメラ見とけ」
機械の賑やかな案内に急かされながら、連続でシャッター音が鳴る。
外の落書きコーナーへ移動し、タッチペンを握った。
「なに書くの?」
「知らん。湊の方が得意そう」
丸投げすると、湊は操作に戸惑いながらも、スターやハートのスタンプを丁寧に配置し始めた。
(几帳面だな)
その様子を横目に感心しながら、出来上がりを待つ。
やがてプリントされたシールを、二人で覗き込んだ。
(……女友達みたいだ)
(どう見ても女友達が遊んでる写真だ)
(なんなんだ、これ)
デカ目加工されたあたしたちは、どこからどう見ても普通の女子高生二人組だった。
「……いい写真だね」
「……そうだな」
機械のけたたましいBGMが響く中、あたしたちの間にだけ、少し不思議な沈黙が落ちた。
「一枚もらっていい?」
「半分こでいいだろ」
「……うん」
湊は嬉しそうに微笑むと、切り分けたプリクラをそっと財布の奥に仕舞った。
(大事にするんだな)
(……まあ、あたしも)
あたしも、自分の分を手帳の間にそっと挟み込んだ。
―――
ゲームセンターを出てしばらく歩いていると、ファンシーショップの前で湊が足を止めた。
「……ここ、入っていい?」
「いいけど」
短く返し、あたしたちは可愛らしい雑貨がひしめく店内へと足を踏み入れた。
「……ここ、GWにすれ違った場所だね」
立ち並ぶ商品を眺めながら、湊がぽつりとこぼす。
あの日の、湊の姿がふっと蘇った。
「……そうだな」
湊は色とりどりの小物が並ぶ棚を見て歩き出した。
その足取りは、先ほどまでより少しだけ軽い気がする。
(楽しそうだ)
(……ずっと一人で来てたんだろうな、ここ)
可愛いものが好きなのに、それを共有できる相手がいなかった日々のことを思う。
しばらくして、湊が一つの小さなヘアピンを手に取った。
「……かわいいね」
「華蓮」
不意に名前を呼ばれ、隣に視線を向ける。
「なに」
「選んでくれないかな……」
「……あたしが?」
「友達と一緒にはしゃぎながら小物を探すのが夢だった……」
はにかむような、それでいて切実な声だった。
(そういうことかよ)
(……やってやる)
あたしは照れ隠しに小さく鼻で笑ってみせた。
「夢は大袈裟だっての」
そのまま湊の隣に並んで立ち、棚から別のヘアピンを手に取る。
「これとこれ、どっちがいい?」
「右のやつ……」
「じゃあこっち」
「……ありがとう」
湊は受け取った右のヘアピンを、まるで宝物みたいにそっと手のひらに乗せて見つめている。
(夢、叶ったのかな)
(……よかったな)
嬉しそうなその横顔を見ていると、こっちまで胸が温かくなった。
―――
ファンシーショップを出てモールの通路を歩いていると、前からチャラそうな男二人組が近づいてきた。
「ちょっとちょっと、二人とも可愛くない?」
「カラオケ行かない?おごるよ?」
ニヤニヤしながら道を塞がれ、隣を歩いていた湊がピタリと固まる。
(あー、めんどくせー)
(湊は?)
横目で様子を窺う。
湊は俯いたまま、小刻みに震えていた。
(声、出せないじゃないか)
(当たり前だけど)
ここで低い声を出せば、一発で男だとバレてしまう。
「ねえ、聞こえてる?」
男の一人が湊の肩に手を伸ばそうとした瞬間、あたしはサッと一歩前に出た。
「聞こえてるよ。デート中なんであっち行って」
「え、デート?」
「そう」
男たちが、訝しげに湊をじろじろと見る。
「……は?お前らレズ?」
(ここで怒鳴ったら面倒になる)
イラつきをグッと呑み込み、あたしは平然と言い放った。
「そうだよ。悪い?」
男たちはポカンと口を開けたまま、見事にフリーズした。
「……まじか」
「百合カップル……初めてみた……」
ドン引きした様子の男たちは、顔を見合わせると逃げるように去っていった。
ようやく二人きりになり、あたしは小さく息を吐く。
「……ありがとう」
(顔、赤いな)
(そりゃそうか)
ピンチを脱した湊の顔は、りんごみたいに真っ赤だった。
「声出したら終わりだもんな」
「……心臓止まるかと思った」
「大袈裟だろ」
あたしたちは再び歩き出す。
「普段はどうしてんだ?」
「走って逃げてる」
「ま、それ最強だよな」
(あたしもよくやる)
「……レズって言ってくれた」
湊がぽつりと呟いた。
(言った)
(咄嗟に出た)
「……その方が早いだろ」
「うん」
歩調を合わせる二人の間に、先ほどまでとは違う、むず痒い沈黙が落ちる。
「……悪くなかった」
「なにが?」
「つまり、私が彼女ってことだよね」
(……)
(こいつ、さらっと言うな)
「……そ、そうだな」
生返事をしながら、あたしの頭の中は完全にショートしていた。
(湊が……彼女で……彼氏……)
―――
モールを出て、近くの河川敷まで足を延ばした。
二人で川沿いのベンチに腰を下ろす。
見上げた空は、すでに鮮やかなオレンジ色に染まり始めていた。
「きょう、どうだった?」
「……楽しかった。
女装してこんなにはしゃいだの、初めてだったよ」
湊がふわりと柔らかく笑う。
(……)
(ドキッとした)
胸の奥で、確かに何かが跳ねた。
「そっか。あたしも楽しかった」
あたしは誤魔化すように、流れる川へと視線を移した。
(……なんだろう)
(女として見てドキドキしてるのか)
(男といることにドキドキしてるのか)
(あの声で……)
あの夏の配信と、自分のした行為を思い出して、また一気に顔が熱くなる。
たまらず、もう一度隣の湊へ視線を向けた。
「どうかした?」
「な、なんでもない」
慌てて川に視線を戻す。
火照った頬を、心地よい夕風が撫でていった。
(……夏休み)
(御珠に会えない日)
(会いたくて、どうしようもなくて)
(癒してくれよって思いながら、あの声聴いてた)
(消えてほしくないって、電話で伝えて)
(あの声が)
(今、隣にいる)
さらさらと、川の流れる音だけが耳に届く。
(ファンシーショップで小物選んだ)
(ナンパされて咄嗟にレズってことにして庇った)
(悪くなかったって言われた)
(……全部、今日のことだ)
(全部、こいつとのことだ)
傾いた夕日が、水面をキラキラと黄金色に染め上げていく。
(女だと思ってドキドキしてた相手が)
(女みたいな男だった)
(……待って)
(これって健全なのでは?)
一周回って辿り着いた結論に、思わず小さく吹き出してしまう。
(……あたし、レズじゃなかった)
「……どうかした?」
「なんでもない」
あたしは顔を綻ばせながら、首を横に振った。
(そっか)
(湊なら好きになっていいんだ)
(女みたいな男)
(女を見た時みたいにドキドキする)
(でも中身は男)
(この声が……好き……)
オレンジ色の川面を見つめたまま、あたしはゆっくりと口を開いた。
「……なあ、湊」
「ん?」
夕風が、二人の間を通り抜ける。
「付き合おう」
途切れることのない川の音だけが、静かに響き続ける。
「うん」
この日、あたしに彼氏ができた。
それいけ華蓮ちゃん、第1章『全部こいつらのせい』はここまでになります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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