第19話 藍色の夢
一通り腹が膨れると、窓の外はすっかり真っ暗になっていた。
夜風を浴びようと、みんなで庭先に出て花火に火をつける。
「きゃーすごい!」
「……綺麗なのじゃ」
光莉のはしゃぐ声の横で、パチパチとはぜる火花を見つめていると、不意に隣から大きな声が響いた。
「おりゃーライトセイバー!」
両手に持った花火をぶんぶんと振り回す棟方に、湊が慌てて声をかける。
「あ、危ないよ」
騒がしい二人の横に視線を移すと、雪杜と咲良がこじんまりと並んで線香花火を見つめていた。
「綺麗だね……」
「うん……」
(気が付けばいちゃついてんな)
二人だけの世界に入っている様子を横目で流しつつ、あたしは小さく息を吐いた。
家に戻ってからは、ゲームをしたり雑談したり、代わる代わるシャワーを浴びたりして、ゆるやかな夜の時間が過ぎていく。
居間の端では、雪杜のミニPCがYouTubeを流しっぱなしにしていた。
色々な動画が流れる中、ふと、ひとつの配信画面が映し出される。
可愛らしいアバターが動く、VTuberの切り抜き動画。
画面を見て、あたしは思わず声を上げた。
「あ、たなこだ」
「おお、たなこじゃ」
雪杜も嬉しそうに頷く。
「いいよねー、たなこ」
スピーカーから流れる優しい声の雑談配信に、すっかり癒やされたように目を細める。
その横で、棟方が不思議そうに首を傾げた。
「なんだこれ?」
その声に反応して湊も画面に目をやり、ふわりと笑顔になる。
でもその瞬間、湊の肩が少しだけ硬くなったような気がした。
(……気のせいか)
あたしが首を傾げている間に、話題はすぐに別のものへと流れていった。
やがて、部屋の隅でクッションを抱えていた咲良の目が、とろんと塞がり始める。
朝からの慣れない農作業と、お泊りの準備ではしゃぎすぎた疲れが出てきた模様だ。
「そろそろ寝よっか」
「……ふえ……」
雪杜の声に、咲良は寝言のような声で応えた。
雪杜は押し入れから何かを取り出すと、居間にエアベッドを二つ広げる。
ウィーン!というけたたましいモーター音が部屋中に響き渡り、ぺしゃんこだったベッドがみるみるうちに膨らんでいった。
「なんだそれ!」
「夏は暑いからね。エアコンのある居間でよく寝てるんだ。
布団敷くだけより、だいぶ快適に寝れるよ」
驚く棟方に説明しながら、雪杜は満足げにベッドの弾力を確かめる。
そして、部屋をぐるりと見渡した。
「さすがに七人で居間は狭いから、女性四人が居間かな」
「紳士なゆっきー!素敵!」
両手を合わせてはしゃぐ光莉を、眠気まなこの咲良がぎろっと睨みつける。
そんな視線の交差に気づかないまま、雪杜は淡々と部屋割りを決めていく。
「僕は寝室で寝るよ。ムナと湊くんは二階の客間使って。ちゃんと掃除して布団敷いといたから」
その言葉を聞いた瞬間、棟方が大げさに顔をしかめた。
「二がい、あっつそう」
「窓開けて、扇風機で頑張って」
無慈悲な宣告を下す雪杜に、棟方はがっくりと肩を落とす。
「……死ぬがも」
「まあ、暑さのピークは過ぎてるからなんとかなるよ……」
絶望する棟方の背中を、湊が苦笑いしながら優しく撫でていた。
―――
男子たちがそれぞれの部屋へ捌けて、女子四人だけになった居間。
エアコンが低い稼働音を立てている。
「にひひー恋バナするっしょ」
「いいね!」
光莉が提案すると、咲良が待ってましたとばかりに乗っかる。
(はぁ、やっぱこうなった)
光莉のニヤケ顔を見て、あたしはこっそりため息をつく。
だが、彼女の口から飛び出したのは予想の斜め上をいく言葉だった。
「ねね、御珠っちとゆっきーってヤリまくりなの?」
(それ恋バナなのか!?)
(いきなりすぎるだろ!)
突拍子もない質問に、御珠が少し目を伏せる。
「妾らは……難しいのじゃ」
「え」
「妾は……ちとの……」
言葉を濁す親友の前に、あたしはすかさず割って入った。
「その質問はNGだ」
鋭く睨みつけると、光莉は慌てて首をすくめる。
「そ、そっか……ごめん……」
「よい……」
気まずい空気を振り払うように、光莉が今度はターゲットを変えた。
「じゃあ、咲良っちは?」
「私もしてない」
「マジ!?」
「御珠ちゃんが出来るようになるの待ってるの」
あっけらかんと答える咲良に、光莉が目を丸くする。
「抜け駆けしないって約束だもん」
「なんか尊い関係なんだね」
「そうじゃ」
胸を張る御珠を見て、光莉は天井を仰ぎながらケラケラと笑う。
「ゆっきー、美人二人に囲まれてもエッチできないのか。
めっちゃ溜まってそう」
(まあ溜まってるんだろうな)
「ウチが抜いてあげるっしょ」
信じられない爆弾発言に、空気が一変する。
「あ゛!?やんのかこら!?」
突如としてドス黒いオーラを放った咲良に、光莉が悲鳴を上げた。
「っひ!冗談だって!」
「言っていい冗談と悪い冗談があるぞ」
あたしは冷や汗をかきながら、本気でキレかけている咲良を宥める。
なんとか落ち着きを取り戻した咲良が、ジト目で光莉を見据えた。
「光莉は彼氏いるの?」
「ぼしゅーちゅー」
「ぶっちゃけどっち狙ってんだ?」
あたしは気になる質問をぶつけてみた。
「えーあの二人ー?うーん、告ってきたら付き合ってもいっかなー」
悪びれもしない光莉に、あたしは呆れて肩をすくめる。
「どっちでもいいのかよ」
「だってー、ウチのこと好きって言うならウチも好きになるっしょ」
「かるっ!」
勢いよくツッコミを入れた直後、光莉のニヤニヤした視線があたしに向いた。
「んで、さかもっちはどっち好きなのよ」
「は!?は!?どっちも好きじゃねーし!」
「まったまたー」
「あたしはその……御珠が好き……」
勢いで口走ってしまい、ハッと息を呑む。
「え!?レズ!?」
「違う!友達として!」
「えーなんかずるーい。異性の好きな人の話してよー」
口をとがらせる光莉を無視して、あたしは熱くなった頬を必死に手で扇ぐ。
「異性なぁ……」
「妾のことを好いてくれて嬉しいのじゃ。抱き合おうぞ」
「な、なに言ってんだよ!」
無邪気に両手を広げてくる御珠に、あたしは慌ててのけぞる。
「私も御珠ちゃん好きだよ。ぎゅー」
あたしより先に、咲良が御珠に飛びついて力強く抱擁した。
「ふむ。嬉しいのじゃ」
「きょうも一緒のお布団で寝よ?」
仲睦まじい二人を眺めながら、去年の出来事を思い出す。
(そういや、修学旅行で抱き合って寝てたな)
(一生一緒か……なんかいいな)
「え、二人ってそういう……」
「その質問もNGだ」
怪しむ光莉を遮ると、御珠があたしに向かって再び手を差し伸べてきた。
「ほれ。そなたも来るのじゃ。せっかくの機会じゃぞ?」
「そ、そういうなら……」
甘い声に誘われるように、あたしはフラフラと腕を伸ばす。
御珠と咲良の温かい体温に包み込まれた。
(やべ。めっちゃドキドキする)
(あたし、レズじゃないよね)
(あたしは健全……あたしは健全……佐々木を好きだったことだってあるし)
「さかもっち、めっちゃ顔あかーい」
光莉のからかうような声に、ビクッと肩が跳ねる。
「は!?は!?赤くねーし!」
(めっちゃ顔熱い)
言い訳をすればするほど墓穴を掘っている気がして、顔から火が出そうだ。
そんなあたしの耳元で、御珠が甘く囁く。
「妾、誰かと抱き合うてないと眠れぬのじゃ。
華蓮よ。抱きしめてくれぬか?」
「うん……」
無意識に声が漏れた。
(は!?なに素直に頷いてんのあたし!!?)
(これやばくね!!?)
「むー。その役目は私なのに」
「咲良よ。華蓮はこのような機会、滅多にないのじゃ。
譲ってはくれぬか?」
「むー。いいけど」
不満げに唇を尖らせる咲良を、御珠が優しくなだめる。
「今宵は抱き合うて眠るのじゃ」
「うん……」
再び頷いてしまう自分に、頭の中がパニックになる。
(は!?あたしさっきから「うん」しか言ってない!)
(やばいのに身体が言うことを聞かない!)
「ウチらも抱き合って寝る?」
「暑いからやだ」
光莉の誘いをあっさりと拒絶する咲良の声も、なんだか遠くに聞こえる。
(あ……なんかもう……)
(御珠……)
藍色の髪から香る心地よい匂いと、柔らかい感触に脳が溶かされていく。
あたしは抗うことを諦め、そっと目を閉じた。
―――
まぶたの裏をチカチカと刺激する眩しい光で、意識が浮上した。
同時に、体にまとわりつくような熱気を感じて顔をしかめる。
(なんかあっつ!)
寝ぼけ眼をこすろうとして、自分の腕の中にずっしりとした重みがあることに気がついた。
視線を落とすと、そこにはスヤスヤと眠る藍色の髪の少女がいる。
(そ、そうだ。なんか勢いで一緒に寝ちゃった!)
昨晩の甘い記憶が一気に蘇り、心臓が大きく跳ねた。
その拍子に、腕の中の御珠がパチリと目を覚ます。
神秘的な翠の瞳が、至近距離であたしを映し出した。
「おはようじゃ」
「お、おはよう」
寝起きの無防備な声を聞いて、あたしの頭に警報が鳴り響く。
(やば。あたし口臭くないかな)
「トイレいってくる!」
逃げ出すように布団から這い出し、あたしはトイレへ駆け込んだ。
用を済ませ、洗面所で念入りに口をゆすぐ。
鏡の中の自分の顔は、寝起きだからという言い訳が通じないほどに赤い。
バシャバシャと冷水で顔を洗い、なんとか平常心を装って居間へ戻ると、皆が次々と起き始めているところだった。
しばらくして、二階からドタバタと階段を降りる足音が聞こえてくる。
「やっと起ぎだが。あっつくて死ぬ」
「0時過ぎたらようやく涼しくなってきて眠れたよ」
汗だくの棟方と、少しやつれた湊が居間に入ってきた。
「あー、わや涼しー」
クーラーの冷気を全身で浴びる棟方は、女子が起きるのを待っていたらしく、すでに普段着に着替え済みだった。
そこへ、寝室から雪杜もやってくる。
「おはよー。みんなよく眠れた?」
爽やかな笑顔を向けられるが、あたしは御珠の体温を思い出してしまい、まだ顔の熱が引いていない。
「朝ごはん何にしよっか」
のんびりとした雪杜の問いかけに、湊が控えめに提案する。
「昨日の残りでいいんじゃないかな」
(……なんか新しい扉開いた?やばくね?)
他愛のない会話が交わされる中、あたしは一人、自分の中に芽生えた正体不明の感情を持て余していた。
「めし食ったら、はだげ見に行がねばな」
棟方の一言が、冷や水のようにあたしの意識を現実に引き戻す。
(そうだ、きょうの当番誰だっけ)
甘い夢のような時間は終わり、またドタバタとした日常が始まる。




