↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神愛 ― それいけ華蓮ちゃん ―  作者: 神愛
第1章 全部こいつらのせい
19/63

第18話 枝豆と七人

まだ薄暗い夏の朝。

東の空がようやく白み始めたばかりの午前5時。


ひんやりとした空気が肌を撫でる中、目の前に広がる農場には、朝露に濡れた作物が静かに息づいていた。

眠気を引きずりながらあくびを噛み殺すあたしとは対照的に、隣に立つ親友は藍色の髪を揺らし、翠の瞳をキラキラと輝かせている。


「さあ、収穫の時じゃ」


(朝5時に「さあ」って言える元気が羨ましい)


呆れ半分で吐息をこぼすと、農場の柵の向こう側でガサゴソと不審な音が鳴った。

視線を向けると、そこからひょっこりと二つの影が顔を出す。悪びれる様子もない雪杜と、その後ろで少し身を縮めている咲良だった。

こんな時間から他校の生徒が忍び込んでいる異常事態に、あたしはジト目を向ける。


「またバレない理論か」

「バレなきゃよかろう」


(こいつが言うと説得力がない)


胸を張って言い切る御珠の堂々とした態度に、思わず頭を抱えたくなる。

すると、背後からのっそりとした大きな影が近づいてきた。


「バレでもいいべ。たいしたごとねーね(ないだろ)」


笑いながら豪快に言い放つ棟方。

その横で、困ったように眉を下げた湊が、棟方の肩を小さくつついた。

周囲を見回す湊の控えめな牽制に、あたしは小さく息を吐く。


(湊の倫理が最後のストッパーか)


頼りないストッパーを見つめながら、あたしはこれから始まる長い一日に思いを馳せた。


―――


朝陽が差し込み始めた畑の列。

あたしたちの目の前には、ふさふさと葉を茂らせた青々とした枝豆の株が、ずらりと行儀よく並んでいる。


「こやって根元からぐっと引っ張って、ひといぎに行ぐ。腰がら行ぐのがポイントな」


手本を見せる棟方の力強い動きを、雪杜が真剣な顔で真似をする。


「こう?」

「んだ(そうだ)、うめでば(うまいじゃないか)」


ぶちぶちと根が切れる音と共に株が土から離れると、隣で見ていた咲良が両手を叩いてはしゃいだ。


「わあ、来た来た!」


賑やかな収穫作業の傍らで、ふと御珠が一つの株の前でじっと立ち止まった。

誰にも言わず、ひとり感慨深い顔で足元の葉を見つめている。


「……妾が種を撒いたのじゃ」


(またこいつ泣きそうになってるし)

(言わないけど)


ぽつりと呟いた親友の横顔が少しだけ潤んでいるように見えて、あたしはそっと視線を外した。

次々と引き抜かれる枝豆の山を見て、光莉が声を上げる。


「わーすごい!量!!」


収穫作業はどんどん進み、傍らに置かれたネコ車に緑色の山が積み上がっていく。


「わや(たくさん)採れだな!」


満足げに笑う棟方の横で、湊がネコ車に溢れる枝豆を感心したように指先で突いた。


「枝豆って丈夫だね」

「んだ。農家向ぎの作物だべ」


汗をぬぐいながら笑い合う声が、朝の畑に響き渡る。


やがて収穫が完了し、大半の枝豆は食料倉庫へと運び入れられた。

しかし、あたしたちの手元には、こっそりと別ルートに回された5株ほどの枝豆が残されている。


「せっかぐだはんで(だから)、すぐ食いてーな」


収穫したばかりの枝豆を愛おしそうに眺める棟方に、あたしは現実的な問題を突きつける。


「さすがに調理室はまずいだろ」

「寮もくそあっつーし、七人だば(だと)せめーし無理」


(これは詰んでる)


行き場を失った枝豆を見下ろし、あたしは小さく息を吐き出した。

茹でる場所がなく途方に暮れていると、雪杜があっさりと提案してきた。


「僕んちくる?いいよね?御珠?」


「雪杜がよいならかまわぬ」


隣に立つ御珠が小さく頷く。


「いいね!収穫祭だ!せっかくだからお泊りしようよ!」


「え!?いいの!!?」


咲良の思いつきの提案に、光莉が目を丸くして身を乗り出した。


「いいよね?雪杜?」


咲良の問いかけに、雪杜が反射的に応える。


「えっ、僕はいいけど、桃瀬さんはいいの?男三人もいるよ?」

「へーきへーき。人数多い方が安全って知ってる?」


(そういうもんなのか?)


あっけらかんと笑う光莉の謎理論に、あたしは首を傾げる。

すると、光莉のターゲットがあたしへと移った。


「さかもっちも行くっしょ」

「え、お母さんに聞いてみないとなんとも……」

「行く気はあるってことね」


グイッと顔を近づけてくる光莉から、思わず半歩後ずさる。


「まあ……」


(楽しそうだけど)


口では濁しつつも、内心では少しワクワクしている自分がいた。


「わだぢ(オレたち)はどす(どうする)?」

「僕も親に聞いてみないとなんとも。たぶん大丈夫だと思うけど」

「へば(じゃあ)決まりだな!」


湊の言葉を聞くや否や、棟方がパンッと手を叩いて話をまとめる。


「じゃあ、僕これからバイトあるから、15時くらいにうちに集合ってことで」


雪杜の言葉で、今日の予定があっという間に決定してしまった。


―――


学校から帰宅し、あたしはリビングへと向かった。

ソファでくつろぐ母の姿を見つけて、密かに胸を撫で下ろす。


今日が母の休みの日で本当によかった。

少しだけ緊張しながら、あたしは切り出した。


「きょう、友達んち泊まりたいんだけど……」

「え!?お友達の家に!?」


「えと……御珠の家できょう獲った枝豆食べることになって……」

「御珠ちゃん……」


あたしの言葉を聞いた母は、パッと表情を和らげ、優しく目尻を下げた。


「御珠ちゃんのおうちなら安心ね。いってらっしゃい」

「え!?いいの!?雪杜とか男もいるよ!?」

「いいわよ。雪杜くんは誠実な子なんでしょ?御珠ちゃんもしっかり見張ってくれるなら安心だわ」


思いのほかあっさりと出た許可の言葉に、あたしはポカンと口を開けてしまう。

拍子抜けしつつも、じわじわとこみ上げてくる喜びを噛み締めた。


(やった!)

(一回しか会ったことないはずなのに、御珠への信頼すごいな)


機嫌よく微笑む母を見つめながら、あたしは密かに親友の持つ謎のカリスマ性に感心していた。


―――


午後3時。


約束通り天野家に集まったあたしたちは、揃って近所のスーパーへと買い出しにやってきた。

周囲の買い物客からの視線を感じつつ、あたしは小さくため息をつく。


(高校生七人で近所のスーパー、絶対うるさい)


「ねーねー唐揚げ買う?」

「唐揚げは妾が揚げるのじゃ」


「え!?マジ!!?御珠っち唐揚げできるの!?」

「雪杜の好物じゃ」


御珠のあっけらかんとした答えに、光莉がニヤニヤと笑い声をあげる。


「そういう理由かよ!」


「花火もいるべ」


「ちょ、なんか適当に買ってるけど割り勘だからね!?割り勘!!」


カゴに次々と物を放り込む棟方を見て、雪杜が慌てて声を張り上げた。

高校生になってからバイトをしたりと、雪杜はお金のやり取りにシビアになったようだ。


「……みんなで花火……初めて」

「えっと、僕も」


(この二人、性格似てるよな)


ポツリとこぼす湊と、それに同調する雪杜を見比べながら、あたしはひっそりと納得していた。


会計を済ませて天野家へ戻ると、早速調理が始まる。

枝豆は、御珠と咲良が事前に枝からもいで、丁寧に洗ってくれていた。

台所のコンロでは、大鍋にたっぷりの湯が沸き立っている。


「塩加減はまがへろ(まかせろ)」


茹で上がった熱々の枝豆に、棟方が慣れた手つきで塩を両手で揉み込んでいく。


「でぎだ」


棟方が誇らしげに胸を張る横で、今度は御珠が油の入った鍋の前に立った。


「鶏肉は昼間に仕込んでおいたのじゃ」

「え!?マジでうまそう!!」


香ばしい匂いが立ち込め、光莉が目を輝かせる。


料理が揃うのを待つ間、あたしたちは居間とその隣の仏間を隔てる障子を開け放ち、一つの大きな部屋を作った。

処理能力を超えたのか、エアコンが悲鳴を上げてうなっている。


設定温度を下げても部屋の空気はなかなか冷えないが、それでもないよりはマシだった。

ふと、部屋の奥へと進んだ光莉が、立派な仏壇の前で足を止めた。


「これって……」

「僕のおじいちゃん。3年くらい前に亡くなったんだ」


「そうなんだ……お線香、あげてもいい?」

「もちろん」


雪杜が優しく頷き、あたしたちは七人揃って仏壇の前に集まり、静かに線香をあげた。

立ち上る煙を見つめていると、過去の記憶がふと蘇る。


(御珠が忌引きで学校休んで、年が明けたら……あの騒ぎだったな)

(もう3年か……)


あの時の御珠の悲壮な顔を思い出し、不意に視界がぼやけそうになる。

あたしは慌てて瞬きをして、心の中でそっと手を合わせた。


(雪杜のおじいちゃん……こんな賑やかでごめんな)


気を取り直して台所に戻り、完成した料理を机に運ぶ。


鮮やかな緑色の枝豆、山盛りの唐揚げ、スーパーで買った惣菜に、それぞれの飲み物。

机の上が豪華なごちそうで埋め尽くされた。


「じゃあ、乾杯」

「「「かんぱーい!」」」


雪杜の乾杯を合図に、グラスをぶつけ合う心地よい音が部屋に響く。

賑やかな宴が始まる中、御珠は自分で種からまいた枝豆を一つ口に運び、目を伏せて静かに咀嚼していた。


「妾が育てたのじゃ……」


(また噛み締めてる)


感動に浸る親友の様子に、あたしはこっそりと口角を上げる。

すると、枝豆を豪快に平らげていた棟方が、ふと天井を仰いだ。


「ビール欲しなー」

「わかる〜」


光莉が同調する。


「え!?」

「うぢだっきゃ(では)、親の前でだば(なら)飲んでもいいってなってるはんで(から)」


衝撃的な発言に、雪杜が目を丸くして身を乗り出す。


「えっそれ合法なの?」

「知らね」


「……すごい環境だ」


湊が引きつった顔で呟く。


「光莉もわかるーって?」


咲良が鋭い視線を光莉へと向けた。


「え?何のこと?」


「……」


(ぜってーこいつも飲んでるだろ)


しらばっくれる光莉と、ジト目を向ける咲良。

あたしは心の中で鋭くツッコミを入れながら、冷えたお茶を喉に流し込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。