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神愛 ― それいけ華蓮ちゃん ―  作者: 神愛
第1章 全部こいつらのせい
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第16話 なんか、はまった

夏休みの昼下がり。

ジリジリと照りつける外の太陽から逃れるように、首を振る扇風機の風を浴びながら、自室のベッドでゴロゴロと寝転がっていた。


枕元のスマートフォンが短い振動を立てる。

画面を覗き込むと、メッセージアプリからの通知だった。


(……御珠?)


送り主の確認をして、そのままトーク画面を開く。


御珠:見るのじゃ


短いメッセージと共に、一件のURLが送られてきていた。


(何だこれ)


首を傾げながら、無防備にそのリンクをタップする。


画面が切り替わり、YouTubeアプリが立ち上がった。

表示されたのは、花のイラストが描かれた素朴なサムネイル。


チャンネル名は『たなこ』とある。

動画のタイトルは『【雑談】朝顔の水やり、実はむずかしい話(LIVE)』となっていた。


(……VTuber?なんで御珠が?雪杜の影響か?)


画面の隅では赤い「LIVE」の文字が点灯しており、どうやら今まさに配信中のようだった。

スマートフォンから流れてきたのは、とても穏やかな声だった。

BGMは無く、落ち着いたトーンで、ただ淡々と花の話をしている。


『朝顔って、水やりのタイミングがけっこうシビアで。夏の昼間にあげると、根が蒸れて逆にダメになるんですよね』


(…………)

(何かあたしの知ってるVTuberと違う)


もっとこう、鼓膜を劈《つんざ》くような甲高い声で叫び回るものだと思っていた。

テンションは一定で、画面を覆い尽くすような弾幕コメントもない。

というか、コメント自体がほとんど流れていない。

同接数は一桁を表示している。


『朝か夕方、涼しい時間にあげるのが基本なんですけど。それだけで、ぜんぜん育ち方が違うんです』


(……それ、園芸部でも言われたやつだ)

(VTuber、こんなのもいるんだ)


どこか身近に感じるような、学校生活の延長にあるような話題が続く。

そのまま30分ほど喋り続け、あっさりと配信は終了した。

相変わらずコメントは少なかったけれど、最後には「癒された」「また見ます」といった短い言葉が並んでいた。


(まあ……悪くはないな)


メッセージアプリに戻り、「見た」とだけ書かれたスタンプを御珠に返す。

すると、秒で既読がつき、返信が飛んできた。


御珠:どうじゃったかえ?


キーボードをフリックして文字を打つ。


華蓮:まあ、普通

華蓮:VTuberってこんなのもいるんだな


すぐにまた返信の吹き出しが現れる。


御珠:こっちが多数派じゃ

御珠:雪杜も推しておるのじゃ


(やっぱ雪杜か)

(……“たなこ”、何者なんだろ?)


気になって、ブラウザを開いて情報を漁ってみる。

どうやら企業に所属せず、後ろ盾のない個人勢と呼ばれる配信者のようだった。


検索結果の関連動画に、一件の動画が引っかかる。

タイトルは『【たなこ切り抜き】初配信まとめ』。


(切り抜き……?)


気まぐれにその動画をタップしてみる。


『え……あ、えーと。はじめまして。たなこ、です』


画面に表示されたのは、かなり素朴な編集の動画だった。

テロップのフォントが細くて背景に同化して読みにくい。

シーンの切り替わりがなく、突然話題が変わる。

おまけに音量のバランスも少しおかしかった。


(雑な編集だなぁ)

(素人感すげぇ)


『き、今日から配信を……その、始めようかなと思って』

『あの……花が好きで。それだけなんですけど』


(声、震えてる)


そこで、ピタリと喋り声が止まった。

画面の中のキャラクターも微動だにせず、ただ時間だけが過ぎていく。


『……見てくれる人、いるのかな……』


(…………)

(……やべ。なんだこれ)

(見てるこっちが恥ずかしくなる)


画面の右端に、エフェクト付きで「がんばれー」という文字が表示される。


(……これ、コメント?独特の表示の仕方だな)


『……あ、いた。ありがとうございます』

『えっと、ファンネームとか決めればいいのかな』


(な、なんか……かわいい)


拙い進行ながらも、なんとか配信の体裁を保って進んでいく。

時々投げられる視聴者からの質問に、一つ一つ丁寧に答えていた。


『お金なくて、モデルも格安で買ったやつなんですけど……』


『えっと、学生です。年齢は……秘密です……』


質問を読み上げるたびに、少し困ったような声色が混じる。


『夏休みに何か始めようかなって、前々から興味があって……』


『雑談が中心で、花や植物の話ができればいいと思ってます』


コメント欄の何かに反応したのか、キャラクターの表情が少し動いた。


『え?声ですか?身バレ防止のためにボイチェン入れてます。聞きづらいですよね……ごめんなさい……』


画面の向こうでしゅんとする仕草に、思わず胸の奥がキュンと跳ねた。


(え、なんか……なんか……)


『ありがとうございました』


そこでぷつりと映像が途切れ、切り抜き動画が終わった。


(いや、別に)

(ただ、なんか……頑張れよって思っただけで)

(そういうやつだ。絶対に)


関連動画の欄には、他にもいくつか切り抜き動画が並んでいる。


(てかこのIDって……)


@snow_forest


(雪、森……杜?)

(……雪杜、か?)

(あいつ、何やってんだよ)


(……まぁ、もう一個くらい見てみるか)


夏休みに始めたばかりのようで、動画の数は数えるほどしかなかった。


結局、表示されているものをすべて見てしまった。


(アーカイブは……さすがになげーな)

(次の配信はいつだよ)


扇風機の風を浴びながらベッドに寝転がったまま、すっかりその配信者に毒されてしまっていた。


―――


数日後。


農場での当番を終えて帰宅したあたしは、照りつける太陽の暴力から逃げるように自室へと転がり込んだ。

首にまとわりつく汗ばんだシャツを脱ぎ捨て、適当なTシャツに着替える。

そのままスイッチを入れた扇風機の前に陣取り、ベッドへ思い切り倒れ込んだ。


(あっつ……死ぬ)


生ぬるい風を全身に浴びながら、放り投げてあったスマートフォンを手に取る。

ちょうどそのタイミングで、短い通知音が鳴った。


画面に表示されたのは、SNSアプリからの知らせ。

あの「たなこ」のアカウントからだ。


『15時から配信します。【雑談】朝顔の種を収穫した日の話』


素朴なイラストのサムネイルと共に、そんなメッセージがポストされている。


(よし)


小さくガッツポーズをしてしまう自分に少し呆れつつも、口元が緩むのを止められない。


夏休み期間中だからか、この配信者は割と昼の時間帯に活動することが多い。

そして、いつもだいたい30分くらいでサクッと終わるのだ。


―――


午後。

あたしはすでに、スマートフォンの前で準備万端の状態で待機していた。


1階のリビングなら、キンキンに冷えたエアコンの元で快適に過ごせる。

しかし、そこには夏休みを持て余した弟もいるのだ。


(……あいつに邪魔されたくないしな)


誰にも邪魔されず、一人きりで過ごしたい時間がある。

あたしは蒸し風呂のように暑い自室でじっと待機する。


時間ぴったりに画面が切り替わり、「【雑談】朝顔の種を収穫した日の話」というタイトルの配信が始まる。


(あさがおの種……)

(小学生の頃やったな……)

(何年生だったっけ、あれ)


イヤホンからは、いつもの穏やかで耳障りの良い声が流れ始める。

真夏の15時。ピークの暑さを越え、外の空気が少しずつ熱を引いていく時間帯。


氷を浮かべた冷たい麦茶と適当なクッキーを片手に、いつの間にかおやつ感覚でこの配信を見るのがあたしの日課になっていた。

首を振る扇風機の風が、火照った体に心地いい。


『朝顔って、種を乾かすのが地味に大事で。急いで取ろうとすると、中がまだ柔らかかったりして』


(あーわかる。あれ焦るとぐちゃっとなるんだよな)


扇風機の一定のリズムに身を任せながら、ゆっくりと目を閉じる。

耳に押し込んだイヤホンから、落ち着いたトーンの声がすーっと鼓膜の奥へと直接流れ込んでくる。


じっとりと肌にまとわりついていた不快な熱気すら、いつの間にか意識の彼方へと追いやられていく。

ただ、その穏やかな声だけが、あたしの頭の中を満たしていた。


『袋に入れて吊るして乾かすのが、一番失敗しないかな。急ぎすぎないことが大事なんですよね、植物って』


(……そうだな)


心地よい微睡みに浸り、暑さも忘れてすっかり没入していた感覚だったが、ふと画面から聞こえる挨拶で現実に引き戻される。


『じゃぁまた次回、お会いしましょう』


(え?)


慌ててスマートフォンの時計を確認する。

きっちり30分が経過していた。


(あたし……今まで何してた?)

(VTuber見てた?30分?)


あまりにも自然に時間が溶けていたことに、自分でも戸惑ってしまう。


(いや、でも)

(……まあ、ためになる話ではあったし)


誰に言い訳するでもなく心の中でそう呟いて、スマートフォンをベッドに放り投げた。

その時、一階の方から玄関のドアが開く音が聞こえてきた。


「ただいまー」


(あ、母さん帰ってきた)


あたしはベッドから跳ね起きると、部屋のドアを開けて一階へ向かって声を張る。


「おかえりー」


そのまま階段を降りていき、買い物から帰ってきた母さんを出迎えた。


「すぐ買い物いくわよ」

「はーい」


相変わらずの慌ただしいやり取りに苦笑しながら、玄関に並んだ靴を揃える。

うだるような暑さと、ちょっとした新しい楽しみ。

そんなあたしの夏休みの日常は、今日もこうして続いていく。


―――


次の当番の日。


容赦なく降り注ぐ夏の太陽の下、あたしは農場の隅にある洗い場でホースを握っていた。

額の汗を手の甲で拭いながら、ドロドロになったスコップや長靴に水を勢いよくぶつけて泥を落としていく。

そこへ、ふらりと御珠が隣にやってきた。


「華蓮よ。たなこ、見ておるかえ?」


心臓が小さく跳ねたが、顔には絶対に出さないように努める。


「……別に」

「ほほう?」

「たまたま開くと目に入るだけだ」


ホースの先端を指でさらに強く潰し、水のはねる勢いを限界まで強めた。

飛び散った泥水と水しぶきが、太陽の光を反射してキラキラと光る。


「ほほうほほう」

「うるさい」


御珠はあたしの態度の裏を完全に読み取っているのか、満足げに深くうなずいた。


「布教成功じゃな。雪杜に報告せねば」

「そんな大事な話か?」


「大事じゃ」

「……そういうもんかね」


ため息をついて、視線を足元へと落とす。

少しずつ綺麗になっていく長靴を見つめながら、頭の中で必死に言い訳を並べ立てた。


(あたし、はまってないし)

(ただ、花の話が……わかるな、と思っただけで)

(そう。ラジオみたいなもんだし)

(おやつの時間にたまたま流れてるだけだし)


蛇口のハンドルを回して、ホースから出る水の量を少しだけ調節する。


(……次の配信いつかな)


スコップの金属部分を叩く冷たい水音だけが、暑い農場に響いていた。

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