第13話 枝豆の理
午後の太陽が照りつける広大な農場。
作業着姿のあたしたちの前に立ち、工藤先生が腕を組んだまま淡々と告げた。
「お前たちの班は枝豆を作るんだったな。そろそろ種まきの時期だ。自分たちだけでやってみろ」
(そういや入学直後にそんな話してたっけ)
すっかり頭から抜けていたけれど、きょうの実習は枝豆の作付けになったらしい。
それを聞いた瞬間、隣で藍色の髪がぶわっと揺れた。
「枝豆の……理!」
両手をぐっと握りしめ、翠の瞳をキラキラと輝かせている。
(テンション高!)
相変わらず、土や作物が絡むと現金な奴だ。
そんな御珠の横で、ムキムキの巨体が頼もしく腕まくりをした。
「へばやるがー。株間はわが測るはんでな」
「ムナっち、株間知ってんの?」
つい聞き返すと、棟方はドンと胸を叩いた。
「当たり前だべ。家で毎年やってるはんで」
(……そういや農家だったな)
それなら、すんなり進みそうだ。
あたしは軽く息を吐き、首に巻いたタオルを締め直した。
―――
(畝作りも慣れてきたな)
土に振り下ろす鍬の柄が、すっかり手になじんでいる。
ふと横を見ると、御珠が配られた種の入った小袋を両手でしっかりと持ち、真剣な顔でじっと見つめていた。
「……これが、枝豆の種」
「種はまだだろ。畝作ってよ」
「分かっておる」
口ではそう言いながらも、その視線は袋からまったく離れていない。
じりじりと照りつける太陽が、分厚い作業着越しの肌を容赦なく焼く。
(あちー。作業着って長袖しかないんだよな)
(腕まくってもあっつ)
首元のタオルで滲んだ汗を乱暴に拭う。
(これからもっと暑くなったら死人出るんじゃね?)
もう一度、隣へ視線を向ける。
(いつも涼しそうな顔してるよなー)
鍬を持とうともしないその横顔は、土埃の舞う畑の中にあって、なぜかそこだけ空気が澄んでいるように見えた。
(汗もかいてないしどうなってんだ?)
ため息まじりに、あたしは土にまみれた自分の手元へ視線を落とした。
(顔と腕だけ焼けるのやだなぁ……)
あたしは再び鍬を振り上げた。
―――
黙々と鍬を振るう棟方の姿を、あたしは少し離れたところから眺めていた。
(……手つき、全然違うな。慣れてんだな)
土を返すリズムも、力の入れ具合も、素人のあたしたちとは明らかに一線を画している。
じっと見つめすぎたせいか、不意に彼の手がピタリと止まり、こちらを振り返った。
「お?なんがしたが?」
「……いや、こういうとき頼りになるなって」
つい素直な感想が口を突いて出る。
褒められて少しは照れるかと思ったけれど、巨体のクラスメイトはニカッと笑ってドンと胸を張った。
「んだか?当たり前だべ」
そのまま何事もなかったかのように、再び力強く畝を作り始める。
その迷いのない大きな背中を見つめながら、あたしは小さく息を吐いた。
(裏表ないな、ほんと)
―――
立派な畝が何本か完成し、あたしたちは軽く息をついた。
「よし。種捲くが」
「うむ」
棟方がどこからかメジャーを取り出し、慣れた手つきで株間を測っては、土にポンポンと目印をつけていく。
すっかり遠くへ行った彼から、大きな声が飛んできた。
「その印のどごの真ん中さ、3、4個ずづ捲いでけろ!」
あたしは御珠のほうを向いた。
「だってさ」
「うむ」
気合十分な御珠の横で、湊がしゃがみ込んで土を指差した。
「畝の上に3センチくらいの穴を作って、そこに種を捲くんだよ。深すぎても芽が出ないから気をつけてね」
「3センチってどうやって測んの?」
「だいたい指の第一関節くらいだよ」
湊は畝にぷつっと人差し指を刺して、小さな穴を作った。
そこに種を4粒落とし、優しく土を被せる。
「こんな感じ」
「へー」
あたしも見よう見まねで、隣の目印に指を突き立てる。
ふと嫌な予感がして顔を上げると、御珠が畝のど真ん中にズブっと指を根元まで沈め、ぐりぐりと大きめの穴を形成していた。
「……たくさん埋めるのじゃ」
「え、3、4個って言ってたぞ」
あたしのツッコミを無視して、袋からじゃらじゃらと無数の種が穴に注ぎ込まれる。
「多い方が楽しかろう」
「えー、大丈夫かよ」
いくらなんでもやりすぎだ。
そう思った矢先、遠くから土煙を上げて棟方がすっ飛んできた。
「っちょ!おめ何やっちゅんずや!」
あわてて駆け寄ってくる巨体にも怯まず、御珠はドヤ顔で言い放つ。
「多ければ一度にたくさん採れるのじゃ」
「全部同じ場所で育ずわげねべや!全部さ栄養いがねんだって!」
「……むぅ」
不満げに唇を尖らせる御珠。
結局、大穴にぶちまけられた大量の種は、全員でちまちま回収してやり直すハメになった。
―――
ふと視線を横にやると、湊がしゃがみこんで作業をしていた。
彼はひとつひとつの穴の深さを丁寧に確かめながら、そっと種を置いている。
(……丁寧だなぁ)
種を入れた後も、周りの土を優しくかぶせて、手のひらで軽く押さえて形を整えていた。
(花壇作ってる時も丁寧だったな)
あの小動物みたいな性格が、作業の端々にまで表れている気がする。
そんな湊の様子を微笑ましく眺めていると、いきなり背後から派手な声が降ってきた。
「湊っち、丁寧すぎじゃない?」
(こいつ、いつの間にかうちの班にいるし)
声の主は光莉だ。
突然声をかけられた湊は、びくっと肩を揺らした。
「え、あ……こ、こんな感じじゃダメですか?」
「ダメじゃないけど、ウチの10倍くらい丁寧だよ」
「す、すみません……」
おどおどと縮こまる湊を見て、光莉がケラケラと笑い声を上げる。
「謝らなくていいって〜!うける〜」
(……なんかむかつく)
ため息をついて、ふと周りを見回した。
(そういや最初六人いたよな、うちの班)
(二人消えて、一人増えて、今五人か)
(光莉、いつの間に定着したんだ)
気になって、そのまま隣で笑っている光莉に声をかけた。
「なぁなぁ、お前いつの間にうちの班に入ったんだ?」
「えー、なんかこっち楽しそうだしいいじゃん」
「そういうもんか?」
適当すぎる理由に呆れつつ、あたしは別の班へと目をやる。
(あっちの班、一人しか動いてないな。他はなんか適当にしゃべってるだけだし)
(あるよなー。なんか弱そうなのに全部押し付けちゃうやつ)
指を土に突き刺しながら、勝手に脳内でドラマを展開させる。
(大体女子だし。体力ないはずなのにかわいそ)
(んで、これを助ける男子が現れるわけだ)
(んで、なんかいい感じになって付き合うと)
(世の中うまくできてんな)
くだらない想像を振り払い、自分の班へと視線を戻す。
(……うちはなんか、うまくいってるな)
(棟方が積極的で、湊がちゃんとついてきて、御珠は空回りだけど本気で)
誰かに押し付けるような奴はいないし、悪くないバランスだ。
あたしはもう一度、隣の光莉に話しかけた。
「うち、ガチチームっぽいけどいいのか?」
「いいじゃん。農業楽しいよ?」
「日焼け嫌じゃね?」
「小麦色はギャルのステータスっしょ」
日差しを気にする素振りもなく、光莉はピースサインを作って見せる。
「ポジティブだなお前」
(小麦で済めばいいんだけどな)
焦げたパンみたいになる未来を想像して、小さく息を吐いた。
「今度よさそうな日焼け止め買いに行くっしょ」
「いいなそれ」
悪くない提案に、あたしは素直に頷いた。
―――
ふと見ると、またしても御珠の手がピタリと止まっていた。
「……なあ、華蓮よ」
「なに」
「盆には食べられるのかえ」
「ムナっちがそう言ってたな」
あたしは視線を動かし、少し離れた畝で作業を続ける大きな背中を顎でしゃくった。
それを見た御珠が、少し声を張り上げる。
「棟方よ」
「んだな、まぐ出来れば盆前には採れるびょん」
「……」
頼もしい答えに、御珠は満足そうに小さく頷いた。
そして、そっと種を穴に落としながら、誰に言うでもなく小さく呟く。
「盆か。楽しみじゃ」
(こいつ、ほんとに楽しんでるな)
普段の偉そうな態度からは想像もつかない、素直で穏やかな横顔だった。
―――
作業も終盤に差し掛かった頃、ふと見ると御珠の手がまたしてもピタリと止まっていた。
「やはりもう一粒……」
「だがら3、4個でいんだって!!」
未練がましく袋へ手を伸ばす御珠に、すかさず棟方から鋭いツッコミが飛ぶ。
「4粒にするだけじゃ」
「4個だば許す」
棟方の厳しい監視の目が光る中、御珠はそっと彼の顔色を窺うように上目遣いになった。
「では5粒は?」
「まいね」
「……」
有無を言わさぬ即答で却下され、御珠はあからさまに唇を尖らせて黙り込んだ。
(往生際が悪いな)
あたしは呆れつつも、その一連のコントのようなやり取りを眺めて小さく息を吐いた。
―――
一通りの作業が終わり、工藤先生が畑を見回しながら声を張った。
「防鳥ネットかけとけよ。種は狙われやすいからな」
「「はーい」」
気の抜けたような返事が重なる中、御珠だけがスッと目を細めて空を睨みつけた。
「鳥どもめ!妾の種を狙おうものなら焼鳥にしてくれるわ!」
「カラスは食ってもうまくないらしいぞ」
あたしが至極真っ当な事実を突きつけると、横で湊が困ったように眉を下げる。
「そういう問題じゃない気が……」
文句を言いつつも、全員で協力して畝に防鳥ネットを張っていく。
張られたネットを見て、御珠が満足げに頷いた。
「最後は水じゃな」
「じょうろさ水汲んできた」
棟方がどこからか持ってきたじょうろを、御珠がひったくるように受け取る。
そのまま畝へ近づき、しゃがみ込んでちょろちょろと水をかけ始めた。
「……飲め飲め」
(ふふ。話しかけてんのかわいいな)
慈しむようなその横顔につられて、あたしも別のじょうろを手に取る。
土に水が染み込んでいくのを見つめながら、心の中でこっそり呟いた。
(飲め飲め)
なんだか、自分でも不思議なくらい楽しんでいる気がする。
たっぷり水をやり終え、あたしは大きく背伸びをした。
「ふー、疲れた」
「お疲れー」
光莉の軽い声が響き、みんなが帰り支度を始める。
ふと振り返ると、御珠だけがじっと畝を見下ろしたまま微動だにしていなかった。
「どした?」
「芽が出るのを待っておる」
「今日は出ないって」
「……分かっておる」
口ではそう言いながらも、その足はまったく動こうとしない。
(ほんと農業好きなんだな……)
夕暮れが近づく空の下、ぽつんと立ち尽くすその後ろ姿に歩み寄る。
「ほら……帰るぞ」
「うむ」
ようやく顔を上げた御珠は、最後に両手を大きく空へ広げ、天を仰ぐような祈りのポーズをとった。
夕陽を背に受けたその姿は、妙に神々しくて、あたしは思わず見惚れてしまう。
(ほんと、神っぽいことするの好きだよなー)
道具を担いだムナっちが、同じように空を見上げてポツリとこぼした。
「めぇやづでぎるど」
(……たぶん、そうなんだろうな)
このおかしな班で作る枝豆なら、きっと飛び切り美味しいに違いない。




