第9話 農業に毒されて
ボーリングで散々騒いだ、翌日。
ポッカリと空いた休日の午前中、部屋でぼんやりしていると、ふと頭をよぎったことがあった。
(GW中の畑ってどうなってんだろ)
窓の外の青空を見上げる。
連休前、授業の終わりに……。
(先生なんか言ってたっけ?)
当番制だったか、それとも先生が管理するんだったか、記憶が曖昧だ。
ここ数日、晴れが続いている。
(水はスプリンクラーがあるから大丈夫なはずなんだけど)
そう思っても、どうにも落ち着かない。
別に枯れたら枯れたで、あたしの責任じゃないんだけど。
(気になるな)
ベッドから起き上がり、小さく息を吐いた。
「……見にいくか」
(どうせ暇だし、自転車で行ってみようっと)
適当な服に着替え、家を飛び出す。
初夏を思わせる風が、自転車を漕ぐ頬を撫でていった。
ペダルを踏み込みながら、思わず自嘲気味に笑う。
(休みの日に学校とか、あたしも農業に毒されてるな)
坂道を下りながら、カチャリとギアを重くしてスピードを乗せる。
風を切る感覚が、意外と悪くない。
(でもサイクリングにはちょうどいいや)
―――
校門を抜け、実習棟の裏手に回る。
畑の端、青々とした葉が並ぶ一角に、人影が三つ。
「そなたも来たのかえ」
真っ先にこちらに気づいて声をかけてきたのは、白い帽子を深く被った御珠だった。
「え、なんでいんだよ」
「ジャガイモを見に来たのじゃ」
悪びれる様子もなく、御珠は足元の畝を指差す。
あたしは呆れて、隣に立つ雪杜と咲良を見た。
「お前らもかよ」
「昨日ぶり」
雪杜が苦笑いしながら手を挙げる。
「御珠がジャガイモが気になるって騒いで」
「暇だからみんなで見に行こうかって。ねー?」
咲良がいつもの調子で笑いかけてくる。
この二人は他校生だ。
いくら休日とはいえ、勝手に入っていい場所じゃない。
「おい。他校生入れていいのかよ」
「バレなきゃよかろう」
「ぜってーバレるから!」
「まあまあ。いきなり停学とはないでしょ」
雪杜がなだめるように言うけれど、あたしは周囲の目が気になって仕方ない。
もし先生に見つかったら……。
(この場合、誰が怒られるんだ?御珠?)
(え!?もしかしてあたしも!?)
「ジャガイモ、ちゃんと育ってるね」
咲良が感心したように葉を眺める。
「水をやるのじゃ」
「さっきやったでしょ」
しゃがみ込もうとする御珠を、雪杜が手慣れた様子で制する。
連休中の、静かな農場。
風に揺れる葉の音だけが聞こえる。
(のどかだなぁ)
そんな風に気を抜いていた時、ふと、雪杜のボディバッグが目に入った。
よく見ると、色とりどりのラバーマスコットやら謎のキャラの缶バッジやらが、これでもかとびっしりついている。
「おめーのバッグ、なんだよそれ!」
思わず指差して突っ込むと、雪杜は少しバツが悪そうに頬を掻いた。
「えっと、ガチャガチャにはまってて……何かに利用できないかなってバッグにつけ始めたら、こんなんなっちゃった」
その横で、咲良が呆れたように小さくため息をつく。
(咲良、ひいてんじゃねーか)
完璧に見える雪杜の意外すぎる一面に呆気にとられていると、御珠がなぜか誇らしげに胸を張って補足してきた。
「雪杜はVTuberが好きなのじゃ」
(そういや、中学のときのダンスのMCでやたらはしゃいでたな)
そんな過去の記憶が蘇る。
イケメンでそつなく何でもこなすくせに、変なところでオタク気質を発揮する雪杜。
そんな他愛のない談笑をしばらく続けていると、農場の入り口のほうから、聞き慣れた野太い声と、遠慮がちな声が聞こえてきた。
「あれ、坂本さん」
「ってお前らもかよ!」
そこに立っていたのは、田中と棟方だった。
「よっ。奇遇だの」
棟方はケロッとしているが、田中は知らない顔……それも美形一人と美少女二人が揃っているのを見て、露骨に体をこわばらせた。
「あ……お、おはようございます」
蚊の鳴くような声で挨拶する田中に、御珠が胸を張って紹介を始める。
「田中、棟方よ。こちらは妾の大切な者たちじゃ」
「君が田中くん?いつも御珠がお世話になってます。天野 雪杜です」
雪杜が爽やかな笑顔で一歩前に出ると、田中はさらに恐縮したように肩をすくめた。
「え、あ……は、はい。こちらこそ……田中 湊です……」
(赤くなってる)
田中のウブな反応を眺めていると、棟方がニヤニヤしながら雪杜に顔を近づけた。
「わは、棟方 浩二。おめが天野の許嫁がー。あれ?いまおめも天野って言った?」
「えと、僕たち兄妹でして……」
「は!?許嫁で兄妹!?わげ分がねじゃ!」
「棟方。やめよ」
御珠が嗜めるが、棟方の混乱は収まらない。
(あちゃー、めんどくさいことになった)
「いろいろあってですね……」
雪杜が苦笑いで説明を試みようとした、その時。
咲良が身を乗り出して、田中の顔をじっと覗き込んだ。
「田中くん!女の子みたいでかわいいね!」
(咲良ナイス!)
「あ……え……はい……」
あまりに直球な褒め言葉に、田中は目を白黒させている。
「“はい”だって。もしかして自分でもかわいいって思ってる?」
楽しそうに畳みかける咲良に、田中は耳まで真っ赤に染まった。
(え!?狙ってやってんのか!?)
「わのけやぐ、めごいべ!」
「浩二くん!」
茶化す棟方を田中が必死に制止するが、女子陣の勢いは止まらない。
「うんうん。かわいい!」
「うむ。かわいいのじゃ」
「天野さんまで……坂本さん助けて」
田中に助けを求められ、あたしは複雑な心境でその顔を見つめる。
(狙って……かわいく……男なのに……)
「てが、そっちが、あっと、天野……くん?の彼女?」
棟方が矛先を雪杜に変えると、雪杜は穏やかに応じた。
「いいよ。雪杜で。ややこしいでしょ」
「春原 咲良です。雪杜の彼女やってます」
咲良が屈託のない笑顔で宣言すると、田中がポツリと呟いた。
「ほんとに許嫁に彼女がいた。すご」
「いろいろあってですね……説明すると長くなるので流してもらえると助かります」
それこそ、小説10冊分くらいになる長さ。
「温かく見守るのじゃ」
雪杜と御珠の、いつもの「流し」が発動する。
田中と棟方は顔を見合わせ、深く追求するのを諦めたようだった。
「なんか大変そうだね」
「大変そうだな」
―――
ひとしきりカオスなやり取りが落ち着いた後。
田中が、雪杜のボディバッグをじっと見つめて口を開いた。
「あの……そのバッグ」
「これ?」
雪杜が不思議そうにバッグを持ち上げる。
「VTuberですよね」
「え!?分かるの!!?」
雪杜が、今日一番の大きな声を上げて田中に食い気味に距離を詰めた。
田中は少し後ずさりしながらも、コクコクと頷く。
(マジか。仲間がいたぞ)
「誰推してるの!?」
「え、えっと……」
普段の爽やかさはどこへやら、目を輝かせてオタク特有の早口になる雪杜。
田中も最初は戸惑っていたが、すぐに二人は専門用語が飛び交う謎の会話で盛り上がり始めた。
「あいんど、何の話しちゅんず?」
理解の範疇を超えた棟方が、呆れたようにあたしに聞いてくる。
「分からん」
あたしが首を振ると、御珠がドヤ顔で解説を入れた。
「VTuberじゃ」
その横で、咲良が面白くなさそうに唇を尖らせている。
「うーん、なんか浮気されてる気分になるのよね」
2.5次元の女の子に嫉妬する咲良に、御珠が真顔でとんでもない提案をした。
「そなたもVTuberになるのじゃ」
「え!?その発想はなかった」
なぜか腑に落ちた顔をする咲良。
オタクトークに花を咲かせる男子二人と、VTuberデビューを真剣に検討し始める女子たち。
畑の真ん中で繰り広げられる井戸端会議は、一向に終わる気配がない。
見かねた棟方が、ため息混じりに声を上げた。
「おめんど、わの寮さ来ね?」
「え、棟方くん寮に住んでるの?」
オタクトークを中断し、雪杜が振り返る。
「んだ」
「一人暮らしってどんな感じなのか見てみたいなぁ」
雪杜が興味津々といった様子で身を乗り出す。
確かに、実家通いのあたしたちからすると、高校生の寮生活っていうのは少し未知の領域だ。
「たいしておもしぇぐねーど」
棟方は照れ隠しのように頭を掻く。
そこにすかさず噛みついたのは、やはりこの女だった。
「行きたい行きたい!エロ本とかあるんでしょ!」
「そ、そったもんねぇ!」
咲良の遠慮のない爆弾発言に、棟方がすごい勢いで首を横に振る。
それを見ていた御珠が、なぜか腕を組んで深く頷いた。
「ほう。拝見しようではないか」
「おめまで乗っかるんずが!
ほんとにねーはんで!」
顔を真っ赤にして否定する棟方。
その横から、雪杜が爽やかな笑顔のまま言葉を被せた。
「最近はスマホあればいらないもんね!」
「んだ」
ピタッ、と音が止む。
農場に吹く風の音が、やけにハッキリ聞こえた。
(まんまと乗せられてるし)
自分から墓穴を掘った棟方を、あたしは半ば哀れみを含んだ目で見つめる。
重い沈黙を破ったのは、またしても御珠だった。
「まぁ健康でよかろう。雪杜も健康じゃ」
「は!?なに言ってんのさ!」
さっきまで余裕たっぷりの雪杜が、素っ頓狂な声を上げて慌てふためく。
それを見た棟方の顔に、パッと安堵の色が広がった。
「ながまいでいがったー」
謎の連帯感が生まれたのか、棟方がガシッと雪杜と肩を組む。
雪杜は引きつった笑いを浮かべていた。
ふと横を見ると、話のレベルについていけないのか、田中が一人もじもじと下を向いて恥ずかしそうにしている。
(あいつ、どっちの趣味なんだろう)
色々と気になるところはあるが、これ以上突っ込んで考えるのはやめておこう。
そんなあたしの思考をよそに、咲良が高らかに宣言した。
「じゃあエロ本探しに行こう!」
「すたはんで、ねぇって言ってらべや!」
棟方の必死のツッコミも虚しく。
なんだかんだで、六人ぞろぞろと棟方の寮の部屋へ向かうことになってしまった。




