終焉の覇者
第三章
落ちる世界
都市が軋んでいた。
アーカディア。
世界最大の浮遊都市。
三千万の命。
世界経済の中心。
五大国均衡の象徴。
その巨大都市が今、空から落ちている。
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轟音。
崩壊。
悲鳴。
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超高層塔の一つが根元から折れた。
数百メートル級建造物が横倒しになり、空中道路を巻き込みながら崩れていく。
空中庭園区画では、
浮遊制御を失った巨大樹が雲海へ落下。
飛行艇同士が空中衝突し、
火球となって降り注ぐ。
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レンカは言葉を失っていた。
これが。
国家ですら守る都市。
世界が最も安全だと言われた場所。
その崩壊。
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「……なんで」
震える声。
「なんで誰も止められないんですか」
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誰も答えない。
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止められないからだ。
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議場にいるのは、
人類最高峰。
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炎帝グラウス。
未来視のアステリア。
深海王レヴィア。
聖皇ミカエル。
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一人で国家を滅ぼせる怪物達。
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なのに。
誰一人。
ゼロへ近づけない。
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グラウスが拳を握り潰す。
骨が軋む音。
「クソが……」
炎帝の周囲で熱量が暴走する。
議場床が溶ける。
だが。
いつもほど熱が出ない。
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ゼロが存在しているだけで、
世界法則が歪んでいる。
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ミカエルが静かに言った。
「彼の周辺だけ、
法則が崩壊しています」
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レヴィアが低く笑う。
「法則?」
水の瞳が細まる。
「違うな」
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「“優先順位”だ」
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誰も意味を理解できなかった。
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レヴィアだけが、
本能で感じている。
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海。
重力。
熱。
生命。
魔力。
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世界を構成する全てが。
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ゼロを優先している。
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だから他が押し潰される。
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アステリアが、
額へ汗を浮かべながら言う。
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「おかしい……」
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「こんなの……
観測したことがない……」
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未来視が、
成立しない。
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彼女の視界には普段、
無数の未来分岐が見えている。
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戦争。
会話。
死。
国家崩壊。
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あらゆる可能性。
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だが。
ゼロ周辺だけ。
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“空白”
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未来が存在しない。
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アステリアは理解し始めていた。
これは。
人間ではない。
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未来の外側にいる。
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その時。
都市中央から、
巨大な光柱が立ち上がった。
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アーカディア中央浮遊炉。
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レヴィアが立ち上がる。
「暴走するぞ」
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ミカエルの顔色が変わる。
「炉心が臨界へ……!」
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アーカディア浮遊炉。
都市一つを空へ浮かせる超大型魔導機関。
国家数十年分の魔力を蓄積している。
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もし暴走すれば。
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都市だけでは済まない。
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周辺国家。
下層都市群。
交易航路。
空域全体。
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全部消える。
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死者。
億単位。
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レンカの喉が震えた。
「終わる……」
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都市がさらに傾く。
窓の外。
数百万人規模で避難が始まっていた。
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だが遅い。
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浮遊術式が沈黙している今、
飛行艇の大半は動かない。
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つまり。
三千万の大半は、
落下へ巻き込まれる。
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その時。
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ゼロが、
初めて動いた。
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ほんの一歩。
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それだけ。
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なのに。
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議場全体へ、
圧力が走った。
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レンカが膝をつく。
呼吸ができない。
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グラウスですら、
足が沈む。
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空間が重い。
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違う。
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世界そのものが、
ゼロの動きを優先している。
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彼が歩くたび、
周囲の法則が押し退けられる。
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ゼロは都市中央を見る。
暴走する浮遊炉。
崩壊する都市。
逃げ惑う人々。
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何も言わない。
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その沈黙が、
逆に恐ろしかった。
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ミカエルが、
初めて感情を露わにした。
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「あなたは何故、
人類を滅ぼそうとするのです」
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ゼロは答えない。
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グラウスが叫ぶ。
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「答えろ!!」
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炎が爆発。
議場天井へ巨大火柱。
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その瞬間。
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炎が消えた。
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また。
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何も残らず。
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グラウスの顔から、
初めて余裕が消える。
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「……なんだ、それは」
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ゼロは、
やっと炎帝を見た。
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金色の片目。
感情のない視線。
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そして。
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「まだ続けるのか」
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静かな声。
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だが。
その言葉だけで。
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グラウスは、
動けなくなった。
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まるで。
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“自分が何度も見られている”
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ような感覚。
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戦争。
怒り。
殺意。
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全部。
何度も。
何度も。
何度も。
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見飽きた。
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そんな目だった。
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その時。
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ヤクモが、
小さくため息をついた。
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「ほんと、
機嫌悪いねぇ」
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全員が振り返る。
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ヤクモだけ。
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ゼロを見て、
普通に喋っていた。




