世界の外側
第十八章
観測者という名
風が、止まった。
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ヤクモの表情。
ほんの一瞬。
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だが。
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確かに。
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“しまった”
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そう見えた。
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レンカは、
心臓が跳ねるのを感じた。
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この男。
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初めて、
隠し損ねた。
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グラウスが即座に反応する。
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「観測者だと?」
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炎帝の熱量が揺らぐ。
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「何だそれは」
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ヤクモは、
数秒黙った。
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笑わない。
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珍しく、
本当に珍しく。
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何を言うべきか、
考えている顔だった。
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ミカエルが静かに続ける。
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「あなたは、
あれを見た瞬間……
“観測者”と言った」
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「つまり、
知っていた」
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レヴィアの水面が揺れる。
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「説明しろ、
黒狐」
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アステリアも、
静かにヤクモを見ていた。
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未来視が、
また妙にざわついている。
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この男。
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“世界の裏側”を知っている。
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その確信が、
少しずつ強くなっていた。
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ヤクモは、
長く息を吐いた。
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「いやぁ……」
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頭を掻く。
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「面倒になったなぁ」
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グラウスが低く唸る。
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「誤魔化すな」
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「誤魔化してるわけじゃないんだけどね」
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ヤクモは、
空を見る。
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青空。
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もう裂け目はない。
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綺麗な、
いつもの世界。
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だからこそ。
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余計に、
気味が悪かった。
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ヤクモが小さく言う。
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「観測者っていうのは……
まぁ、名前みたいなもんだよ」
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「何の」
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レンカが思わず聞く。
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ヤクモは少し黙った。
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そして。
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「世界を見てる奴ら」
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空気が凍る。
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グラウスが鼻で笑う。
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「神か?」
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「いや」
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ヤクモは、
珍しく即答した。
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「神より質が悪い」
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ミカエルの目が細まる。
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「……何故です」
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ヤクモは、
酒瓶を見つめる。
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空。
風。
都市。
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全部、
どこか遠い。
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「神様ってさ」
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小さく笑う。
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「まだ“祈り”を理解してるんだよ」
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「人間に興味がある」
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「でも観測者は違う」
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ヤクモの声が、
少しだけ低くなる。
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「連中は、
人類を“数字”で見てる」
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レンカの背筋が冷える。
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数字。
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まるで。
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世界そのものを、
実験みたいに扱う言葉。
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アステリアが、
震える声で言った。
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「……再演算」
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全員が彼女を見る。
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アステリアは、
裂け目で聞いた言葉を思い出していた。
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観測。
誤差。
再演算。
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それはまるで。
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“世界を作り直す”
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みたいな響きだった。
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ヤクモが、
小さく頷く。
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「そう」
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「連中は、
世界を直そうとする」
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グラウスが眉をひそめる。
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「直す?」
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「気に入らなければ、
やり直す」
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沈黙。
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誰も意味を理解できない。
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いや。
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理解したくなかった。
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ミカエルが静かに聞く。
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「……やり直すとは」
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ヤクモは、
少しだけ目を伏せる。
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その瞬間。
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レンカは初めて見る。
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この男が。
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“本当に疲れている顔”
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を。
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「そのままの意味だよ」
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小さな声。
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「文明が駄目なら、
最初から」
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風が吹く。
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遠く。
修復光が揺れる。
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誰も喋れない。
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なぜなら。
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もし。
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その話が本当なら。
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世界は。
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“一度きり”じゃない。
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その時だった。
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アステリアの未来視が、
再び暴走した。
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彼女が目を見開く。
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「っ――!!」
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視えた。
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一瞬。
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崩壊した都市。
燃える海。
砕けた空。
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そして。
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何度も。
何度も。
何度も。
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繰り返される文明。
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その中心。
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いつも。
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黒衣の男だけが、
立っていた。
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アステリアが、
震える声を漏らす。
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「……嘘」
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「なんで……
同じ世界が……」
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その瞬間。
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ヤクモが、
初めて強く言った。
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「見るな」
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全員が固まる。
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ヤクモの声。
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初めてだった。
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軽くない。
冗談でもない。
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本気だった。
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アステリアの未来視が、
強制的に途切れる。
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彼女が崩れ落ちる。
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ミカエルが支える。
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そして。
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ヤクモは、
静かに空を見る。
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その目は。
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とても長い時間を、
知っている目だった。




