世界の外側
第十七章
世界の継ぎ目
誰も、喋れなかった。
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空は元へ戻っている。
裂け目は消えた。
白銀巨人もいない。
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なのに。
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アーカディア全域へ、
妙な静寂だけが残っていた。
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人々は空を見上げている。
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本当に消えたのか。
今のは何だったのか。
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理解できない。
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だが。
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一つだけ、
全員理解していた。
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あれは、
見てはいけないものだった。
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その時。
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アステリアが、
ふらりと倒れた。
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ミカエルが支える。
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「賢者!」
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アステリアの瞳から、
血が流れている。
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未来視反動。
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だが。
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今までとは比較にならない。
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彼女の脳は、
無理矢理“何か”を見せられた。
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グラウスが眉をひそめる。
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「見たのか」
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アステリアは、
すぐに答えられなかった。
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呼吸が乱れている。
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震える指。
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そして。
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小さく呟いた。
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「世界の外……」
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レンカが息を呑む。
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「外?」
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アステリアは、
ゆっくり空を見る。
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青空。
雲。
太陽。
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何も変わらない。
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だが。
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「……継ぎ目があった」
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議場空気が凍る。
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グラウスが低く聞く。
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「何だそれは」
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アステリアは、
苦しそうに額を押さえる。
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「裂けた空の向こうで……
世界が繋がってた……」
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「繋がる?」
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「分からない……
でも……」
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彼女の声が震える。
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「空の向こうに、
別の“層”があった」
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レンカには意味が分からなかった。
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だが。
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ミカエルとレヴィアは、
表情を変えていた。
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古い神話。
禁書。
封印文書。
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各国には、
語られていない“裏側”が存在する。
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その中に。
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《世界積層論》
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というものがある。
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世界は一枚ではない。
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複数の層で、
構成されている。
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空の外側。
海の底。
時間の裏。
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人間が認識できない領域が、
存在する。
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長年。
宗教的空論として扱われてきた。
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だが今。
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アステリアは、
それを見た。
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その時。
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ヤクモが、
静かにため息をついた。
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「見ちゃったかぁ」
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全員が振り返る。
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グラウスが睨む。
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「貴様、
何を知っている」
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ヤクモは少し黙った。
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その目は、
珍しく笑っていない。
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「知ってるというか」
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酒瓶を揺らす。
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「まぁ、
昔からある話だよ」
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「ふざけるな!!」
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グラウスの怒号。
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熱量が爆発。
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空中庭園が揺れる。
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だが。
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ヤクモは、
全く動じない。
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「そんな話、
聞いたこともないぞ!!」
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ヤクモは、
少し困った顔をした。
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「そりゃ、
隠してるしねぇ」
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「誰がだ!!」
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数秒。
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沈黙。
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風だけが吹く。
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そして。
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ヤクモは、
空を見る。
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どこか遠い目で。
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「世界が」
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その瞬間。
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全員の背筋へ、
寒気が走った。
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世界が隠している。
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意味が分からない。
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なのに。
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その言葉だけ、
妙に納得してしまう。
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ヤクモは、
すぐにいつもの笑みに戻った。
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「まぁ、
今は気にしなくていいんじゃない?」
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「良くないだろうが!!」
グラウスが吠える。
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「空が裂けたんだぞ!!」
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「裂ける時は裂けるよ」
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「何なんだその態度は!!」
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炎帝の熱量が、
本気で膨れ始める。
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レンカが青ざめた。
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まずい。
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本気で戦えば、
アーカディアごと吹き飛ぶ。
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だがその時。
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ミカエルが、
静かに口を開いた。
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「炎帝」
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グラウスが止まる。
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聖皇の目は、
ヤクモを見ていた。
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「あなたは、
あの存在を“観測者”と呼びましたね」
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空気が変わる。
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ヤクモの笑みが、
ほんの少しだけ止まった。
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レンカは、
初めて見る。
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ヤクモが。
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“間違えた顔”をした。




